寝る前、いつものルーティンである動画アプリを開く。
ショート動画なんてドーパミング中毒者を増やすだけの無意味なものだと思っているのに、この習慣が辞められないのは、生徒会長という立場上、役員の話についていけないのは困るからだ。
というのも、クラスで何の気なしに出た話題に着いていけず、おじさん扱いをされたのが心の棘として残っているから、というのも否めない。余計なところで浮いて腫れ物扱いされるのはごめんだ。
要するに半分は情報収集で半分は惰性、といったところだろうか。
流れ作業のように指先で画面を弾いていくとある動画で指が止まった。
一見するとただのダンス動画であったが、映っている人物が着ている制服はどう見てもうちのものだ。正確には、俺が着ている一般生徒のネイビーのものとは違い、金持ちの子息が集まる特別クラスの生徒のみが着ることを許されたキャメル色の制服だ。
「……レオ」
左下に記されていた彼の名前には聞き馴染みがある。容姿端麗で性格も明るく、女子からの人気も高い朝日奈莉生という生徒だ。
「目立ちたがり屋もここまで来るのか」
一般生徒にまで認知されるほどの目立ちたがり屋である彼がインフルエンサーをしているのは納得ではあるが、理解は出来そうにない。わざわざ自分から人の目に晒されようなんて。
「え、七万人もいるのか!?世も末だな」
彼のプロフィールに飛ぶとそこにはフォロワー七万人の文字が目に飛び込んでくる。投稿欄をざっと見ても平均して高い再生数を誇っており、女子人気も高いようだ。コメント欄を覗くと彼を賞賛する声が多数上がっている。
「そういえばクラスの女子もレオの今日の動画がどうとか話してたっけ……。まぁ、俺には関係ない話だな」
そう呟いてスマホを枕元に放り投げて目を閉じる。明日も平穏で普通の一日が過ごせますように。
翌日。
「さっぶ……」
二月の朝はまだ早い。
今日は次年度に向けた予算委員会がある。これが実質生徒会長影山陽の初仕事と言っても過言ではない。
そもそも、毎年生徒会長は特別クラスの目立ちたがり屋が務めているのだが、今年ももちろん朝日奈莉生に白羽の矢が立った。しかし彼は動画投稿で忙しいし他にやることもあるからと断ったのでその尻拭いが俺に回ってきたというわけだ。
「めんどくさいなー、なんで俺が会長なんか」
予算委員会は毎年揉めると聞いているので気が進まない中、一日の授業を終えて委員会が実施される教室へ向かおうとした最中、社会科の教師に呼び止められた。
「あ、影山いいところに」
「げ、巴山先生……」
「げ、とはなんだ。げ、とは。そんなことよりこれから委員会だろ?」
「そうですけど」
「よかった、これ社会科準備室に置いといてくれない?鍵は開いてるから」
「なんで俺が」
「通り道だろ、よろしく!」
ダンボールに詰められた大量のノートを三箱分押し付けられて、仕方なく社会科準備室を目指すことに。視界がダンボールで遮られて歩き辛い。
「最悪……」
とぼとぼとため息をつきながら歩いていたら、曲がり角で誰かにぶつかった。
「……わっ」
視界が揺れる、ダンボールが床に落ちてノートがバラバラになる音が聞こえるが、いつまで経っても自分自身が床に倒れる音はしてこない。
「大丈夫?」
頭の上から声が聞こえた瞬間、ぶつかった相手に支えられているのだと気付いた。
「あ、すみません……」
反射で謝って抱きとめられている人物から少し距離を取る。その時目に入ったのは特別クラスのキャメル色のブレザー。
「……あ」
「はいこれ。バラバラにしちゃってごめんね」
「あ、ありがとう」
ぶつかった人物はあろうことか朝日奈莉生だった。近くで見るとミルクベージュに染められた髪も少し着崩した制服もよく似合っていて、本当に顔がいいことが分かる。
「どこまで運ぶの?」
「え、社会科準備室だけど」
「じゃあ手伝うよ」
「あ、ありがとう。朝日奈くん」
「……! 俺の事知ってるんだ」
