その#付き合ってません(ハッシュタグ)非公開に出来ますか!?

莉生と放課後デートをした翌日の朝。
まだ始業前だというのに教室に入った瞬間、女子たちが騒ぎ始めた。嫌な予感がする。そう思った時には、もう遅かった。
「ちょっと影山くんに聞きたいことがあるの!」
「え、なに?」
「朝日奈くんとどういう関係なの!?」
「連絡先知ってる!?」
「レオって彼女いるの!?」
「昨日なにしてたの!」
四方八方から浴びせられる質問。まるで取材でも受けているみたいに、次から次へと言葉が飛んでくる。いや、取材の方がまだマシかもしれない。少なくとも順番くらいは守られる。
俺は聖徳太子ではないので、一斉に喋るのはやめてほしい
「ストップストップ!」
両手を上げて制止すると、ようやく少しだけ静かになった。
「莉生とは、その……なりゆきで遊ぶことになった……友達だよ」
言いながら、自分でも説明が雑だと思う。けれど他に言いようもない。
「なんか間が怪しくない?ほんとに友達!?」
「それに急に名前呼びとか怪しいじゃん!」
「どういうことなの!?」
「ま、まあいろいろあったんだよ」
これ以上責められては面倒だと、俺は教室を飛び出した。「あ、こら逃げるな!」と女子たちの威勢のいい声を背に、俺は中庭へと向かった。

朝の空気はまだひんやりしていて、肺の奥まで冷たい。
騒がしい教室から離れた途端、静けさが戻ってきて少しだけ気が楽になる。ベンチに腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……はぁ、厄介だな」
「なにが?」
「!?……なんだ莉生か」
「おはよう陽」
「……おはよう」
ベンチに座って独り言をボヤいていたら、真上から覆い被さるように影がかかり、顔をあげるとそこには莉生がいた。その顔は楽しげに目を細めている。
「朝から教室では莉生との関係を根掘り葉掘り聞かれて憂鬱だって話だよ」
「もう?噂は早いね」
「そりゃ校門の前であんな逃避行を見せられたら目立つだろ」
「たしかに、あれは目立ってたね」
莉生は昨日の自分の行動を思い出したらしい。
くくっと吹き出して「ごめんね」と笑った。
「笑うな」
軽く小突くと、莉生はさらに肩を揺らして笑う。
「じゃあさ今日の授業サボる?」
「はぁ?無理に決まってる」
「陽のケチ!」
「あのな……」
「つまんないの、学校サボって遊びに行くとかめちゃくちゃアオハルじゃない?」
「アオハルって……サボるならお一人でどうぞ」
「陽の堅物!そんなんだからぼっちなんだぞ」
「今その話関係ないだろ!」
上からブーブーと文句の嵐。ほんとにこの男は自由すぎる。というか、こいつは何しに来たんだ。
「そろそろ始業の鐘が鳴るから俺は行くよ」
立ち上がると、莉生がすぐ後ろから声を飛ばしてきた。
「陽の堅物生徒会長〜融通効かない石頭〜」
「なんだそれは」
「今作曲した」
「俺は莉生が分からないよ……」
そう言いながら立ち上がって歩き出そうとしたとき。
「あ、じゃあさお昼一緒に食べよ」
「切り替わり早いな、おい」
「ダメ?」
なんだその甘えてくるような声は。莉生ファンの女子が聞いたら悲鳴を上げそうだ。
「え、いやそれはちょっと」
「今日のお昼一緒に食べよ」
「いやいや勝手に決めるな」
「陽、あと五分で授業始まるよ〜」
莉生にそう言われて腕時計を確認すると確かに始業五分前だ。遅刻するわけにはいかない。
「じゃあお昼休みになったら迎えに行くね」
という莉生の言葉は一先ず聞こえなかったことにした。

始業ギリギリに教室に到着し席に着くと既に来ていた数学科の橋本先生が「影山がギリギリなの珍しいな」と不思議そうな顔をしていた。
「すみません……」
「いや遅刻してないから気にするな」
「ありがとうございます」

