『あと百年ぐらいしたら、もっと生きやすい時代になると思う?』
足の裏が焼けそうな白い砂浜。透き通ったコーラルブルーの海を眺め、貝殻を拾った。
『俺達が付き合ってること。認めてもらえなくても、必死に隠さなくていいぐらいにはさ』
その場に屈み、隣にいる青年に尋ねる。彼は暑そうに空を仰いでいたが、やがて顔だけこちらに向き、汗を拭った。
『少なくとも今よりは生きやすい』
手に持ってた貝殻を取り、太陽に透かす。恋人は後ろに仰け反ったまま、俺の頭を撫でた。
『だから必ず生まれ変わって。……来世も絶対に逢おうな』
生温かい潮風に吹かれながら、俺達は約束した。
叶うわけないとわかってる。それでも願わずにはいられない。
『……うん』
絶対、また逢える。俺も彼の頬に触れようとしたけど、何か恥ずかしくてやめてしまった。触れたら火傷しそうな宝物だ。愛しさも虚しさも、最後は波の音に攫われる。そんな場所で生きていた。
────────
“生まれ変わり”なんて胡散臭い。……という台詞を、もう何百回聞いただろう。
認知度こそ跳ね上がったが、世間の反応はまだまだ冷めきっているのが実情だ。前世の人生を口にしようものなら、すぐさま危ないひとのレッテルを貼られて距離を置かれる。
理解できないものを否定するのはあるあるだ。だから俺も、その他大勢の中に入ることを決めた。
前世の記憶があるけど、それは家族にも話してない。話したら心配されるか、気味悪がられるだけだから。
( まぁどっちにしても心配はされるか )
高校二年生の唐谷水継は、六時間目の授業を終え思いきり腕を伸ばした。
よーし。帰るぞ!
今日は駅前に新しくできたクレープ屋に行く。
男ひとりだとそれなりに目立つけど、人生二周目ということもあり買い物については経験豊富で余裕だ。
前世で甘い物が大好きだったから、今世でも甘い物には目がない。時代が変わって驚くようなスイーツが増えたし、今の生活に不満なんて何ひとつなかった。
クラスメイトは変わり映えのない毎日に嫌気が差して刺激が欲しいと言ってるけど、俺はまっ⋯⋯⋯⋯たくそんなことはない。スパイスは不要。せっかく平和な時代に生まれたんだから、皆もっとのんびりしたらいい。
申し訳ないけど、俺は誰にどう思われようとのんびりするぞ。いそいそ帰る準備をして立ち上がると、担任が不自然な笑顔を浮かべてやってきた。
「唐谷〜! 悪いな、ちょっといいか?」
まずい、嫌な予感。
「何ですか? 俺今日用事あるんです! 親戚と⋯⋯親戚の親戚が家に来るんで!」
「そんな警戒するなよ。ちょっとお願いがあるだけなんだ。今日じゃなくて明日だから、な?」
な? じゃない。担任の永居先生はまだ若い青年だからか、何でもノリが軽くてたまったもんじゃなかった。
警戒心マックスで見つめてると、彼は周りをきょろきょろした後、声を潜めて告げた。
「学級委員のお前にだけ特別に教えてやる。明日、ウチのクラスに転校生がくる」
「へぇ! それは楽しみですね! じゃ失礼します」
「待て待て、まだ話は終わってない! 慣れない土地に来て不安だろうから、ちょっと気にかけてやってほしいんだ」
聞けば転校生は北関東からこの横浜に引っ越してくるという。実際この時期に転校は不安だろうし、そういうことなら喜んで引き受けよう。
「フォローならお安い御用ですよ。なんせクラスの皆に選ばれて学級委員になりましたから」
「ジャンケンで負けたんだろ? でもお前は何だかんだ面倒見が良いし、大人だから安心だよ。ありがとな!」
彼の言うとおり、同級生よりは人生の経験値がある。とは言え俺はクラスで一番遅刻するし、見た目もチャラい。規律や細やかさとは無縁の人間だ。
「ちょうどお前の後ろの席だからよろしく」
