この気持ちを伝えなきゃ。
彼の信頼を損なうことをしたし、何なら前世から恨まれていた。
それでも彼を諦められない。大好きで大好きでしょうがないんだって。
俺も、どう転んでも受け入れるしかない。博盟がいない人生。世界なんてあり得ないから。
修学旅行の出発日はあっという間にやってきた。皆の祈りが届いたのか、予報は大快晴。地域柄天気は変わりがちだけど、これならちょっとのスコールで済むだろう。
飛行機から降り立ち、さっそく熱い太陽の洗礼を受ける。沖縄本島は前世で何度か訪れたことはあるけど、俺は完全に同級生と同じテンションだった。
「うっは〜! 木とか看板とか、何か沖縄っぽい! やっば!」
「そりゃ沖縄だからな」
キャリーケースを引きながら、博盟は苦笑した。俺は初めて来たことにしてるから、織辺と一緒にガイドブックや案内板を見て盛り上がった。
「首里城行って集合写真撮って、国際通り回って、資料館に行ったらホテルか。博盟、途中美味そうなもんあったら全部食べよ!」
「はいはい。やっぱ食い気だな」
博盟の言う通り、もちろん食べ物が楽しみだ。織辺と立本がお土産屋を回ってる間に、俺は博盟とパフェやサーターアンダギーを食べた。
「ん〜!! うまっ!!」
俺があんまり興奮してるから、博盟は自分の分まで俺にくれた。
「水継、ほら」
「ん? 博盟も食いなよ」
「俺は甘いものはちょっとでいいから。知ってるだろ?」
博盟はかけていたサングラスを外し、微笑んだ。
もう高校生のオーラじゃないな……。
密かに関心してるとスプーンを差し出されたから、パクッと口に含んだ。
「美味い。ありがと」
「どういたしまして」
「ええ。お前ら何イチャついてんだよ」
二人で笑い合ってると、織辺が呆れながらやってきた。彼もマンゴージュース片手に、大袈裟にため息をつく。
「つうかイケメンってほんと得だよな。お前らがそういうことしても、女子は逆に盛り上がるじゃん。俺と立本がやったらキモがられて口きいてもらえなくなる」
「そんなことないよ。俺だって博盟といると劣等感半端ないし」
が、旅先で浮かれてるのは確かだ。いつもなら適度な距離感を意識するのに、今はあまり人の目が気にならない。
何なら博盟とのデートを楽しもうと思ってる。
でもはっちゃけてるのは、もうひとつ理由があった。
下手したら、これが彼と笑える最後のお出掛けになるから。
「水継はお世辞抜きで可愛い。もっと自信持ちな」
「はは。……ありがと!」
否定しても照れ隠しと思われそうだし、素直に聞いとくか。
クラスメイトの目を盗みながら、時々博盟と手を繋いだ。
白い家屋、透き通った海、夏の匂い。そのどれもが彼と昔感じていたもので、懐かしくて目に染みる。
博盟。
どうかこの時間を忘れないでほしい。
かつて俺と来世を願ったこと。生まれ変わって、無関係の少年と手を繋いだこと。
ちゃんと全部意味がある。お前は捜し続けた相手と出逢い、夢を叶えている。
この旅行は最後の幻想なんだ。
真っ赤な夕陽が水平線の向こうに沈んでいく。
オーシャンビューのホテルに泊まり、バイキングで夕食を食べた。食後は他クラス合同でカラオケ大会をし、楽しくて時間を忘れた。
「あー、良い湯だった!」
「水継もオッサンっぽい」
「オッサンだよ。心は老いてるもん」
一泊目のホテルは貸し切りだから大浴場を使っていいことになっていた。広々したお風呂に浸かれたのも最高で、部屋に戻ってからベットにダイブする。
部屋は博盟と二人だけ。周りの目なんて一切気にする必要がない。もうこれってほとんど、
「新婚旅行みたいだな」
俺が思っていたことを、博盟が呟いた。途端に恥ずかしくなり、顔が熱くなる。
「あ、あぁ。それな」
すっごく嬉しい。でも妙に緊張して、カーテンを開けたりテレビのチャンネルを変えたりした。落ち着きない俺に気付いたのか、博盟はベットの上で吹き出し、手招きをした。
「水継。……こっちおいで」
「……」
片膝を立て、こちらを見つめている。
その慈しむような目で見つめられると、体は抗えない。吸い寄せられるようにベットに向かい、彼の膝上に乗った。
「お前といられてすごく楽しいよ」
「……俺も。博盟と一緒で楽しいし、嬉しい」
額を突き合わせ、小動物のようにじゃれ合う。博盟はしばらく愛おしそうに俺を撫でてていたが、やがて顔を近付けてきた。
あ。キスだ。