「そりゃ有名人だからね」
昨日も動画流れてきたし。とは言わなかった。
「俺も君のこと知ってるよ。影山陽、だよね」
「なんで名前」
「俺の代わりに生徒会長になってくれてありがとね」
「ああ、それで」
人懐っこい笑顔を浮かべた朝日奈は、本当にイケメンが服を着て歩いてきたような感じの良さを滲ませていて、キラキラしているというのはこういうことなのだろうと思った。頭でっかちだと揶揄されることが多い俺とは住む世界が違うということも。
「そういえばさ、昨日朝日奈の動画見たよ」
「え、意外。影山ってそういうの見ないと思ってた」
「失礼だな、見るよそれくらい」
「で、どうだった?」
「ダンス動画にどうとかないだろ」
「えー、感想くらいくれてもいいじゃんケチ」
「ケチとかそういう問題じゃないだろ」
目的地までの道を並んで歩く。初めて喋ったはずなのに不思議と居心地の悪さは感じなかった。それも朝日奈が持っている明るさ故、なのかもしれない。
ふと、朝日奈の後ろを歩いていると窓から差し込む太陽の光に照らされたミルクベージュの髪が目に入った。
「なぁ、朝日奈ってさ。髪染めてんの?」
「染めてるよ。なんで?」
「いや、それにしてはサラサラだなって」
「毎回美容室でメンテナンスしてるからね。そういう影山は?染めないの?」
「一回染めたらメンテナンスめんどくさそう」
「そうでもないよ?それに影山ハイトーンとか似合いそうだし」
「んー、まあそのうちな」
「染めたら絶対可愛いのに」
今のは聞かなかったことにしておこう。初対面の距離感じゃなさすぎるだろう。
「これ、ここでいい?」
「うん、ありがとう」
そんな話をしていたらあっという間に目的地にたどり着いた。
「ありがとう、朝日奈。助かったよ」
「こちらこそ、影山と話せてよかった。あ、そろそろ時間じゃない?」
「え、やば!ほんとありがとう!」
「どういたしまして、ほら遅刻するよ」
「やば!今度ちゃんとお礼するから!」
初っ端から遅刻するわけにはいかないので、ひらひらと手を振る朝日奈を背に俺は、急ぐように社会科準備室を後にした。
予算委員会は想像以上の地獄を見た。その年の戦績や部員の数、諸々を含めて予算を決定し部に通達しているはずなのだが、どこもかしこも予算が足りないと意義を申し立ててくる。野球部に至ってはそのほとんどが特別クラスで構成されているくせに意義を申し立ててきたので、寄付で賄えるだろ!と口から出そうになるのをグッと堪えて冷静に対処した。
「疲れた……」
「お疲れ様です、怒涛でしたね」
「みんなも遅くまでありがとうね」
「片付け手伝いますよ」
「いや、遅くなっちゃうから俺がやっとくよ」
みんなは帰っていいよ。というと役員の子達もじゃあお言葉に甘えて、と帰路に着いた。
俺は一人残ってテーブルの上に残されていた資料をまとめて、ホワイトボードを消し、椅子とテーブルを元の位置に戻す。
片付けは嫌いじゃない、物があるべき場所に戻るというのはそれだけで気持ちが落ち着くものだ。
「終わった?」
一通り終わってあとは帰るだけ、というところで出入口から声がした。声がするほうを振り返ると朝日奈が立っている。
「朝日奈?まさか待ってたの?」
「うん、ちょっと影山に話があってさ」
ドアに寄りかかって立つ朝日奈に、夕日が斜めから差し込んでいて、無駄に絵になる男だと感心してしまう。
「俺に話?」
「これなんだけど」
差し出されたスマホに映るのは、昨日俺が見た朝日奈のアカウント。
「そのアカウントの動画いくつか見てくれない?」
俺は言われた通りに上からピン留めされている動画や最新動画をいくつか抜粋して見ていく。
流行りのダンスや、顔の良さを活かした動画、万バズしているのもいくつかあり、概ね盛況だなという印象を受ける。
「ん、見たよ」
「このアカウントが七万人フォロワーに達成したのが三ヶ月前なのね」
「うん」
「そこから伸び悩んでて、どうしたら十万人行くと思う?」