「ええ、窓際の一番後ろとか特等席じゃないスか! 俺がそっちに変わりたいです」
「寝るつもりだろうから駄目。⋯⋯ちなみに転校生くんはすごいイケメンだったぞ。お前もモテるから、女子の人気とられないようにな!」
永居先生はすっかり安心した様子で去って行った。相変わらずマイペースだな、とため息をついてクレープ屋に向かった。
転校生がイケメンでも、俺には関係ない。
俺は同性愛者だけど、今世で恋愛をしないと決めてるからだ。
一日だって忘れたことはない。───大切な恋人がいるから。
「カスタード入りチョコバナナクレープ二つ。チョコソース多めでお願いします」
特大クレープを受け取り、きらふわ女子高生達の列を通り抜ける。
二つ買うことでまるで誰かと来てるように偽装する。時にはこういう小細工も必要だ。
「んま〜!!」
思ったとおりめちゃくちゃ美味い。そして甘い。駅中を歩き、ひとのいない隅を探した。
俺は、今世は今世と割り切って思う存分楽しむつもりだ。ある目的を除いて、普段は高校生ライフを謳歌する!
「っと!」
気をつけて歩いていたけど、横から来たサラリーマンとぶつかりバランスを崩した。
( やばっ転ぶ! )
両手のクレープをひとにぶつけないよう気にしたせいで、脚がもつれる。人通りの多い場所で盛大に転倒する悪夢を思い浮かべたが。
「⋯⋯あぶな」
「……!」
倒れそうな瞬間、誰かに支えられ、抱き寄せられた。おかげで無事に着地し、クレープも死守できた。
助けてくれたのは、同じ年頃の少年だった。
「大丈夫?」
「あっ。すみません、ありがとうございます!」
慌てて頭を下げる。少年は俺より背が高く、また目を見張るほど美形だった。
並大抵じゃない⋯⋯イケメン。モデルか?
お礼は言えたけど、思わず見惚れてしまった。
「なぁ、クレープ落ちそう」
「はっ!」
見ると、手がめちゃくちゃ傾いていた。中身が落ちる寸前、彼は俺の手首を掴み、持ち上げてくれた。
危機一髪だ。お礼を言おうとしたけど、直後凄まじい量の記憶が頭の中に流れ込んできた。
( 何だ……っ!? )
吐き気を覚えるほどの情報量。でも、懐かしいコーラルブルーの海が見えたときに全て悟った。
これは俺の────前世の記憶だ。
「い……っ!」
強い目眩と頭痛に襲われ、再び前にバランスを崩す。しかし今度はすっぽり胸の中に抱き込まれ、倒れずに済んだ。
「おい、大丈夫か!?」
「…………あ」
心配そうにこちらを覗く少年。彼とは反対に、俺は恐ろしいほど冷静だった。
( 見つ……けた )
俺の、前世。……の、恋人。
もう会えないと諦めかけていたひと。
驚きと喜びがせめぎ合い、頭の中が真っ白になる。固まって喋れない俺を、彼は不思議そうに見つめていた。
やばい。やばい。どうしよう。
やっぱり、俺と同じで生まれ変わっていた。
嬉しくて……やば、泣きそう……っ。
今すぐ打ち明けて、思いっきり抱き締めたい。
「道……っ」
名前を呼びかけたものの、ハッとして口を噤む。
待てよ。彼は前世の記憶を保持してるけど、“俺”に気付いてない様子だ。
何で俺だけ記憶が流れてきたんだ?
口元を押さえて考えていると、不意に額を触られた。
「貧血か? 持病は?」
「あ。いや、健康だから大丈夫⋯⋯!」
もう気分も悪くないから、慌てて手を振る。それに今は体調の話をしてる場合じゃない。
ずっと捜し続けた恋人が目の前にいる。
( やばい!! )
幸せ過ぎて頭がおかしくなりそうだ。でも落ち着け。
何度か深呼吸し、興奮を鎮める。慎重に段階を踏んで、前世の恋人ということを打ち明けよう。
喜びと動揺に支配されてると、少年は俺の制服に視線を向けた。
「もしかして宋海高校?」
「あ、はい」
「⋯⋯」
彼は少し考えた様子で、口を閉じた。何だか険しい表情をしている。
どうしたんだ?