博盟の唇が見える。早く触れたくて、塞いでほしくて喉が鳴る。
キスしたい。────けど、理性を手放すぎりぎりのところで目が覚めた。
「待って!」
「んっ」
博盟の口を手で押さえる。間一髪、キスは防げた。
したいけど、のろけるわけにはいかない。俺にはやるべきことがある。
博盟は俺から身を引き、首を傾げた。
「どうしたんだ。キスは嫌?」
「嫌なわけない。したいです」
「じゃあ……」
「違うんだ。俺は、お前とキスする資格がない。……最初っから」
手を膝の上に下ろし、俯く。
いつも浮かれて、安堵して、ひとりでパニクっていたけど、俺は彼の傍にいる資格なんてなかった。
恋人を騙すような奴だから、前世でもなにかやらかして彼の恨みを買ったんだろう。理由を教えてもらおうなんて思わず、最初から正直に打ち明けられたら良かった。
もう彼に愛されてないかもしれない。その恐怖から逃げた代償がこれ。
「博盟に伝えないといけないことがあるんだ」
ちゃんと言わないと。拳を握り、震えた声で言葉を紡ぐ。
俺が藤正だよ。そのひと言を言えばいいだけ。
そしたらきっと、全てが終わる。
「俺……っ」
言わなきゃ。でも言おうとする度、喉が締まって声が出なくなる。
何で。覚悟して来ただろ。
恐怖と緊張、不安でおかしくなってんだろうか。情けないにも程がある。
( 最低……っ! )
目を強く瞑り、ため息をつく。博盟が心配そうに眉を下げた為、急いでベットから降りた。
「ごめん。ちょっと喉渇いたみたい……自販機で飲み物買ってくる」
財布を持ってドアへ向かう。すると博盟も何の迷いもなくついてきた。
「じゃ、俺も行く」
「ファー」
「何だよそのリアクション。嫌?」
「嫌じゃないて」
いつものやりとりをし、互いに部屋を出る。ドアをロックし、自販機でジュースを買った。
気まずっっ。こんなに気まずいと思ったことはない。心の準備をしようと思ったのに、緊張の要因が傍にいるしどうするんですか。
放心状態で歩いてると、ちょうど目の前の部屋のドアが開き、見覚えのある人物がひょこっと顔を出した。
「あれー? 唐っちと叶本じゃん!」
「友瀬!」
写真部の友瀬。それに霧山も部屋から出てきた。偶然だけど、何だか軽く運命を感じる。
それに今、前世のことで悩んでいたから……同じ境遇の彼らを見て、泣きそうなほど安心してしまった。
「奇遇だな。俺と霧山、今からウノやるんだ。良かったらお前らも一緒にやらない?」
「やる!!」
「よっしゃ! そんじゃ入って入って!」
即答して、友瀬達の部屋にお邪魔する。博盟は意外そうにしていたけど、特に何も言わず後に続いた。
四人で遊んでいたら不安も少し薄れて、リラックスしていった。段々眠くなり、ウトウトしながらカードを取る。
「ありゃ。唐っち、眠いならそろそろやめて部屋戻る?」
「うー……まだ大丈夫」
「目ぇ開いてないじゃん。叶本ー、どうする?」
「頑固だから、気が済むまでやらせていいよ」
博盟はため息混じりに答える。友瀬達は床に座っていたが、俺は眠気覚ましに一度立ち上がり、ベットに座った。
昨夜も緊張してあまり眠れなかったし、眠気が増してんのかもな……。
こんな状態じゃ、冷静に博盟と話し合うことはできない。予定を変更して、告白は明日にしよう。
「そーだ! 叶本は前世はどこにいたの?」
ぼやっと考えてると、友瀬は指を鳴らした。コーラを飲みながら、興味深そうに博盟を見ている。
「意外とここから近いよ」
「へー! 何歳まで生きた?」
「こら、友瀬……!」
友瀬の直球な質問に、霧山は鋭い口調で止める。しかし友瀬はむしろ何が悪いのか、と不思議そうに肩を竦めた。
「今生きてんだから良いだろ。俺なんて生まれ変わってみるとさ、前世は予行演習だったんじゃないかと思うんだよね。霧山と楽しく生きる為のさ」
思わず手が止まる。カードを脇に置き、目の前で集まってる三人に目を向けた。
「ちなみに俺達は十九のときに死んだ。炭鉱でね。でもこうしてご褒美の人生貰ってるし、神様がいるなら本気で感謝してんだ」
友瀬は腕を思いきり伸ばし、俺達に笑いかけた。
本当に、この世界に何の不満も抱いてなさそうな声と笑顔だった。
「だから叶本も、前世のことで暗くなったり、何か後悔してんならやめなって話。今生きてるほとんどの人は、お前の成功も失敗も、何ひとつ知らないんだから!」
……!