うーんと頭を悩ませる。でも朝日奈の真剣な顔を見たら適当に御託を並べてはぐらかすのは何か違うと思って、正直に思ったことを言うことにした。
「俺は単調だと思う」
「単調?」
「うん、確かに朝日奈の顔はかっこいいし、見たらいいねを押したくなるんだと思う。でも、それだけなんだよね」
「それだけ……」
「その先がないっていうか、この人のことをもっと知りたいっていうフックが今の朝日奈の動画にはないと思う」
口早に言い終えたところで、しまった。と思った。今日初めて話したばかりの人間の前で偉そうに自論を述べてしまった。
俺が少し落ち込んでいることなど、つゆ知らず。朝日奈は何かを思いついたかのように口角を上げた。
「じゃあさ、影山」
「ん?」
「俺と動画やろう」
「……は?」
何を言っているんだこいつは。
「みんなに俺のことを知ってもらうにはみんなが感情移入できる相手が必要だろう?だから影山」
「いやいや、なんでさっきの話でそういうことになるんだよ」
「端的に言えばカップルチャンネルをやりたいからその相手役を影山にやって欲しいってこと」
「はぁ!?そういうのは女子を誘えよ」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。なんでそこで男の俺なんだ。朝日奈なら引き受けてくれる女子なんて山のようにいるだろうに。
「女子だと後々都合が悪いの。だから影山にお願いしてるの。ね?いいでしょ?」
「よくない!」
埒が明かないと思ったのか、朝日奈は俺の制服のポッケからスマホを取りだし、顔の前にスマホを掲げて顔認証を突破し手早く連絡先を交換していた。おい、勝手にやるな。
「じゃあ詳細とか、企画趣旨とかは追って連絡するね!じゃ!」
「あ、おい!」
逃げるように去っていく朝日奈の背中を俺は見つめることしか出来なかった。
その夜。ピコンと通知音が鳴る。画面を開くと朝日奈から長々としたメッセージが届いていた。読み進めていくと、こいつはこれでよく七万人もフォロワーを集めたなと頭を抱えてしまう。
俺は迷うことなく通話ボタンを押した。数コール待つと『もしもし?』という朝日奈の声が聞こえてくる。
「メッセージで送られてきた企画書、読んだよ」
『お!どうだった?』
「あのさ、これでバズるわけなないだろ」
『えー、いいと思ったんだけどな』
「高級ホテルのアフターヌーンティーに、貸切クルーズ、会員制のダーツにビリヤード、ヘリに海外旅行、これで本気でバズると思ってんのか?」
『だってよく見るやつじゃん!』
確かにお金持ちのvlogは需要があって再生数を取っているアカウントがあるのは知っている。しかし、俺らがそれをやったところでコンセプトが一致しないだろう、というのを説明したら『たしかに……』と先程までの勢いは完全に消失していた。
「高校生のカップルチャンネルに必要なのは、日常と共感だ」
『日常と共感?』
「そう、同じ年代の高校生が俺らも私達もこういうデートがしたいねという共感。それが大切なんだよ」
『なるほど……』
「朝日奈があげてくれたやつは非日常的で、想像つかないし、それを制服を着た高校生二人がやっていたら鼻につくだろ」
『たしかに、陽って頭いいね』
「あのなぁ……って、名前……」
『これから一緒にやっていくんだし、名前で呼んでもいいよね?』
「……好きにしたら」
『俺のことも莉生って呼んでね』
「分かった、とにかく企画書はボツで」
『まあ明日までに考えとくね。おやすみ、陽』
「……おやすみ、莉生」
通話ボタンを切るって再びベッドに寝転がる。名前を呼びあっただけなのに、妙に落ち着かない。そわそわとした気持ちを抱えながら、俺は眠りについた。
次の日の放課後。
一日を無事に過ごしやはり昨日のことは悪い夢だったのだと思い、帰ろうとしたら校門のところで待ち構えていた莉生に腕を取られる。
「陽、行くよ!」
「え、どこに!?」