それから午前中の授業を終えて昼休み。どんなに短く見積もっても莉生が所属している特別クラスからうちのクラスまでは五分はかかるのだが、なぜ終業のチャイムと共に教室の前にいるんだろうか。俺の知らない秘密の抜け道でもあるのか。
「秘密の抜け道はないけど、十分前に授業終わらせてって言ったらオッケーもらった」
「勝手に人の心の中を読むな」
「なんでよ、質問に答えてあげたのに」
特別クラスは寄付も多いと噂で聞いたことあるし、お客様感が強いのだろうか。なんてことを考えていたらあっという間に莉生の周りはクラスメイトたちの女子が物珍しそうに囲んでいた。
「あ、あのレオくんのファンでいつも動画見てます…!」
「え?ほんと?ありがとね。今日も動画あげるから見てね」
「見ます!」
「朝日奈くんは影山くんとどういう関係なの?」
「んー、今は秘密。でもそのうち分かるよ」
「あ、あの朝日奈くん写真一緒に撮って欲しくて」
「あーごめんね、昼休み終わっちゃうからまた後でね。ほら陽行くよ」
莉生はそう言って俺の腕を引いて教室を出ていく。ああ、また変な噂が教室中に色めきたつのだろうと思うとため息しか出ない。
「莉生のせいでクラスに居づらくなったらどうしてくれるんだよ」
「いいじゃんどうせ再来月からはクラス変わるんだから」
「それはそうだけどさ〜」
「あーあ、同じクラスになりたかったな」
「多額の寄付金がないと特別クラスには入れないからな」
「えー、俺の収益全部投資しても無理?」
「無理。ゼロが足りない」
「ちぇーつまんないの」
お前と同じクラスになったら俺の身が持たない。という文句は食堂にたどり着いてしまったのでぐっと飲み込んだ。
「何食べようかな〜」
滅多に来ない食堂に浮き足立っている莉生だが、その浮き足はメニュー表を見た時に重く沈んでいった。
「え……ナニコレ」
「なにって学食のメニューだけど」
「うどんが400円!?オムライスが600円!?安すぎない!?」
「いや普通だろ」
「いやいやこんな体に悪そうなの食べてんの!?陽は」
「サラダも付いてるし健康的だろ。というかそっちは普段何食べてるわけ?」
「特別クラス専用の食堂は、A〜Cまでの日替わりランチがある。けどみんなお抱えのシェフに食べたいものを事前に言っといて作ってもらったりが多いな」
「うん、聞いた俺がバカだったよ」
莉生から聞かされる世界はいつだって想像を超えてくる。まあ一生縁のない世界なのだろう。
今日は少し肌寒いから温かいきつねうどんを注文した。
「おばちゃんきつねうどんひとつ」
「はーい、影山くんはネギ抜きワカメ多めよね?」
「そう、いつもありがとね」
「食券そこに置いて少し待っててね」
「はーい」
言われた通りに食券をカウンターに置く。
「陽、ネギ嫌いなの?」
「美味しくないじゃん」
「食感がダメなの?」
「味も食感も嫌い」
「子供だね」
「うるさい」
「かわいいね」
「莉生は嫌いな食べ物ないの?」
「あー、トリュフかな」
「え、あれって美味しいんじゃないの?」
「匂いがキツくて好きじゃないんだよね」
「反応に困る物出すのやめて欲しいかも」
そんな話をしているうちに、俺が注文したうどんが出来上がった。湯気の立つ丼から、出汁の香りがふわりと立ち上る。
「そっちの子は?なににする?」
食堂のおばちゃんが莉生に声をかける。
「陽と同じものにしようかな」
「じゃあ食券機に400円入れて」
莉生のポッケから取り出した袋には500円玉2枚と百円玉10枚が入っていた。
「なにそれ」
「昨日ゲーセンで使いすぎだってじいやに怒られて渡されたのがこれだった」
「なんか子供のお使いみたい」
可愛い袋に入れられた小銭たちを見て思わず笑ってしまう。
「陽バカにしてるね?」
「してないよ。あ、おばちゃんきつねうどんもう一つね」
「はいよ〜」
あっという間に莉生の分のうどんも出来上がり、俺たちは空いている二人がけの席へと移動した。
「いただきます」