不思議に思いつつ、せっかくだから片方のクレープを差し出した。
「あの、もしよかったらこれどうぞ!」
「いい。甘い物苦手だから」
ハッ。そういえばそうだった!
あまりに昔過ぎて、彼の好き嫌いについて忘れていた。
「あ、それじゃ、辛いもの好きですか? そこに韓国料理とか担々麺のお店あるんで、よければ是非」
「いや、大丈夫。じゃ」
「え? ちちちちょっと待って! 連絡先教えてください!!」
両手にクレープを持ち大声で連絡先を訊く。男が男をナンパしてるかのような光景が生まれ、周囲から視線を感じた。
くそ、人生二周目でもこれは恥ずかしい!
顔が熱くなりながら後を追うと、彼はわずかに振り返った。
「心配しなくていい。また会えるから」
「えっ?」
また会える⋯⋯?
わけがわからず呆然としてる間に、彼は人混みに紛れて消えてしまった。
「あぁっ! マジかよ!」
せっかく会えたのに、秒で別れてしまった。我ながらなんて失態だ。
クリームがとけてきたので、慌ててクレープを食べる。ヤケ食いしてると思われてるのか、近くの女子高生がキャッキャと笑いながら俺を見ていた。しかし今は怒りや羞恥心より動揺が勝り動けない。
彼を捜して、絶対伝えなきゃ。俺が前世の恋人だって。
その日は足を引きずり、ズタボロのメンタルで家に帰った。クレープは美味しかったけど胸につっかえたような感覚で苦しい。
でも、やっぱり嬉しい。⋯⋯出逢えたことが。
「よかった⋯⋯」
彼も俺と同じ。ちゃんと生まれ変わっていた。
枕に顔をうずめ、嗚咽する。気が昂ぶって仕方なかったけど、昔の記憶を思い出してるうちに、意識は波に飲まれていた。
どうしたらまた、あの少年に逢えるか。翌日目覚めてからずっと考えていたけど、そういえば大事な役目があったことを思い出した。
「叶本⋯⋯博⋯⋯博⋯⋯」
朝、登校して下駄箱のネームプレートを眺めた。
知らない名前があるから件の転校生くんだと思うけど、博の後が読めない。
自己紹介で話すだろうから大丈夫かな……。
先生にも頼まれたし、ちょいちょい気にかけよう。
ところが、寝ぼけ眼で教室へ向かった教室の雷に打たれるような衝撃に襲われた。
「皆ー、席について。転校生を紹介する」
朝のホームルームで先生と一緒に現れた転校生は、見覚えのある少年。女子のように艶のある黒髪、整った顔立ちと長駆。高校生らしかぬオーラを放っている。
あれって……。
「叶本博盟です。一年間よろしくお願いします」
「叶本くんだ。皆、拍手!」
「「イェーイ!」」
嘘だろ?
何度か瞼を擦り、まばたきする。教壇の前で自己紹介した転校生は、昨日会ったあの少年だった。
イ⋯⋯イェイ!!
思わず机の下でガッツポーズする。俺の悲願が思わぬ形で、光の速さで叶った。神の思し召しだろうか。
もはや都合良すぎて怖い。神様がいる、運命はあるとしか思えない。
同い年で、同じクラスに転校してくるなんて⋯⋯!!
あと、今は博盟って名前なんだ。似合うような似合わないような⋯⋯とにかく良い名前!(※単純)
永居先生に指し示され、叶本は窓際へ歩いた。そのまま俺に気付かず横を通り過ぎると思ったけど。
「ほら、逢えただろ?」
「え」
彼は俺の机に手をつき、わずかに微笑んだ。
わぁ。笑うとさらにイケメン。
驚のあまり完全に固まってしまった。⋯⋯俺を気に留めることなく、彼は後ろの席に座った。
めちゃくちゃ振り返りたいけど、さっそく一時間目の授業が始まったから我慢しないと。
あぁー、でも早く話したい!! 早く終われ!!