「どこって、ゲームセンターだよ!」
「は、はぁ!?」
「放課後のゲームセンターなんてデートの醍醐味でしょ!」
「いや、そうだけど。って、おい!」
そのまま引きずられるように走らされ、学校から少し離れたところに高級車が止まっているのが見えた。
「はい、乗って」
「え」
「いいから」
莉生の有無を言わせない圧に押し負け後頭部座席に押し込まれる。
「じいや、昨日言ったゲームセンターまで」
「かしこまりました」
「あ、すみません。最寄りの駅まで送ってください」
「え?なんで?」
「高級車で放課後遊びに行く高校生がどこにいるんだよ」
「そうなの!?俺電車とか乗ったことないよ?」
「……教えてあげるよ」
莉生は昨日の企画書を見た時から思っていたが、少し世間知らずなところがあるらしい。まあ、俺たちとは生きてきた世界が違うのだろう。
駅まで送ってもらい、券売機の前に立つとピコンと莉生がスマホのカメラを起動した。
「ここから撮るの?ってか、俺一言もやるなんて言ってないんだけど」
「昨日の電話であんなに協力的だったのに?」
「うっ……分かったよ」
もうここまで来たら腹を括ろう。そう決意する俺に莉生は優しげな微笑みを浮かべていた。
「陽やさしいね。あ、ここから撮るのは素材は多いほうがいいからね」
「なるほど。じゃあここにお金いれて」
「こう?」
「そう、そしたらこの290円のボタン押して」
「おお!買えた!」
券売機から出てきた切符に感動している莉生に思わず笑ってしまう。するとカシャという音が聞こえてきた。
「あ、撮っただろ」
「可愛かったんだもん」
「男に可愛いとか言われても嬉しくないから」
「えー?陽は可愛いよ?」
「……ふん」
そっぽを向いて歩き出すと隣から楽しそうな笑い声が追いかけてくる。
「あはは、ツンデレだ」
「違うから」
「じゃあ照れてる?」
「もっと違う」
即答すると莉生は「えー」と口を尖らせているが、どこかうれしそうだった。
なんなんだ、こいつ。調子が狂う。
悪意なんてまるでない、純粋で無垢で無邪気な莉生が少しだけ羨ましく思ってしまった。
「電車初めて乗るから楽しみ」
「普段移動する時って何に乗ってんの?」
「んー、車とか?じいやがどこでも連れてってくれるから」
「さっきの人か」
「そう、陽は電車なんだね?」
「学校来る時もいつも電車だよ」
「そうなんだ」
しかしその莉生の期待は一瞬で崩れさることとなる。
「……陽は毎日これに乗ってるの」
「そうだけど?」
「無理、人が多すぎる」
「降参が早いぞ莉生」
莉生は案の定満員電車に押しつぶされて、げっそりしていた。俺はそんな莉生にカメラを向けていた。
「撮らないでよ〜こんな姿」
「なんでよ、ファンは喜ぶよ」
「かっこわるいじゃん」
「どんな時でも莉生はかっこいいだろ」
「……! まあ、それならいいか……」
急に俯いた莉生を不思議に思った次の瞬間、満員電車が揺れてバランスを崩した俺は、背中には電車のドア、前には莉生。完全に挟まれている。
夕方の帰宅ラッシュのせいで車内はぎゅうぎゅう詰めだ。押されるたび、逃げ場のない距離で莉生の体が近づく。
「大丈夫?」
莉生は心配そうにこちらに顔を向けてくるが、首を縦に振る余裕しかなかった。
「う、うん……」
そんなことより、近い。近すぎる。
甘い匂いが鼻を掠める。さっきまで隣で道を歩いていた時とは違うからこそ分かる莉生の匂い。ドクドクと心臓が高なって痛い。
「陽」
名前を呼ばれて、思わず顔を上げる。
「シャンプー何使ってるの?」
「え?」
莉生から放たれた唐突な質問に拍子抜けしてしまう。
「シャンプー?」
「うん。めっちゃいい匂いする」
「あー……なんだろ。姉ちゃんが買ってるやつを一緒に使ってるだけだから、俺よく知らない」
答えながらも、なんでそんなこと聞くんだよと思うが、すると莉生は、少し身を屈めた。次の瞬間。ふわ、と髪に息が触れる。
「ちょっ」