箸を持つ前にテーブルに備え付けの七味に手を伸ばす。蓋を開けてこれでもかと振りかけるときつねうどんの揚げの上に赤い山が出来た。
「陽かけ過ぎじゃない?」
「そう?このくらいが美味しいんだよ」
「信じられない……」
ドン引きした顔でこっちを見る莉生を横目に、赤くなったうどんを一口すする。いつもの味だ。思わずほっと息が漏れる。
「辛くないの?」
「全然?」
「陽の味覚変じゃない?」
「莉生だってトリュフ嫌いじゃん」
「あれは食べ物じゃないから」
「なんだそれ」
俺が平然としているのを見て、これは何を言っても無駄だと思ったのか、莉生もようやく箸をつけた。
「……なんか」
「それ以上言うな」
先に釘を刺す。莉生は一口食べて、案の定、微妙そうな顔をしている。眉を寄せ、口の中で味を確かめるようにゆっくり噛んでいた。
「でもあったかい気持ちになれるね」
「え……?」
「友達とこうして喋りながらごはん食べるのっていいなと思ってさ。あっちはマナーとかうるさいから」
「莉生……」
こいつもこいつなりにあっちの世界に思うことがあるんだろうか。そう思った矢先のこと。
「まあ口には合わないから、月一とかでならいいかも」
「おい、俺の感動を返せよ」
前言撤回。こいつの言うことに感動した俺がバカだった。

昼飯を食べ終えて、まだ少し昼休みの時間が残っていたので朝いた中庭のベンチに移動した。
「昨日のうちに使えそうな素材をカットしといた」
「天才じゃん!」
「それで動画なんだけど一分にするのか、それとも三分にするのかどうする?」
「結構盛り沢山だし三分とかにして長尺動画は別でだしたらいいんじゃない?あ、それ用のアカウント作る?」
「それもありだな」
スマホのメモ帳を開き、話し合いで出た案は逐一書き記していく。
「予告動画とか出さない?」
「投稿する前日に、とか?」
「そう」
「じゃあそっちは莉生に任せるよ」
「なんで」
「お前のファンに向けた告知なんだから、適材適所だよ」
「たしかに。それはそうだ」
うーん、と唸り声をあげながら何かを考えている莉生は突然「あ!」と声を上げる。
「なんか思いついた?」
「告知用に写真撮ろ」
「学校で撮ったら身バレするだろ」
「もう今更だよ」
「いやそうだけど」
「いいからいいから、はいチーズ」
スマホのカメラを向けられてしまったので仕方なくピースをする。
「陽、表情硬い」
「仕方ないだろ慣れてないんだから」
「まあそれもそうか。たくさん自撮りの練習しようね」
「やんなきゃダメ?」
「これも動画のためだよ」
「……めんどくさい」
「もしかしたら『陽くんかわいい』って人気者になるかもしれないし」
「え〜俺は脇役でいいよ、主役は莉生じゃん」
「なにが人気になるか分からないからSNSは面白いんだよ」
「そういうものなのか……」
意外と動画投稿以外にもやることって多いんだなと肩を落とす。
「はい、もう一回撮るよ」
「さっきのでよくない?」
「ダメ。俺のおしゃれインスタを台無しにする気?」
「そう言われると責任が重大だろ」
思わず笑ってしまった、その瞬間。カシャッ、とシャッター音が鳴った。
「あ」
「今の、いいじゃん」
莉生は満足そうに画面を見ている。何かを思いついたように目を輝かせた莉生は、さっそくその写真をロック画面に設定し、得意げにこちらへ見せてきた。
「陽は可愛いんだからもっと自信持って」
「可愛くはないだろ」
ロック画面を見せて満足した莉生は、その写真をそのままインスタに投稿したらしい。次の瞬間、スマホの通知が一斉に鳴り始めた。
「告知の成果は期待半分不安半分ってところかな」
「もういいね千超えててすごいな」
「あ、ほら隣の子誰?可愛いってコメント来てるよ」
「え、ガチ?」
「『なーいしょ』ってコメント返しとくね」
「莉生って結構罪深いんだな」
「どういうこと?」