心の中で全力で祈る。人生史上もっとも長い一時間だった。中休みを告げるチャイムが流れたときは、もう天にものぼる気持ちで立ち上がった。
「俺、唐谷水継。よろしく!」
「よろしく。⋯⋯さっきも言ったけど、叶本博盟」
手を差し出すと、彼は握り返してくれた。するとまた、指先にビリッと痺れが走った。
やっぱり、感じる。彼と触れるたび、懐かしい感覚になる。
間違いなく、俺の前世の恋人だ。十六年と九ヶ月ぬるぬる生きて、ようやく出逢えた。
「き、昨日横浜駅で会ったよな。倒れそうなとこ支えてくれてありがと」
「別に⋯⋯クレープ持ってたから、あのまま倒れたら可哀想だなって思って」
「あぁ、ほんとに助かった! でもまさか転校生だったなんて、すごい偶然だよな!」
思わず身を乗り出すと、叶本は切れ長の目をさらに細めた。
「ほんとに。運命かもな?」
「⋯⋯」
本当に、運命以外のなにものでもない。でも彼は何も気付いてなさそうだ。
以前と違ってかなりクールだし、印象も違う。大人びてるのは元からだけど、表情があまり変わらないから少し怖い。
打ち明けるのもちょっと躊躇しちゃうな。どうしたもんか。
とにもかくにも、もっと話して、今の彼について知ろう。
「叶本。俺学級委員なんだ。困ったこととかわからないことあったら何でも聞いてくれ。校内も案内するし」
なるべく笑顔で、愛想良く振る舞うぞ。俺も“以前”とは違う。すっかり世渡り上手になったことを証明する。
叶本は俺を見つめ、静かに頷いた。
「ありがと。それじゃさっそくひとつ良いか」
「何?」
「名前で呼んでいい?」
なんだ。そんなの、こっちがお願いしたいぐらいだ。
「もち。じゃあ俺も名前で呼んでいい?」
「いいよ。⋯⋯水継」
「あは。さんきゅー、博盟」
初めて呼んだ彼の名前。抑えようと思ったけど、弾んだ声になってしまった。
なるべく気をつけたいが、どうしても落ち着きない喋り方になってしまう。博盟はもちろん、周りのクラスメイトにも不審に思われてそうだ。
案の定、博盟と喋りたい女子達がブーイングを起こした。
「唐谷、いつもは寝てるくせに転校生くんに絡み過ぎ!」
「ゴメンて。だって俺学級委員だし」
「まぁまぁ。水継が色々教えてくれて助かるよ」
博盟はやんわりフォローに入ってくれた。
イケイケ女子は皆、クールな博盟に興味津々で質問攻めにしていた。中休みは彼とゆっくり話すのは難しそうだから、ぐっと堪えよう。
昼も博盟と二人きりになることはできなかったが、放課後は皆が部活でいなくなる。帰宅部の俺と博盟は、教室の端っこで取り残される形になった。
「やっと落ち着いた」
「ん?」
小さな呟きが聞こえ、後ろに振り返る。見ると、博盟は頬杖をついて窓の外を眺めていた。
「注目されるの苦手なんだ。転校初日だから仕方ないけど」
「あぁ。そりゃそうだよな。おつかれっ」
ただでさえ知らない人達の顔や名前を覚えるのは疲れる。くわえて緊張もするから、転校生の気苦労は半端ない。でも。
「大丈夫だよ。お前には俺がいるし!」
「⋯⋯!」
胸に手をあて、笑顔で告げる。
俺は彼の、世界で一番の味方だ。命に代えても守るし、⋯⋯愛してる。
彼を安心させたい一心で笑いかけると、何故か博盟の頬は赤くなった。
「確かに。知り合いがひとりいるだけで全然違う」
「あはは、だろ? 俺らは皆が知らない秘密があるからな!」
「何だそれ」
博盟は可笑しそうに肩を揺らした。笑顔も仕草も全部可愛くて、自然とにやけてしまう。
すると彼は立ち上がり、腰に手をあてた。