友瀬の言葉でハッとする。
確かにその通りだ。博盟はわからないが、俺は生まれ変わったことで世界を俯瞰できてるように錯覚していた。自分がしたこと、しでかしたことがとても大きな問題のように感じていた。
でもそんなわけないんだ。俺の悩みなんて本当にささいなもの。
俺はたかだか生まれ変わりをしただけで、周りの高校生と何ら変わりない。がむしゃらに生きて、大好きな恋人を見つけて、プロポーズに失敗したかっこ悪い人間だ。
そんな平凡な人生を送った男のことなんて、誰も興味ない。……なのに何でこんな肩肘張って、周りの目を気にしてたんだろう。
男同士だと注目されることだって、昔に比べれば全然だ。時代はちゃんと変化し、今の人の為に生まれ変わってる。
霧山は友瀬の言動にイライラしてる様子だったけど、冷蔵庫からコーラを取り出して博盟に渡した。
「ごめん、叶本。悪気はないと思うんだけど、こいつはとにかく単純なんだ」
「……わかってるよ」
博盟は可笑しそうに口元を緩めた。俺も同じ気持ちだから、何も言わず俯く。
博盟は床に両手をつき、仰け反るように天井を見上げた。
「俺は二十五で死んだ」
「うわ、やっぱ叶本も若いな」
友瀬と霧山は複雑そうに零す。俺も、内心動揺した。
博盟は俺が死んだ五年後に命を落とした?
何でだろう。嫌な予感で胸が苦しくなるも、彼は明るく笑って人差し指を立てた。
「災害だけど。こっちは嵐が多くて、気付いたときには……。でも苦しんでないから大丈夫」
確かに、昔から島は嵐で大きな被害を受けていた。
誰かに攻撃されたり、……自ら生を投げ出したのではないとわかり、密かに安堵した。
霧山は辛そうに目を細め、近くの椅子に座り直す。
「そう……やっぱり、ごめんな叶本。友瀬が辛いこと訊いて」
「おう、マジでごめん。でも誰かに言うとスッキリしね?」
「友瀬、ほんと調子乗んな!」
霧山はいつものように友瀬の頭をはたき、大きなため息をつく。そして思い出したように手を叩いた。
「叶本は、俺達みたいに前世で捜してる相手はいないの?」
「……いるよ。……前世で付き合ってた恋人。最初は、水継に一緒に捜してもらってた」
「へぇ。あれ、でも今二人は付き合ってんだろ?」
友瀬が興味津々で食らいつく。それには俺も博盟も、気まずくて苦笑した。
「一応今も捜してるけど、捜してる間に水継のことを好きになっちまったんだ。時代をまたいだ二股だな」
「わ、色々すごいな」
これにはさすがの友瀬も驚いたのか、言葉を選んでる様子だ。しかしすぐに頭を横に振り、コーラを高く掲げる。
「ま、そういうこともあるべ。それもまた人生! 俺と霧山は応援する!」
「あはは。ありがと」
正直、今の俺達は周囲に祝ってもらえる立場じゃない。
けど彼らの純粋な応援は、傷ついた心を癒すに充分過ぎた。
「その前世の恋人さんもそのうち見つかるかもよ。俺と霧山も、この高校で出逢えたし。まぁ俺は霧山の顔もタイプだったから、そのうち口説いて青春しとこうとは思ってたんだけど……叶本、もうちょっと興味ありそうな顔してもらってもいい?」
真顔で目の前の壁を見つめている博盟に、友瀬は冷静にツッコむ。霧山は呆れたように頬杖をついた。
「友瀬の冗談はさておき、本当にたまたまだ。友瀬がコロッケパンで大はしゃぎして、ずっこけて俺に体当たりしてきたんだよ」
「ただのコロッケパンじゃないんだ。メンチカツも入ってたんだよ」
死ぬほどどうでもいいと思ってそうな顔の霧山に、今度は博盟が問いかける。
「触れたら記憶が戻ったんだ?」
「うん、間違いない」
霧山は静かに頷く。博盟はそれを見て、小さく「だよな」と呟いた。