思わせぶりが上手いってことだよ、って返すと莉生はベンチから立ち上がり俺と向かい合った。
俺の肩越しに、ベンチの背もたれへ手をつく。
その腕に遮られて、視界が半分ほど塞がれた。気づけば、莉生の顔がすぐ近くにある。このシチュエーション昨日から何回目だ。

「陽、こっち見て」
「……っ、近い」
逃げようとしても、背もたれが邪魔でこれ以上下がれない。何度この距離を味わっても慣れないものは慣れない。
「照れてる陽も可愛いね?」
そのまましばらく覗き込まれ、俺が何も言えないでいると、莉生は満足したように体を離した。
「思わせぶりってこういうこと?」
「そうだけど、俺で試すなよ」
「試す相手が陽しかいなかったんだから仕方ないじゃん」
「あのなぁ……」
「あはは、怒った顔も可愛い」
調子が狂う。莉生と出会ってから振り回されてばっかりだ。
「じゃあ放課後、生徒会室で編集作業な」
「えー、今日も遊びに行こうよ」
「それじゃあいつまで経っても動画が上げられないだろ」
「そうだけどさぁ」
「お前のその楽しいところだけ楽しみたいっていう性格どうにかならないのか」
「無理!」
「開き直るな」
再びベンチの背もたれに体を預けて項垂れる莉生。
「まあでも陽とだからがんばるよ」
「そうしてくれると助かる」
「あ、頑張るからさ、ご褒美ちょうだい?」
「……聞くだけ聞こうか」
「うーんじゃあさ」
「なに」
「ほっぺにキ」
「却下」
「まだ全部言ってないじゃん」
「そんなもん却下に決まってるだろ」
「ケチ」
「ほら昼休みもう終わるからまた放課後な」
「ちぇ、しょーがないな。またね陽」
「ああ」
そう言って歩き出した背中を見送りながら。
(ほんと、なんなんだあいつ)
胸に奥に抱えた違和感は、一先ず放ったらかしにすることにした。

放課後。
生徒会室に行くと、既に莉生がいてパソコンに向かっていた。
窓の外は夕方の色に染まり始めていて、西日が机の端を淡く照らしている。昼間の賑やかさとは違って、生徒会室の中はしんと静まり返っていた。
「早いね」
「陽が送ってくれた動画の素材見てた」
「そう」
軽く返しながら、俺は莉生の隣に椅子を持ってきて腰を下ろした。
椅子の脚が床を擦る音が、静かな室内に短く響く。
近くで見ると、莉生の横顔は相変わらず無駄に整っている。
画面に向かっているときの表情は、昼休みの時みたいなふざけた感じが薄くて、やけに真剣だ。
じっと見ていたら、莉生がふいに顔を上げた。
「陽?どうかした?」
「あ、いや……なんでもない」
「俺の顔に見惚れてた?」
「自惚れんな」
「きびし〜」
図星を付かれてしまったので、咳払いを一つして、その場を誤魔化した。
「じゃあとりあえず素材を最初から再生してみよっか」
「そうだね」
莉生が再生ボタンを押す。
昨日のうちにある程度カット作業は済んでいるから、使えそうな場面だけを繋いだ状態になっている。それでも十五分はあるから、思った以上に色々撮っていたらしい。
「うわ……」
画面を見ながら思わず声を上げてしまったのは、車体が揺れた拍子に俺と莉生の距離が一気に縮まり、ドアとの間に挟まれるような形になったあの場面が流れてきたからだ。このシーンを莉生と見るのは気まずすぎる。
「…………」
「……なんか言えよ莉生」
「いや、この陽めっちゃ可愛いなって」
「というかお前カメラ構えてなかったじゃん、どうやって撮ってたんだよ」
ずっと気になっていたことを口にする。
たしかあのとき、俺だけがスマホを持っていた。俺のスマホで撮った動画はブレが酷くて、ろくに使えなかったはずだ。なのに、今流れている映像は妙に鮮明で、アングルまで安定している。
「あー、それはねここにカメラ仕込んでたんだよね」
そう言って莉生が指さしたのはブレザーのフラワーホールだった。
「そのバッジみたいなやつカメラだったんだ」
「そういうこと」
