その#付き合ってません(ハッシュタグ)非公開に出来ますか!?


「ねぇ影山くん!」
朝、教室を扉を開いた瞬間待ってましたと言わんばかりに女子数人に囲まれた。
決まって女子から問い詰められるときは、あいつの話題でしかないため、今度はなにをやったんだと溜息をつく。
「莉生がまたなんかやったの?」
半ば呆れたように言うと、女子たちはきょとんと目を丸くした。
「え?朝日奈くん?違うよ!」
「そうじゃなくて、れおはるの"はる"って影山くんだったの!?」
「え……そうだけど」
思ってもみなかった問いかけに少し驚いてしまった。
「なんで言ってくれなかったの!?食べ歩きみたよ!もう最後のところが最高だった」
「『デート中なんだけど?』ってやつね!もう最高すぎて十回は見たよ」
「えっと……ありがとう?」
鼻息荒く熱弁する彼女たちに戸惑いながらもとりあえず見てくれていることは有難いので感謝を述べた。というか、最初からずっと出ていたんだけど、彼女たちには莉生しか見えていなかったのだろうか。……最初からずっと隣にいたんだけどな、俺もまだまだだな。なんて、そんなことを思いながら曖昧に笑ってその場をやり過ごした。

放課後。人気のなくなった校舎の奥に生徒会室はある。行事が立て込んでる、とかでもない限りほかの役員が来ることはないので、最近はここを拠点にしている。
窓から差し込む西日が、机の上に長い影を落とし、その向かいで、莉生はいつも通りの顔で足を組み椅子に座っていた。
「ってことが朝あったんだよね」
「俺の戦略通りだね」
さらっと言い切る声に、少しだけ眉をひそめる。
「ああ、あの仕込みの逆ナンな」
「まだ根に持ってるのそれ。そうじゃなくて、陽を俺のモブからメインの演者にしようっていう魂胆が上手くいったってこと」
子供じゃん。と言いたげに莉生はため息をついた。そもそもお前が仕掛けた側のくせになんでそんな態度なんだ?と言い返したかったが、俺は大人なのでぐっと堪えた。
「どういうこと?」
「そもそも"れおはる"としての人気を高めていかないといけないのに、俺単体もしくはれおはるが好きという層しかいないのは問題だと思ってたんだよ」
「ようするに俺のファンを作ろうってこと?」
「その通り。さすが聡いね陽は。そして結果的に食べ歩きのラストで陽のファンは増えたでしょ?これが俺の戦略だったってこと」
「なるほど……ってか俺にもそれ言ってくれればよかったじゃん」
「言ったらリアルな反応じゃなくなっちゃうでしょ」
ごもっともすぎて、一瞬言葉に詰まる。たしかにあれはアドリブだったから生まれた名シーンなのかもしれない。
「それは、まあ……たしかに」
「そしてここからが次のフェーズ」
小型カメラに向かってかっこよく指パッチンをしてキメる莉生。この企画会議も動画にするつもりかよ。
「どこに向かってやってんの、それは」
「いやだなぁ、告知動画用だよ」
「なんの?」
「生配信」
「生配信!?」
「そう」
もう少し時間をかけてやろうって言ってたじゃんか、嘘つき。と心の内でで悪態をつく。
「え、俺と莉生が!?」
「そう」
「全く話が見えてこない」
しかもさっきから「そう」しか言ってないぞ、こいつ。
「さっき陽も言ってたけど陽の認知度が高まって人気も出てきたタイミングだから、やるならここしかないと思ってる」
「たしかに、学校でも声掛けてもらうこと増えたし、コメントで俺のSNSが欲しいって言われたから、インスタ作ったんだよな」
「え、聞いてないけど」
「あれ言ってなかったっけ?これ」
そう言って俺は莉生にインスタのアカウントを見せる。
「フォロワー二百人くらいいるじゃん。告知したの?」
「してない。なんか熱心なファンがこれ『絶対陽くんだよ!動画にあるものばかりだし見切れてる人が絶対莉生』っていう考察動画だしてたらそこからフォローしてくれる人が増えた」
「すごいねその子。じゃあまあ、陽のアカウントは俺のストーリーでも告知しとくね」
「助かる」
「それで生配信の内容なんだけど」
「うん」
「陽の誕生日も兼ねてやろうと思ってて」
「なるほど……。じゃあ後はせっかくだし、質問を募集して答えていく感じにするのは?」
「いいと思う」
「最初だし無難に行こうぜ」
「大体一時間くらいを目安にしようと思ってるけど、他にやりたいことある?」
「とりあえず誕生日と質問で一時間は持つだろ」