「水継。学校の中、案内してくれる?」
「あぁ。行こ!」
さっそく頼られたことが嬉しくて、すぎに博盟と校内を回った。その途中も、彼が住んでた場所の行事を聞いたりして、会話が切れることはなかった。
話したいことがあり過ぎて、時間が足りない。
「体育館も回ったし……とりあえずこれぐらいかな」
必要そうな場所は全て回ったから、二人で教室に戻った。博盟は自販機でジュースを買い、一本を俺に渡した。
「ありがと。用事とかなかった?」
「ないない。帰宅部だから、委員会がなければ基本暇」
窓際に寄り、礼を言ってジュースを受け取る。博盟は少しだけ口端を上げ、窓を開けた。
「皆もっとドライなのかと思ったけど、優しそうで良かった」
「ウチのクラスは皆フレンドリーだよ。多分、お前が一番ドライ」
「ははっ」
博盟は吹き出し、自身のポケットからスマホを取り出した。
「……連絡先、よかったら交換しないか」
「よ、喜んで……じゃないや、もちろん!」
気を抜くと高校生らしかぬ言葉遣いになってしまう。慌てて言い直し、念願の連絡先を手に入れた。
既に嬉し過ぎて窓ガラスにヘドバンしそうだ。もちろん顔には出さず、クールにスマホを仕舞う。
「博盟ってマジで大人っぽいよな。何か見つけてるものもかっこいいし……初めて会った時、モデルかと思った」
「初めて言われた。つうか俺からしたら、お前の方が……」
「ん?」
「いや、何でもない」
彼はなにか言いかけ、口を噤んだ。気になるけどツッコむのも違う気がして、ジュースを飲み干す。
今、この教室には俺達だけ。秘密の話をするにはこれ以上ないシチュエーションだ。
しかしいきなり前世の話をするのも……ずっと待ち侘びていたことなのに、いざ打ち明けるとなると緊張する。
咳払いし、他愛もない話で気持ちを落ち着けるか。
「博盟、趣味とかある?」
「特に……でも出掛けるのは好きかな。やることあるから飛び回ってるだけだけど」
「やることって?」
「人捜し」
ペットボトルが机に置かれる。互いに窓を背にして、肩がぶつかった。
「俺、前世の恋人を捜してるんだ」
音がやんだ。
時も止まったかのような、静寂の世界。目の前と頭の中が真っ白になり、オウム返しした。
「前世」
「そう。前世」
ゆっくりと博盟の方に顔を向ける。彼は腕を組み、正面の壁をじっと見つめていた。
「叶本って⋯⋯生まれ変わりしてんだ」
「胡散臭いだろ?」
彼は肩を竦め、冗談ぽく笑った。
初対面でそんな大事なカミングアウトをされたのは驚いたけど……嬉し過ぎて、手が震え出した。
「正直に言っていいぞ。罵倒も慣れてるから」
「そ、そんなことしないって!」
博盟には前世の記憶がある。そして当時付き合っていた恋人を、今世でも捜しているという。
生まれ変われたこと自体奇跡なのに、彼もずっと俺を捜してくれていた───。
これ以上幸せなことはない。視界がぼやけだしたから、袖で乱暴に拭い、振り返る。
「博盟。俺も本気で生まれ変わりを信じてんだ。前世で好きだったひととは、絶対また逢える。そんで、絶対に結ばれる。……って」
まさに今。人生を捧げようと思った唯一の相手と巡り会えている。
逢いたかったよ。
そう言おうとした瞬間、彼は切れ長の目をさらに細めた。
「ああ、良いな。ただ俺の場合は、そんなロマンチックな再会にはならないんだけど」
「え?」
「俺は前世の恋人に怒ってるんだ。必死に捜してるのは、見つけだして文句言うため」
「……ん?」
ホワイ。
何で? 俺何かした?