「ん……?ということは朝のあのベンチでの壁ドンも……」
「ああ、ちゃーんと撮ってあるよ」
「最悪だよまじで……」
思わず顔を覆いたくなる。あの距離感を映像として残されていると思うと普通に恥ずかしい。というか、撮ってるからあんなことをしたのか。と、合点が行く。普通に恥ずかしがってた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「あはは、あの壁ドンも動画にしようね」
「屈辱……」
「それはそうと陽は俺より背が低いからカメラ付きメガネとかいいかもね。そうしたら毎回スマホ持たなくて済むし」
撮影の話になると、莉生は急に具体的だ。さっきまでふざけていたくせに、こういうところだけ妙に実用的なことを言う。たしかにその方が自然に撮れそうだ。
「まあ撮影方法は追々考えるとして続き見よ」
「そうだね」

画面はゲームセンターへ切り替わる。ネオンの明るさ、機械音、周囲の雑音。その中で、俺が音ゲーで見事に惨敗している姿が映し出された。
「このへんはダイジェストでよくないか?」
「テロップで『陽はこの後も一度も莉生に勝てなかった』とか入れる?」
「……むかつくけど、まあ仕方ないな」
全面的に事実だから反論しづらい。悔しいが、動画としてはその方がテンポがいい。
続いてクレーンゲームのシーン。画面の中の俺は、音ゲーで負け続けていたときよりずっと真剣な顔をしていた。
「陽って対戦ゲームは苦手なのにクレーンゲームは得意なんだね?」
「中学入ったくらいからやり始めたからな」
「なるほど、その頃から友達がいない、と」
「だからぼっちじゃねえって言ってんだろ」
「あはは、そう怒らないの」
莉生は悪びれもせず笑っている。こっちは事実無根の風評被害に抗議しているだけなんだが。
「誰のせいだと思ってんだよ」
すっとぼける莉生を横目にため息をつく。
「そういえばこの猫のぬいぐるみは?」
「こはる?ちゃんとベットのところに飾ってあるよ。昨日も一緒に寝たし」
「そうなんだ」
「陽にもなんかぬいぐるみあげようか?」
「なんで?」
「俺と毎日一緒にいたいでしょ?寝る時寂しくないようにさ」
「きも」
「陽ちゃんってばまたツンデレなの?」
「うるさい」
次はプリクラのシーンが映る。狭い機械の中で、無理やり距離を詰められたあの場面だ。
見返してみると、やっぱり近い。近すぎる。
画面の中の自分は明らかに緊張していて、笑顔もどこか引きつっている。
「やっぱどう考えても距離近いよな」
「え?そう?」
「俺の顔引きつってんじゃん」
「まあ演者としてはこの顔はよくないよね」
「うっ……リアルだろこっちの方が」
「え〜?陽ってそんなに自分に甘いタイプだったっけ?」
「ぐっ……善処するよ……」
「あはは、応援してる」
正論すぎてぐうの音も出ない。たしかに動画に出る以上、多少は見せ方を考えるべきなのかもしれない。でも、いきなり自然に笑えと言われても難しいものは難しい。
続いて落書きのシーン。
プリクラの余白に、俺が半ばやけくそで書いた文字が大きく映る。
「でもこの陽が書いた『#付き合ってません』はいいよね。動画にも付けたい」
「なにかシンボル的なハッシュタグがあるのはいいよな」
「このハッシュタグ、いつか取れたりして」
「は?」
「だから、いつか俺と陽が本当に付き合うようになったらこのハッシュタグ取るようじゃん?って思って」
「寝言は寝て言え」
ぺし。と、莉生の頭を軽く叩く。
「あ、痛っ、もう冗談なのに」
冗談にしては面白くないぞと莉生を睨みつける。
こういう、さらっと境界線を飛び越えてくるところが本当にたちが悪い。
そんなやり取りを挟みつつも、編集作業は思いのほか順調に進んだ。
テロップを入れて、使う場面を絞って、音を調整して。気づけば一本の動画としてちゃんと形になっている。