「確かにね」

週末。駅から少し離れたレンタルルーム。
部屋の明かりは既についており、玄関を開けると既に莉生が中で準備していた。
「先に準備してたんだ」
「ちょっと早く来すぎちゃったからね」
室内は白を基調にしたシンプルな空間。誕生日の飾り付けもモノトーンで落ち着いた印象がある。それに機材がいくつか並べられていて、三脚、照明、小さなカメラ。準備万端だ。
生配信のお知らせをアップするとコメント欄は、【生のれおはるとか楽しみ】【生きる理由できた】【学校頑張れる】【質問たくさん送るね〜!】【週末配信ってことは私服ってこと!?】とスクロールしても底が見えないコメント欄はいつも以上に盛り上がっていた。
「質問もたくさん来てたしありがたいね」
「視聴者あっての俺らだからね」
「それはそう」
なんだかそわそわしてきて、緊張しているのかもしれない。
ふと隣を見ると莉生は機材の最終チェックをしていた。その顔を見たら少しだけほっと息を吐く。
この状況を、最初から見越していたみたいな顔。
──ほんと、どこまで計算してるんだろうか。
そんなことを思いながら、カメラの前に腰をかけた。
「じゃあ始めるよ」
「うん 」

十二時ぴったり。予告していた時間通りに配信を開始する。すると見る見るうちに視聴者が集まってきて千人を突破したところで莉生が口を開く。
「みんな集まってくれてありがとう〜!莉生です。こんにちは〜」
「あ、えっと……陽です。緊張してます」
「れおはるで配信するのは初めてだけど、俺だけの配信も久しぶりだよね?待たせちゃってごめんね」
莉生がコメント欄にそう問いかけると昔から莉生を応援しているであろうファンが【配信してくれるだけで嬉しいよ】【莉生くんとおしゃべりできて嬉しい】とコメントしている。こうやってリアルタイムで反応が返ってくるのが配信のいいところなのだと思うし、逆に変なこと口走れないなと身が引き締まる。
「えっと、今日はせっかくだからみんなからの質問に答えていこう配信をしようと思ってて、でもその前に」
莉生はそう言うと、脇に置いてあったクラッカーを手に取った。
「陽!ハッピーバースデー!」
パンッ!と軽快な音が部屋に響く。
画面には【おめでとう!】の文字が次々に流れ、祝福の文字で埋め尽くされていった。
「ありがとう、十七歳になりました」
「改めて、おめでとう陽」
「ありがとう。あ、ねえ。莉生の誕生日っていつなの?」
大勢の人達に祝われて照れくさいのを誤魔化すためそういえば聞いていなかった莉生の誕生日を聞いてみることにした。
「八月だよ」
「夏休み中じゃん」
「うん、だから海とか夏らしいところでお祝いしてね」
期待に満ちた目を向けられ、俺は考える素振りを見せる。
「考えとく」
「えー?」
すぐさま不満そうな声を上げる莉生に、コメント欄は「考えるんかい!」「即答してあげて!」とツッコミで溢れていた。
「ねぇ陽緊張してる?」
莉生によって用意されたケーキをつまみながら、ぼそぼそと話す俺に莉生はそんなことを聞いてきた。
「……あ?」
当たり前だろと伝わるように、わざと低く返す。視線だけを横に流すと、莉生は楽しそうに口角を上げている。他人事だと思いやがって。
「いや顔が固いよ」
「いつも仏頂面で悪かったな」
「え〜そこも可愛いけどね?」
軽い調子で言いながら、遠慮なく指が頬に触れてくる。ぐい、と押される感触に思わず眉が寄る。
「ほっぺつんつんすんな、千人が見てんだぞ」
カメラの存在を意識して声を抑えつつも、手を払いのける。
「いいじゃんほっぺくらい」
「よくない」
距離が近い。無遠慮なくせに、悪気が一切ない顔をしているのが余計に厄介だ。
「ほら、陽くん照れてる可愛い〜だって」
コメント欄をちらりと見て、莉生が嬉しそうに読み上げる。流れていく文字がやけに速く感じるのは、気のせいだろうか。
「……さて、さっそくみんなからもらった質問に答えて行きたいと思いま〜す」
強引に話題を戻す。これ以上この流れに付き合うと、完全に莉生のペースになってしまう。この配信はあくまで俺が主軸にならなければいけないんだから。というか莉生も莉生でいつもの調子なのはどうなんだ、勘弁してくれよ。
「みんな、覚えといて。これ陽の照れ隠しね」
「うるさい」
軽く睨むと、莉生はくすっと笑っただけだった。
(こ、こいつ……!)