くん、と生え際の辺りに顔を埋められ軽く匂いを嗅がれた。
「やっぱいい匂い」
「お前な……!」
思わず顔が熱くなる。
「それ言うなら、莉生だっていい匂いじゃん」
半ばやけくそで言い返すと、莉生は楽しそうに笑った。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ今度、同じシャンプー陽にプレゼントするよ」
「は?」
「それも動画の企画にできるでしょ。『恋人のシャンプー使ってみた』とか」
「恋人は却下で」
「そういうテイでしょ」
「嘘はダメだろ嘘は」
「も〜陽は変なとこ真面目なんだから」
「いや莉生が呑気なだけだからな?」
たしかに、その方が伸びそうではある。
でも、視聴者に嘘をつくのは違うだろう。
そう言い返しながら、心の中では別のことを考えていた。
(こいつが使ってるシャンプーなんて絶対高くて貰っても使えなそう……)
「陽?」
「ん?なに?」
「急に黙ったから。やっぱ狭い?」
「え?ああ、平気だよ」
「ならよかった」
そうこうしているうちに、電車が減速し始めた。
「あ、ここで降りるよ」
俺が窓の外を見ながら言う。
「分かった」
ドアが開くと、押し出されるように人の流れが動いた。さっきまでの距離が、ようやく少しだけ離れる。なのに、胸の鼓動だけはまだ落ち着かなかった。
「もう二度と満員電車はごめんかも」
「あれくらいで根を上げてたら一生庶民感覚なんて身につかないぞ」
「うう……満員電車に乗らないと身につかない庶民感覚ならいらないよ……」
「なんだそれ」
満員電車ですっかりげっそりしてしまった莉生を横目に目的地まで歩いていく。
「けどまあ」
「ん?」
「陽と一緒なら満員電車も悪くないかも」
「……あっそ」
「あ、またツンデレだ」
「だから違うって」
改札を出てそんな話をしながら十分ほど歩くとゲームセンターにたどり着いた。……が、莉生の反応はいまひとつと言った所だった。
「これがゲーセン?」
「そう」
「なんか、もっと大きいのかと思ってた。それこそカジノみたいな」
「なわけあるか」
「思ってたより普通っていうかなんというか期待はずれ?」
「全国の高校生を敵に回したな、今」
「えー?」
「高校生の放課後って言えばゲーセンだろ」
「陽のそれもわりと偏見じゃないの?」
「……うるさいな。いいから入るぞ」
庶民の娯楽に文句が止まらないお金持ちの背中を押して中に入る。
「すっごいガヤガヤしてるね」
ゲームセンターの入口を通ると、筐体の音や人間の話し声が鼓膜を刺激してくる。俺は慣れているけど、初めて来る莉生は音の圧にやられたのか方耳を手で押えている。
「耳平気?」
「ちょっとびっくりしただけだから平気」
「ならよかった」
「陽のオススメのゲームやろうよ」
「じゃあ、あれ」
「太鼓?」
「うん、譜面に合わせて太鼓を叩くゲーム」
「へぇ、面白そう」
最初に指を差したのは太鼓のリズムゲームだった。簡単に説明して、試しにやらせてみる。
「楽しいねこれ」
「マイバチ持ってきたのに負けた……!?」
結果は俺の惨敗だ。初心者マウントをしようとしていた俺の計画が全て水の泡だ。
「なんで初見でそんな叩けるんだよ」
「太鼓は初めてだけど、ドラムならやったことある」
「なるほど、腹立つなそれ」
「ムキになってる陽もかわいいよ」
「煽りにしか聞こえないからな?」
「はは、怒った顔も可愛いねぇ」
「こいつ……!次はあれな!」
その後も負けず嫌いが発動し、音ゲーを一通りプレイしたが全て莉生の勝ち。金持ちのくせに順応力が高すぎる。いや金持ちだからセンスがあるのか……?音ゲーだけは誰にも負けたことがないのに。
「陽ってゲーセン一緒に来る友達いたんだ」
「勝手に人の心を読むな。あと別に一人でもオンラインで対戦できる」
「なんかごめん……」
俺がぼっちだとこれ以上莉生に知られる前に、次に遊ぶゲームを探して店内を歩き回る。
「陽、これ何?」
