クーデレ転校生は今日も前世の恋人(俺)を捜してる



「俺もそう」

博盟はコーラを一気に飲み干し、瞼を伏せた。

……。

マジで……明日、どう告白しよ……。
三人が話し込んでる間もずっと考えていたけど、眠くて頭が働かない。段々体が前に傾き、視界が狭まっていく。

「水継?」

世界が高波に攫われる。
博盟の声が傍で聞こえた気がしたけど、返事をするより先に真っ黒の幕が降りてしまった。



さすがに式は挙げられないなー。
体調が心配で幼馴染の家に訪れると、案の定彼は床に伏せていた。子ども達の中で誰より賢く、しっかり者なのに体は人一倍弱かった。それが可哀想だと思う反面、完璧過ぎたら俺が惨め過ぎるからまぁこれでもいいか、なんて思ったり。普通に最低な俺は、弱ってるときの彼のお世話を堂々とできることが嬉しかった。普段何もしてやれないから、これが唯一彼の役に立てることだ。
『飯作ったよ。起きられそう?』
『あぁ。ありがと』
成人し、もう自分で自分の人生を決められる。俺は一生彼の面倒を見ようと思っていた。
彼に内緒で本島へ向かい、指輪を買った。これまで稼いだお金はすっからかんだけど、これで少しは証明できる。
島の皆に、俺達が本気だということを。大切な彼に、一生愛し抜くと誓うことを。
帰る日は空は荒れ、大雨が振っていた。でもちっとも怖くなかった。彼の喜ぶ顔を想像したら、幸せな未来しか考えられない。
指輪だけでも、正真正銘のプロポーズになる。
だからちょっとだけ待ってて。

「……ん」

闇が取り払われ、鮮やかな色が舞い戻る。見慣れない天井に照明、部屋の内装を順々に確認し、目を擦った。
あれ。俺何してたんだっけ。
ぼーっとしながら寝ていると、突然額をデコピンされた。
「いた!」
「やっと起きた。おはよ」
「み……博盟」
ベットから飛び起き、傍で佇んでる恋人を見上げる。
一瞬何で俺の部屋に博盟がいるんだと慌てたけど、沖縄に来てることを思い出し笑った。
「おはよ〜。俺ら友瀬達の部屋にいたよね。いつ部屋に戻ったんだっけ」
「何回揺すっても起きないから、俺が部屋に運んだんだ」
「え! すみません」
「いいよ。どうせ一昨日楽しみで眠れなかったんだろ?」
子どもだなぁと笑い、博盟はカーテンを開けた。今日も天気は好調で、青い空が広がっている。
「ほら、朝ごはん食べに行かないといけないから早く着替えな」
「は〜い……」
あくびをして、身なりを整える。久しぶりにぐっすり眠れたけど、頭の片隅には前世の彼がチラついていた。
昨日友瀬達の話を聞いてたせいだな……。
顔を洗い、気を引き締める為に両の頬を打つ。
前世を閉じることになった最期の日。俺の覚悟も波に攫われてしまった。
あの日の後悔がずっと燻ってるんだ。今世がご褒美と思えないほど、彼に対する罪悪感が膨れている。
「あ〜、てか失敗した! 部屋に戻ったら博盟とゲームしたり怖い話したり、お菓子食べ比べしようと思ってたのに」
「あは。大丈夫だよ、今夜やろう」
博盟は可笑しそうに肩を揺らし、俺の頬にキスした。

「水継。可愛い」
「どうせならかっこいいって言ってくんない?」
「うーん。……そうだな。時々かっこいい」
「く……」

博盟は一日中かっこいいけど、やっぱ俺には無理か。ヘコんでると、また抱き寄せられ、目元に触れられた。
「いいか、水継。お前はいるだけでいい。ここにいるだけで、俺を幸せにできる力がある」
「ふ〜ん」
「信じてないな?」
彼は悪戯を思いついた子どものように笑い、俺をベットに押し倒した。何をするのかと思いきや、脇や腰に手を入れてくすぐってくる。
「あははっ! 博盟、くすぐったい!」
「中々俺を信じない報い」
「何だソレ……あはは……!」
博盟がくすぐりをやめないから、下手したら一ヶ月分笑った。彼がこんなことをしてくるのは珍しいと思いながら、両手を放り出して見上げる。
「ふふっ……もう無理、マジで許して……」
「そうだな。時間もないし、今日はこの辺で許す」
博盟はひょいと立ち上がり、俺に向かって手を差し出した。
「行こう、水継」
「……おう!」
本当はキスしたい。でもそれは我慢して、そのぶん強く手を握った。
こんな何でもない毎日を、ずっとずっと送りたい。
彼と笑って、笑わせて。それだけで胸の中がいっぱいになる。