沸き起こる苛立ちをぐっと堪えてテーブルの上に置いてある紙束に手を伸ばす。事前に印刷しておいた質問一覧。紙の感触を指で確かめながら、パラパラとめくる。進行役としての意識が戻ってきて、呼吸が少し落ちついてくる。

「あ、これは?『お互いの第一印象教えて』」
「陽の第一印象?」
「うん、莉生の第一印象はね、ナルシスト」
「ねぇひどくない?」
間髪入れずに返ってきた抗議に、思わず笑ってしまう。けれど、あのときのことを思い返せば、俺の中ではこれ以上ないくらい正しい評価だと思う。
「いやいやだっていきなり『可愛い顔してるね』とか言われたらびびるでしょ」
「え、俺そんなこと言ってた?」
「言ってたよ。俺がハイトーンにしたら似合うと思う可愛い顔してるし、みたいな」
当時の声色まで思い出せるくらいには、印象に残っているやり取りだと思う。
「え〜、やばいまじ記憶にない」
「最低、みんなどう思う?」
わざとカメラに向かって問いかける。コメント欄が一気に流れる。
【イチャイチャしてる】
【初っ端から口説く莉生が解釈一致すぎて】
思っていた「ひどい」の同意とは違う方向に盛り上がっていく。
「もー、みんな莉生に甘すぎ」
「みんなありがとね」
さらりと礼を言う莉生に釈然としない気持ちを覚えながら、俺は小さくため息をつく。それすらも画面の向こうの彼女たちは好意的に受け取るらしい。
【ため息すらも可愛い】
【莉生に振り回されてる陽くん可愛すぎ】
【陽くん不憫でかわいい】
とコメント欄は大いに盛り上がっていた。
「そういう莉生は?俺の第一印象」
「俺?」
「お人好しだなーって思ったよ」
「え、なにそれ」
「だってその日も教師に雑用押し付けれてたし、あとは警戒心がないよね。あの日もさぁ……」
そこまで言った莉生が、不意に口を閉ざした。
何かを思い出したように目を見開いて、それからほんの一瞬だけ俺を見る。けれどその視線はすぐに逸らされてしまう。
「え、なに?気になるんだけど」
「まあ、後で教えてあげる。次行ってみよう」
すぐにカメラに向き直って、いつもの調子でアピールを入れる莉生。
「え、気になるんだけど。まあ……じゃあ次。『お互いの好きなところは?』」
「その質問、陽は嫌がりそうなのによく選んだね」
「俺だって嫌だけど、これが圧倒的に多かったからみんな聞きたいんだろうなって思って」
コメント欄の流れを見れば、それは確かだった。莉生もそれを見てすぐに納得したようだ。
「なるほどね、陽の好きなところはね、やっぱ賢いところかな。俺が気付かないところも気付いてくれるし、相棒としてこれ以上の人はいないと思ってるよ」
いつもの調子より、ほんの少しだけ声が柔らかい。冗談で逃げられそうにない空気に、なんとなく居心地の悪さを覚えた。
「すっごい褒めるじゃん」
「で?陽は?」
「莉生の好きなところ?」
視線を上げれば、当然何か褒めてもらえると思っている顔と目が合った。
「うん」
「顔。さ、次の質問行きますよ〜」
「おい!!」

わざと淡々とした声で切り捨てると、横から大きめのツッコミが飛んでくる。それを無視して次の紙をめくった。俺のその反応がツボに入った莉生は、画面からフレームアウトして「ひーっ、無理、陽面白すぎ」とご満悦なので放っておくことにした。
「『陽くんは莉生くんのことで困ってることありますか?』ありますよ〜!たくさんあります。莉生ってLINEの返信が短文送信なんですよ。だから夜中に突然思いついた企画とかがあったんでしょうね、ポンポン送られてきて通知で目が覚めた時はほんとに解散しようか悩みました」
あの連続通知の振動を思い出して、軽く顔をしかめる。
「ごめんて」
「あとなんでも金で解決しようとするのもどうかと思いますね」
「それはいいじゃん」