莉生が立ち止まり指を差した先にはクレーンゲームがあった。
「クレーンゲームだよ。景品取るやつ」
「へえ、このぬいぐるみも取れるの?」
莉生が興味を示したのは少し大きめの猫のぬいぐるみだった。
「取れると思うよ」
「この猫、陽に似てて可愛くない?」
「え、俺って莉生には猫に見えてんの?」
「うんツンデレなところがとくに」
「だから俺はツンデレじゃないっての」
興味津々で始めたものの、当然うまくいかない。最初に両替した百円玉もそろそろ底を尽きそうだ。
「ねぇ」
邪魔するのもなと思い後ろで眺めていたが、苦戦を強いられていた莉生がふてくされた顔でこちらを見てくる。
「なに?」
「全然取れないんだけど」
「そういうもんだよ。ある程度金入れさせる設定になってるし」
「はぁ?なにそれ最悪」
「代わろうか?」
「陽クレーンゲーム得意なの?」
「まあ音ゲーよりは得意なんじゃない?」
「負けたこと根に持ってんじゃん」
「持ってないし。……ちょっとどいて」
莉生と場所を代わり、クレーンの位置を少しずつ調整する。
あと一歩のところまで寄せて──
五百円目で、ぬいぐるみがぽとんと獲得口に落ちた。
「ほら」
両手に抱えて莉生の前に差し出すと、莉生は感心したように目を見開いた。
「すごい、ほんとに得意なんだ」
「欲しかったんでしょ、あげるよ」
「いいの?」
「俺が持ってても困るし」
「ありがと。じゃあこの子の名前は『こはる』にしよ」
「なんで俺の名前から取るんだよ」
「だってそうしたら陽とずっと一緒にいられるじゃん?」
「……っ」
そう言って笑う顔が、やたら眩しかった。そのせいで、顔に熱が集まる。
「あれ、照れてる?」
「照れてない」
「陽ってば可愛い〜」
「うるさい」
逃げるように、目についたレースゲームを指差す。
「と、とにかく!次あれやろう」
「あれ?いいよ」
並んでレースゲームの椅子に腰をかけてスタートの合図を待つ。──そして普通に負けた。
「なんでだ……」
「陽って対戦系弱いね」
「うっ……」
図星かもしれない。
最後に入ったのはプリクラだった。
「男同士って大丈夫なのか」
「え、ダメなところもあるの?」
「基本的にはダメだったはずだけど」
「んー、あ!この機種はいけるって」
「どうしても撮らなきゃダメ?」
「ゲーセンの醍醐味ってやつなんじゃないの?よく知らないけどさ」
「よく知らないなら撮らなくてもよくない?やっぱ男二人でプリクラは恥ずかしいじゃん」
「もうなに弱気になってんの動画のためでしょ行くよ陽」
渋る俺とは対照的に莉生は俺の文字通り首根っこを掴んでプリクラの中へと引っ張っていく。
莉生は慣れた手つきで画面をタップして設定画面を操作する。
「やった事あんの?」
「ないよ?」
「にしては手馴れてるじゃん」
「書いてあることをそのまま選べばいいだけだよ」
「なるほど……」
「そんなことより撮影始まるよほら、こっち来て」
そう言うと莉生は俺の肩を掴んでぐっと自分の方へと引き寄せる。
「莉生、近い」
「画角的にこれくらいでしょ」
「近いって」
肩が触れる。腕が当たる。体温がすぐ隣にあって、変に意識してしまう。
「陽、ピース」
「なんでお前が仕切るんだよ」
「ほら早く」
シャッターが切られる。
次のポーズでは、後ろからハグをされる。満員電車の中で体験した距離を嫌でも思い出してしまい心臓が跳ねる。
「ちょ――」
「はい、次。片手でハート作って」
「嫌なんだけど」
「大丈夫大丈夫」
言われるまま、ぎこちなく手でハートを作る。
それを莉生の頬に添えたら、今度は莉生の指先が俺の頬に触れた。
俺はこんなにも莉生の一挙手一投足で心を乱されてるというのに。手馴れてる感じが腹立たしい。
何枚か撮り終えて、落書きコーナーに移る。
莉生は楽しそうにハートや文字を書き込んでいく。
「それ、盛りすぎじゃない?」
「落書きってこんなもんでしょ」
「いや、どう見ても恋人プリクラなんだけど」