「博盟、朝から超食うな」
「当然。お前もいっぱい食っとけよ。今日サイクリングだし」

朝食もバイキング形式で、俺はパンと御当地のお惣菜だけテーブルに運んだ。博盟はパンにカレー、中華や和食も運び、節操ない食べ方をしてる。でもこれも高校生っぽいか、と牛乳を飲んだ。
やっぱり俺達が住んでた島とはお惣菜も違うけど、食材は同じだから懐かしさを覚える。いつもの朝よりはたくさん胃に入った。
「え〜と。十時にバスに乗って、フェリー乗り場に向かう、と」
旅のしおりを見ながら、デザートのフルーツを食べる。博盟はまだ食べるらしく、三回目の出陣を果たしていた。
今日はレンタサイクルで自由行動。織辺達はまた女子をつけ回すだろうから、博盟と二人でのんびりできそうだ。
わくわくしながらしおりを置くと、突然背中を叩かれた。
「唐っち、おは!」
「友瀬。おはよ」
振り返ると、相変わらずご機嫌の友瀬が立っていた。彼は周りをきょろきょろし、叶本は? と首を傾げる。ご飯を取りに行ってることを言うと、彼は大食いだなと笑った。
「霧山もだけどね。あんま美味いもん食えなかった無念が今爆発してんじゃない? って思うことが多々ある。唐っちも激甘党だしなぁ」
「何で知ってんだ」
「昨日叶本が言ってたよ」
「あいつ……」
誰にも言うなって言ったのに。密かに臍を噛んでると、友瀬はにこにこしながらスマホを取り出した。
「ちなこれ、ベットですやすやの唐っち」
「おい消せ!!」
「やだ可愛いもん」
俺が寝落ちした後、懲りもせず盗撮をかましたようだ。スマホを取り上げようとするも、難なくかわされてしまう。
くそ、本来俺の方が歳上なのに。真実を言いたいとこたけど、友瀬は自分の方が歳上だと思ってるからタチが悪い。
諦めて椅子に座ると、友瀬は写真を消してくれた。
「拗ねんなって〜。俺らからしたら、唐っちみたいな思春期の高校生、何しても可愛いと思うわけよ」
「……俺のこと最低だと思っただろ」
「あん?」
友瀬の話は一旦スルーし、会場で騒ぐ同級生達に視線を向けた。
友瀬は俺と博盟を客観的に見ることができる貴重な存在。忖度ない言葉を聴きたいと素直に思った。
「博盟が、前世の恋人を捜してるって聞いて……一緒に見つけようと思ったのに、あいつのことが好きになったんだ。前世の恋人からあいつを奪った。俺は最低人間だよ」
「お。ちゃんとわかってんのな」
「当たり前体操」
「じゃあもう良いじゃん。最低なことしてでも、叶本と付き合いたいって思ったんだろ? 最低を貫いて、あとは叶本の前世の恋人さんと対決するだけだ」
た、対決……。
それは発想になかった。究極、自分自身だし。
返答に困ってると、頬を指でつつかれる。
「叶本と前世の恋人さんは別れてない。でも死に別れたんだ。新しい人生を歩むことは悪いわけでもないし、当然犯罪でもない。……お前らを責める権利は誰にもないよ」
「友瀬……」
そんなことを言ってもらえると思わなくて、何度もまばたきしてしまった。
絶対否定されると思ったのに。友瀬はとても軽いノリで、「大丈夫」と言ってくれた。
「時効だよ、時効! 叶本が前世の恋人さんを選んだなら別だけど、そうじゃないなら唐っちの時代!」
「でも! お前だって、再会した霧山が他の誰かを好きになってたら辛いだろ。辛いどころか、恋人もその相手も憎くなるかも……っ」
自分はまだ好きなのに、相手は自分以外の誰かを選び、幸せになっていたら。普通酷く傷つき、自暴自棄になりそうだ。
だけど友瀬はうーんと呻き、かぶりを振る。
「確かに衝撃だろうな。でも、互いに今は顔も名前も違う。付き合ってたからって縛る権利もないし、幸せならいっか、で開き直って新たに恋愛するかも」
自分が幸せになることが最大の復讐って言うだろ?
友瀬は傍の葡萄を取り、俺の口に入れた。
「一途が一番だけど、ひとつの人生でひとりとしか付き合っちゃいけないわけじゃないんだ。叶本もそれをわかってるよ。大丈夫」
「……っ」
そうか。
……そうなんだ。
恋愛に正解なんてない。そんな当たり前のことを忘れていた。型破りで奔放な友瀬だから言ってくれたことだ。教えてくれたことに感謝し、頭を下げる。
「ちょっと、救われた。ありがとう、友瀬」
「……おぉ。やっぱ唐っち、素直だと可愛いわ」
「可愛くない」
低い声で返し、照れ隠しに腕を組む。
最初は色々戸惑ったけど。やっぱり、彼らとも出会えてよかった。
改めて感謝してると、霧山がこちらに気付いてやってきた。手を振り、優しく微笑む。
「昨日はよく眠れた?」
「うん。おかげさまで」
「よかった。それじゃ、今日も一日楽しもう」
彼らとハイタッチし、息をつく。そろそろ博盟も戻ってくる。どうせならあいつの分の飲み物も持ってくるか。
立ち上がると、自席に戻ろうとしていた友瀬が不意に振り返った。
「あ、そういや思い出した。唐っちに訊きたいことがあったんだけど」
「んっ?」
「道直って誰?」
……え?
頭の中に空白が生まれる。賑やかな音も一瞬で聞こえなくなり、その場で立ち尽くした。
友瀬も霧山も心配そうに俺を見返している。
「昨日、俺らの部屋のベットで寝落ちしたときに寝言で呟いてたんだよ。……あ、言いたくないならいいけど」
「……」
昨日、四人で過ごしていたとき。
博盟といたときに、呟いた?
危うく目眩が起きるところだった。すんでのところで椅子の背を掴み、脚に力を入れる。
「……ごめん。また今度話す」
「お、おぉ。じゃあまたな」
俺は今どんな顔をしてるんだろう。
狼狽えた二人の表情から察するに、虚無か、相当青ざめてる。