完全にフリーズしていると、博盟は腕を組んでため息をついた。
「何に怒ってるのかは言えないけど。とにかく猛烈にムカついてる。見つけたらまずど突こうと思ってる」
「え。……え〜と……あれ? 話し合いで解決できないの?」
「無理だな。逃げないように縄で三日ぐらい縛っとけば、あるいは……。その間に頭の血が下がるかもな」
ええ。
暴力反対。てか大変だ。
もし恋人だとバレたら、俺は拘束されて折檻されるんですか!!??
そんなの絶対嫌だ。絶対見つかりたくない。
待て待て、何故だ。何が彼の逆鱗に触れたんだ。俺は最期の最期まで、彼を想って動いたはずだぞ。
しかしこちらの事情など知るはずもなく、博盟は恨めしげに続ける。
「そもそも俺の恋人はグータラで、飽きっぽくて、本当にろくでもない奴だったんだ」
「へ……へぇ」
おい、悪口はやめろ。
「つまり博盟は、前世の恋人に仕返ししたいの?」
「仕返しなんて可愛いもんじゃない」
ファッッ。
冷や汗が流れる。マジで、法に触れることをするわけじゃないよな。
天に昇りそうな幸福感から一転、東京湾に沈められそうな息苦しさを覚える。
彼と出逢えたことも、彼が前世を覚えていたことも嬉しいのに。今は、生まれ変わりを明かしてはいけないというプレッシャーに押し潰されている。
「な……何か相当やばい恋人だったんだな。同情する」
わけねーだろ!!!!
俺の短所ばっかり言いやがって! 身に覚えなくてショックだけど、段々ムカついてきたぞ!!
舐めるな。俺だってお前の悪いところなんか百個は上げられる。
しかしここでブチ切れるわけにはいかない。何の装備もない今、ガチの殴り合いになったら負ける可能性がある。博盟は細身だけど、チラッと見える腕は鍛えてそうだから。
諦めた。
正体を明かすのは延期だ。ほとぼりが冷めるまで(※既に何十年も経ってるけど)待とう。
それに俺も仕返ししたろという気持ちがメラメラ燃えてきている。
彼の怒りの原因を突き止めるまで、しばらくは傍で俺を捜し悶える彼を見守ろう。
「よし、わかった! 俺も恋人捜しに協力する!」
「え? いや、そんなことしなくていい」
けど叶本は驚いた顔を浮かべ、すぐにかぶりを振った。
「気持ちは嬉しいけど、信じてくれただけで充分嬉しいから」
博盟は空になった俺のペットボトルをゴミ箱に入れた。
「大体、他人の痴話話喧嘩なんて興味ないだろ?」
いやある。大いにある。
彼が俺の何に怒ってるのか突き止めないことには眠れないし、一生正体を打ち明けられない。
「いや。俺は絶対恋人捜しを手伝う。お前が拒否っても、だ」
「やる気満々だな。何も楽しくないだろうけど……」
野次馬根性か? と彼は可笑しそうに笑った。
とりあえずそういうことにしてもらって、鞄を取る。
博盟も立ち上がり、俺の目にかかった前髪を軽く持ち上げた。
「はは。お前、可愛い上に優しいんだな」
「か……可愛いとか意味わからん」
開け放した窓から風が吹き込む。博盟の優しい笑顔は、無条件で俺の目を奪った。
くそー……俺という恋人がいるってのに、ここにいる“関係ない高校生”に可愛いとか言いやがって。
見る目ないな。……お互いに。
乱れた前髪を整え、一緒に歩き出す。
暑そうにシャツを押さえる少年は俺の世界そのもの。でも彼の目には俺が見えてない。
灯台下暗し。
前世の恋人が隣にいるとも知らず、彼は今日から俺を捜すのだ。