「行列に並んだりするじゃない?そういうときも『あー、みんな一万円札握らせたらどいてくれないかなー』とか言うの。あ、もちろん冗談だよ?でもたまに冗談に聞こえない時あるよね」
「俺の好感度が地の底!」
「こういうところも好かないですよね」
わざと淡々と締めたら【れおはる漫才面白すぎる】【陽くんってこんなに面白かったんだ】と反応は上々だ。
狙ったわけじゃないのに、結果的にウケているのが少しだけ複雑で、けれど悪い気はしなかった。画面の端で流れ続けるコメントを横目に、次の質問を探すべく視線を落とした。
「次。『二人で行ってみたいところある?』これさー、みんな俺らにどこ行ってほしいか聞く?」
書いてある質問に指を差しながら莉生に伺いを立てると、「お、いいね」とすんなり了承される。
「今後の動画のネタになるかもしれないから、みんなコメントで送って〜」
そうコメント欄を促すと、待ってましたと言わんばかりにみんなの見たいれおはるが集まってくる。
「麻辣湯だって、莉生食べたことある?」
「中国でならあるよ」
「向こうのほうが安いんだっけ?」
「いや日本で流行ってるから食べに行こうと思ったんだけど、どこ行っても混んでるから、なら本場で食べた方がいいなと思って」
当たり前みたいに言うその発想に、思わず苦笑が漏れる。
「発想が金持ちのそれすぎる」
「そういう陽は?」
「あれ自分で食べたい具材を選ぶじゃん?」
頭の中で、店に入ってからの流れを想像する。トングを持って、列の前で立ち止まって、選んで、また進んで……。考えただけで気が重い。
「麻辣湯ってそういうやつだからね」
「腹減ってるのに食材選びからしないといけないのかって思うと重い腰が上がらないよね」
空腹時の自分を想像しただけなのに、それだけで少し億劫になる。
「合理性の鬼?」
困り眉で呆れた声を出す莉生を無視したら「なんで無視するの」と怒られた。
「サモエドカフェとかいいじゃん、陽どう?」
「おっきい犬こわい」
「なんで、可愛いのに」
「いやなんか一匹ならいいけど、いっぱいるともふもふの圧が……」
白くて大きい塊が何匹も寄ってくる光景を想像して、無意識に肩がすくむ。
「【隣にいる大型犬は平気なの?】ってコメント来てるんだけど、どういうこと?」
なんのことかさっぱりという莉生だったが、ここでいう大型犬はまず間違いなく莉生のことだ。
「ああ、これはわりと平気です」
「え、俺ってこと!?」
「それ以外ないでしょ」
肩を震わせて笑っていると「俺犬じゃないし」とぶつぶつ言っていて、そういうところが犬みたいって言われるんだよ、と言うのは心の中にしまっておいた。
「みんないっぱいありがと〜、動画の参考に使わせてもらうね」
「じゃあちょっとコメント拾ってく?」
「そうだね。えーっと……【れおはるって付き合ってるの?】んー、みんなのご想像にお・ま・か・せ」
語尾にハートマークをつけてウィンクを飛ばした莉生。カメラ越しでも分かるくらい、キメている。
その瞬間、コメント欄が歓声みたいに弾ける。
莉生のファンは大歓喜だが、俺はきっと険しい顔をしていたと思う。頬のあたりがわずかに強張るのが自分でも分かった。
「そんなドン引きしないでよ」
「まあ、あのハッシュタグが取れた時は、そういうことなんで。それまでお楽しみに」
わざとらしく余裕のある言い方をして、カメラに視線を戻す。どうせ濁すなら、徹底的に曖昧にしてやる。
「フゥ〜かっこいい〜」
「腹立つわ〜」
「陽ちゃん、ぷんぷんしてるとまた漫才って言われちゃうから」
「莉生がボケなければいい話でしょ」
「陽が可愛いからすぐボケたくなっちゃう」
「……はぁ」
言い返す気力が一瞬だけ削がれて、息が抜ける。
「ため息で返事するのやめて?」
ほんの少しだけ、口元が緩んでしまっているのには気づかないふりをして。