「別にいいじゃん」
「いやよくないだろ」
「あーでもこれはなにも落書きない方がいいかも。どう思う?」
そう言って見せられたのは、頬を寄せ合っている写真だった。
いやいや。これを何も書かなかったら普通に誤解されるだろ。俺は少し悩んで、画面に文字を書き込んだ。
『#付き合ってません』
莉生がそれを見て、声を立てて笑う。
「いいね、それ」
「苦肉の策なんだけど」
「めちゃくちゃいい。バズりそう」
「こんなんでバズるなら苦労しないだろ」
「でも今日の俺たちって傍から見たらデートだったよ」
「それは……」
ぐうの音も出ない。
印刷されたシートを半分こして財布の中にしまった。莉生も大切そうにブレザーのポケットの中にしまっている。
「スマホのケースの中に入れようかな」
「クラスメイトからあらぬ誤解をされても知らないぞ」
「陽と動画投稿しようって決めた時から、それはもう覚悟の上だよ」
「それはどういう覚悟なんだよ」
「ここでする話じゃないから外行こ」
「……?」
莉生に連れられてゲーセンの外に出る。彼は建物の壁に寄りかかり先程とは打って変わって真剣な表情だ。
「これから俺たちはさ画面上の知らない人達に、もしかしたら動画を見ている学校の人達にも色々憶測立てられることも増えると思う」
「うん」
「俺はその覚悟で有名になりたい。名声が欲しい。叶えたい目標があるから。でも陽は、俺が巻き込んでしまったわけだし、引き返すなら今なんだよ」
「莉生……」
「陽は優しいからなし崩しに引き受けてくれたのかもしれないけど、全部なかったことに出来るのはここまで、なんだよ」
「…………」
いつも自信満々に見えた莉生が初めて見せた弱音。彼が何を抱えているのか、まだ全部は分からない。でも、本気なんだということだけは分かった。
そしてそれは、俺だって同じだった。
「たしかになし崩しかもしれないけど、俺はやると決めたら最後までやるよ」
「いいの……?本当にそれで」
「いいもなにも、泥舟だったら乗らないよ」
「さすが俺が見込んだだけはあるね」
そういうと莉生は先程の表情から打って変わって、晴れやかな表情を見せて手を差し伸べてきた。
「勝ち馬に乗らせてあげるね」
「騎手が俺なんだから当たり前だろ」
差し出された手を握り返す。今日から俺達は、同じ目的を遂行する仲間だ。
「そういえば帰りどうすんの?」
「ここまで迎えくるよ」
駅まで送ってくれた運転手が迎えに来るらしい。
十五分ほど待たなければいけない莉生に付き合い、コンビニで買ったいちごミルクを飲みながら今日あったことを話していた。
「楽しかったな〜ゲーセン」
「それは良かった」
「ね、今度はカラオケ行こうよ」
「いいけど、俺あんま歌得意じゃないよ」
「そうなの?今日めっちゃ鼻歌歌ってたから好きなのかと思った」
「……げ、まじ?人前ではやらないようにしてたのに」
いつ聞かれてたんだ。鼻歌なんて。機嫌がいい時に親しい間柄じゃないと出ないのに。
「ご機嫌だなぁって思ってた」
「言ってよ」
「動画撮ってたから後で確認して」
「残ってんのかよ」
「当たり前じゃん」
莉生はそう言って、悪びれもせずに笑った。
「また遊ぼうね、陽」
「明日から編集だぞ」
「え、俺もやるの?」
「当たり前だろ」
「陽のがパソコン得意そうじゃん」
「今はスマホでも出来るし……ってお前の動画スマホアプリで編集してるじゃん」
「バレたか」
そんな話をしていたらあっという間に時間が過ぎ、迎えの車が目の前に止まった。
「じゃあまた明日ね、陽」
「うん、また明日…………莉生」
「今更名前呼ぶの恥ずかしがんないでよ」
「うるさいな、さっさと帰れよ」
「はいはいもうツンデレなんだから、じゃあまたね」
莉生は車の窓を開けて姿が見えなくなるまで手を振っていた。それを見送ったら踵を返して駅までの道を歩くのだが、行きは二人で歩いた道を、一人で歩く。それだけで、少しだけ寂しかった。
そ