画面を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
昨日突然始まった話なのに、ここまで来ると少しだけ達成感がある。
「じゃあ、投稿するよ」
「うん」
莉生が投稿ボタンを押す。その指先は迷いがない。慣れているのだろう。
続けてインスタにも告知を載せる。
朝の予告投稿が効いているのか、動画は投稿してすぐに数字が動き始めた。再生数も、いいねも、コメントも。見て分かる速度で増えていく。
【レオくんめろすぎない?】
【こんな彼氏ほしい】
【クレーンゲームとれなくてしょぼくれてるのかわいすぎ】
【意外とゲーム得意なの好きすぎる】
【ってかハルくんって何者?】
【ちょっとぎこちない感じがかわいい】
【れおはる好きかも】
「すご、めっちゃ拡散されていくじゃん」
「陽のことが気になるって人も結構いるね」
「自己紹介動画とか撮っとく?」
「お、それありだね」
「じゃあ今から撮ろう」
「え、今から!?」
一息つく暇もない。けれど莉生はもうその気らしく、すぐに立ち上がった。
「はいこっち移動して」と促されるまま、俺は壁際に立たされる。
生徒会室の白い壁がちょうど背景になる位置だ。
「撮るよ〜」
「……はぁ」
ここまで来たら、もう腹を括るしかない。
やると決めたのは俺自身なのだから。
「名前は?」
「陽」
「年齢は?」
「16」
「え、まだ16なんだ?」
「3月生まれだから」
「じゃあ来月お祝いしようね」
「好きな食べ物は?」
「オムライス」
「お子様ランチ?」
「お前の耳イカれてんのか」
「じゃあ嫌いな食べ物は?」
「ネギとピーマン」
「子供じゃん」
「うるさい」
「趣味は?」
「サッカーと読書」
「サッカーやってんの?」
「怪我して中学で辞めた。今は趣味程度だよ」
「そうなんだ。じゃあ本は?何読むの?」
「ミステリーとか冒険物とか」
「MBTIは?」
「INTP、論理学者」
「超わかる、っぽい」
「そういう莉生は?」
「ENFP、広報運動家」
「気分屋なところがまさにそれじゃん」
「え〜?俺は納得してないけどね?」
「好みのタイプは?」
「うるさくない人」
「嫌いなタイプは?」
「うるさくて気分屋で人を振り回す人」
「つまり陽は俺が好きってこと?」
「もう一回聞くけど耳イカれてる?」
テンポよく続いたやり取りが、そこでようやく一区切りつく。
「……よし、まあショート動画で上げるならこんなもんかな」
莉生はスマホの画面を確認しながら、満足そうに頷いた。
「お、見て陽。vlog動画一万再生超えたよ」
「え、この十分くらいで?」
「うん、俺たちれおはるだって」
「なんかゾワゾワする」
「いいじゃん可愛くて。あ、他にもここ行って欲しい!みたいなリクエスト来てるよ」
「例えば?」
「食べ歩きして欲しいとか、勉強会してるところ見たいとか、あとは生配信して欲しいってコメントも結構あるね」
「生配信は結構ハードル高くないか?」
動画と違って、編集で誤魔化しが効かない。
その場の空気も、反応も、全部そのまま出る。今の俺にはだいぶ荷が重い気がする。
「まあ、動画何本か上げてファン層が固まってきてからでも配信はいいんじゃないかな」
「それもそうだな」
コメントを眺めながら、俺は小さく息をついた。
昨日までは、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
放課後に生徒会室で、莉生と並んで一つの動画を作って、その反応を一緒に見るなんて。
全部が唐突で、全部が予定外だ。なのに、不思議と嫌ではない。もちろん、振り回されている自覚はある。あるけれど。
隣でスマホを覗き込みながら、次は何を撮ろうかと楽しそうにしている莉生を見ていると、少しだけ思ってしまう。
こういう予定外なら、悪くないのかもしれない、と。
「……莉生」
「ん?」
「明日はどこに行こっか」