「ってか、そのハッシュタグの話一番最初にしたのは俺だからね?」
俺は莉生の言葉に少しだけ首を傾げる。
「あれそうだっけ?」
思わず眉が寄る莉生。覚えていないことはないが、ここはそういう体にした方がよさそうだ。先にすっとぼけたのはそっちだからな。
「そうだよ!いつか取れるかもねって話したじゃん」
「ごめん、全然記憶にないわ」
「陽がニヤけてる時は嘘ついてる時だって俺知ってるんだからね」
「……チッ、バレたか」
軽く舌を鳴らすと、莉生が楽しそうに笑った。
しかし一瞬スマホでコメント欄を確認すると、その視線が鋭くなる。
「陽、こっち向いて」
「え、なに」
促されるまま顔を向けた瞬間、視界の端が影で覆われる。
莉生の体がぐっと寄ってきて、カメラからこちらを隠す形になる。そのまま頬に触れる柔らかな感触と、小さなリップ音。
「!?」
音が、遅れて耳に届いた。頬に触れた場所だけが熱い。何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。
「……嫌だった?」
下から見上げるように低い声で尋ねる莉生。
「別に、嫌では、ないけど……」
「そっか。実はね、れおはるのイチャイチャが見たいってリクエストあったからちゅーしちゃった。ごめんね」
何事もなかったかのように舌を出しウィンクまで寄越す莉生。対照的に、こちらの頭の中はまだ処理が終わっていない。
コメント欄は爆発的に流れているのに、文字として認識できる余裕がない。頬に残る違和感ばかりがやけに鮮明だった。
「……あー、そろそろ一時間経つんで配信終わりにするね」
無理やり声を整える。普段より少しだけ間が詰まるのを自覚しながらも、そのまま話を進めた。
なんとか平静を装って、まとめに入る。
コメント欄は先程のほっぺにキス事件で大盛り上がりだったが、そろそろ終わりと聞いて【えー】とか【寂しい〜】で埋め尽くされていた。
「あ、そうだ。みんなこの配信はアーカイブ残すし自由に切り抜きしていいからね」
「え、聞いてないんだけど」
思わず横を向くと、莉生は当然のように次の話をしている。とどのつまりさっきのキスが拡散されるってことか?
「そりゃ陽に事前に言ってたらほっぺにちゅーなんて出来ないでしょ。アーカイブ残すな!って怒るのが目に見えてるもん」
「……うっ、それは確かに」
思っていたことを的確に当てられて、押し黙るしかなかった。
「だからみんな万バズさせてね〜」
莉生が軽やかに手を振る。その横で、まだ少しだけ不服そうな顔のままの俺は、小さく息を吐いた。
「じゃあ、れおはる配信はここまで。また機会があったらやろうと思います」
「みんな楽しみにしててね」
「「またね〜」」
さっきまで満ちていた熱気が一気に引いて、やけに静けさが際立つ。先程まで千人も見ていたとは思えないくらい、静まり返った空気が部屋中を満たしていた。
「さ、反省会するよ莉生」
「陽、顔が怖いんだけど」
「言いたいことが十や二十じゃ足りないからね」
「そこは一つや二つじゃないの!?いいじゃん盛り上がったんだから!」
「それとこれとは話が別だよ」
ぴしゃりと言い切ると、莉生は不満そうに口を尖らせた。可愛くないからな、それ。
「なんでよ!」
「俺に相談もなくキスしやがって」
「口にすればよかった?」
その言葉に、反射的に口をつぐむ。頬に触れた感触だけが妙にはっきり残っていた。
「…………」
「わー!嘘嘘!怒らないでよ!」

しかし俺の思いも裏腹に、この生配信は大きな話題を呼んだ。切り抜きは万バズを連発。莉生のアカウントは一万人のフォロワーを伸ばす結果には驚くばかりだ。
どこまでが計画のうちで、どこからがアドリブなのか、朝日奈莉生という男の野心は計り知れないなと改めて痛感した一日になった。