「道……」

自身の口元を押さえ、息を飲む。
気を抜いたらまた声にしてしまいそうだったから、痛いぐらい拳を握り締めた。
「水継?」
「ヒェッ」
真っ白な景色が色を取り戻す。声の方に向くと、料理がたくさん乗せた皿を持つ博盟が立っていた。
「呆然としてるけど、大丈夫?」
「あ、あぁ。何でもない」
心配させないよう慌てて笑ったけど、言い終わる前に視線を外してしまう。
「……ちなみにそれ、後十分で食える? もう皆部屋戻りだしてるぞ」
「余裕。三分で終わる」
「マジ胃袋半端ないな」
博盟は端然と座り、本当にあっという間に完食してしまった。
うーん。こんな時でもたくさん食べられるっていうのは嘆くべきか。
……いや。喜ぶべきだな。



荒々しい波飛沫が上がり、船に打ち寄せる。
こっちは潮の香りはしない。珊瑚は少なくなってきているけど、まだまだ自然が残り、生きている。
脱げそうなサンダルを踵で戻し、ぐっと背伸びした。
フェリーから降り、人口三百人程の小さな離島に織り立つ。
逃げ場がなくて良い。全部終わらせるにはおあつらえ向きの場所だ。予定通り自転車に乗り、漕ぐのが速い織辺達と別行動をとる。
「あ。見てみ、博盟。水牛」
「あー、懐かし」
尻尾を振って寛いでる水牛の写真を撮り、自転車を漕ぎ出す。暑いが、自転車に乗ってる間は風を感じる。
どこまでも広がる草原と、その向こうに見える青い海。
展望台に寄ったり、売店で黒糖アイスを食べたり、これでもかというほど満喫した。
「あ、ビーチだ!」
散々走って疲れた頃、ちょうど海沿いに到着した。
邪魔にならないところに自転車を停め、博盟と砂浜に下りる。
「あはっ! 貝殻いっぱい落ちてる!」
「良かったな。ちょっとだけ持って帰る?」
「うん。博盟、どっちが一番大きな貝拾えるか勝負しよ!」
「しょうがないなー」
博盟はやれやれといった様子で、足元を確認しだした。俺も彼から離れ、真剣に貝殻を探した。
少しでも目の前のことに集中したかった。
俺が見てるのは現在ではなく、未来。それは多分、博盟も。
十分ほど蹲り、貝を見てると博盟が額を拭いながらやってきた。
「あっつ……なぁ、足だけ海に入らない?」
「良いね」
手にたくさん貝殻を持ったまま、サンダルを脱ぎ捨てて海に入る。思ったより冷たくて、つい声が裏返ってしまった。
「あ〜、ひんやりする……!」
「でも気持ちいいよな」
博盟は笑って、遠くの堤防を眺めた。目を細め、懐かしそうに呟く。
「今の時期っていうと……」
「海神祭かな」
淡々と答え、手に持っていた一番大きな貝を空に翳す。
「楽しかったよな」
「……」
大きいけど穴が空いていて、青空が透けていた。博盟もいくつか貝を水中に戻し、一番大きな貝を俺の手の隣に並べた。
「俺の方が大きい」
「いやほとんど同じだろ」
しばらく無言で見つめ合う。でもやがてアホらしくなり、同時に吹き出した。
「あはははっ。はは……はー。……変なの……」
貝を落とし、広すぎる空を仰ぐ。
博盟は何も言わず、俺を見つめていた。

「博盟。話がある」
「……何?」

神様。が、本当にいるなら……。
こんな俺にチャンスを与えたことを、心底後悔してるだろう。

「ごめんな。別れよう」