だから、嘘をつく。



望叶が誰とどんな話をしたのか、全くわからないまま学校へ行った。

正門のところで宮舘さんから「おはよー」と声をかけられ、特に変わった様子もないことにほっとする。


「もうすぐ文化祭だね。小鳥居さんは前の学校では何やったの?」

「1年は展示って決まってたから、爪楊枝でお城を作ったかなぁ」

「うわっ。細かいことしたんだね」

「そういうのが好きな男子がいて、仕切ってくれてたから。私が作ったのは何かのパーツばっかりで、最後まで何を作ってたのかわかんなかった。宮舘さんは?」

「ボウリング? 段ボールで作ったピンをビニールのボールで倒すゲーム。この学校は学年関係なく何をするのも自由だから、飲食系が多くて浮いてたよ。ねぇ、軽音部の演奏聴いたことある?」

「聴いたことない」

「毎年、軽音部の演奏には他校の女子がたくさん見に来るんだよね。演奏を聴きに来るっていうよりは、演奏してる側を見に来るっていうか……軽音部にはイケメンが多いの」


意外にミーハーだった宮舘さんの話をしながら教室の前まで来ると、八尋くんがサッカー部の男子と話をしていた。

私に気がつくと、一瞬間があってから、「はよっ」と言って教室へ入って行った。

その一瞬の間に、気分が重くなった。
試験勉強を一緒にしなければ、噂になんかならなくて、気まずい思いなんてしなくて済んだのに……


「見せつけてんの?」


聞こえるように言っているのか、地声が大きのか知らないけど、誰かが言うのが聞こえた。
声がした方にいるのは他のクラスの女子。

こういう時、望叶なら「今のどういう意味?」とにっこり笑って詰め寄るんだろうな……
それで、話すうちに気がついたら仲良くなっている。

突っ立ったままでいると、宮舘さんにジャケットの裾をひっぱられた。


「言いたいやつには言わせときなよ。誰が誰を好きとか、そんなの他人が口出すことじゃないのに、わかってないって言うか、子供だよね。わたし達は小鳥居さんの味方だから」


いつになく毒舌気味な宮舘さんに圧倒されながらも、言葉の端々に「?マーク」


「わたし達」って? 「味方」って何?


「昨日、話してくれて嬉しかったよ。今度から悩んでる時は相談して」


望叶だ。望叶が何か言ったんだ。でも、それが何なのかが私にはわからない。
私が知らないところで、望叶は何をしたの?


「高遠さんも、小鳥居さんのこと応援してるって言ってたでしょ? C組の女子はみんなそう。だから安心して」


応援?

安心?


「……ありがとう」


何のことなのかさっぱりわからないけど、お礼を言って笑顔を作る。

ホームルームが終わって帰る準備をしていると、八尋くんが近づいて来た。


「小鳥居さん、ちょっと話あるんだけどいい?」


いつになく真面目な顔をしている。
雰囲気から、ずっとひやかされ続けている件だと察した。
最後にメッセージで「しばらく話さないほうがいい」という趣旨のやり取りをしたはずだから、それを敢えて無視して「話がある」と言うのは、よっぽどのこと。


「いいよ」

「図書室の横の花壇のとこにいる」

「わかった」


八尋くんが教室を出てしばらくしてから教室を出た。


「花壇」と言われたけれど、今は何も植えられていないから砂場のような状態になっている。「人が来ない場所」という意味では正解。


指定された場所に行くと、八尋くんは少し不機嫌そうだった。
やっぱり噂になっているのが嫌だったんだ。


「話って何?」

「花がない」

「これからパンジーとヴィオラを植える予定だって聞いてるよ」

「場所のチョイスを間違えた。花ないし」


花? さっきから花を気にしてるみたいだけど、花が好きなのかな。


「来週には花も咲いてるよ。発注してる苗が週末に届くから植えるんだって。園芸部の子に聞いたから確かだよ」

「花は関係ないし」


自分が花のこと何度も言ったのに。


「俺らのこと噂になってるじゃん。そのことなんだけど……」


やっぱりその話だよね。


「噂なんて、言いたいやつには好きに言わせとけばいいと思うんだ」

「人の噂もナントカって言うもんね」


八尋くんの顔を見ていられなくて俯いた。そのせいで消え入るような声になってしまう。

「周りの関係ないやつらのせいで話をしないとか間違ってると思う。でもそれで小鳥居さんが嫌な思いをしてるんだったら、それはもっと違うと思う」

「言ってるのは一部で、仲がいい子には言われてないから」

「そうじゃない。俺が言いたいのは……俺ら本当に付き合おう。順番間違えた。小鳥居希依さん、好きです。付き合ってください」

「ノリ……で、言ってる?」


顔を上げると、真面目な顔をした八尋くんと目があった。


「そんなふうに聞こえたならそれは誤解。少し前から気になり始めて、一緒に映画行ってからはっきりした。どこかのタイミングで告ろうと思ってた」


夢?

あまりにも突然。

私の前にいるのは間違いなく八尋くん。


「ここ、花あるかと思ったらないし。放課後の誰もいない教室で言った方が良かった?」

「花って……何?」

「あー、告るなら花のあるとこがいいって友達に聞いて……」

「どこだって……関係ない……」

「それって、OKってこと?」


八尋くんが好きになったのはどっち?

今の私は、望叶とふたりで一人。八尋くんにとっては同じかも知れないけど、私にとってはそうじゃない。


「返事……考える時間が必要ならいつまでも待つから」

「ううん。嬉しい」


八尋くんはきっと今まで見た中で一番の笑顔になった。

だけど、逆に私は泣きそうになるのを我慢する。


「今日から希依って呼ぶ。だから奏汰って呼んでよ」

「いきなり?」

「いいじゃん! 文化祭、希依とふたりで回りたい」

「まだ……先だよ?」

「予約しとく。明日……じゃなくて、今日からよろしく!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



嬉しくて、悲しい。

八尋くんが好きになったのが、どっちなのかわからない。
時間が遅くなったけれど、望叶に八尋くんのことを伝えるために病院へ急いだ。


病院のエレベーターを降りて、スタッフステーションの前を横切ったところで、看護師さんに呼び止められた。
初めて見る看護師さんだった。


「希依ちゃん……よね?」

「はい」

「望叶ちゃんには双子のお姉さんがいるとは聞いていたけど、あまりにも似てるからびっくりしちゃった」

「まだ面会時間終わってないですよね?」

「そうじゃないの。望叶ちゃん寝てると思うから、起こさないであげて」

「……わかりました」


こんなことを言われたのは初めてだった。
看護師さんに会釈してから、望叶の病室へ向かった。


そっと、スライドドアを開けて、カーテンは開けずに端っこをめくるようにして中へ入ると、すぐに目に入ったのは点滴棒。
近づくと、そのチューブの先が手の甲に繋がっている。

望叶は手の甲に痕がつくのを嫌がっていたのに。
きっと、さっきの新しい看護師さんがやったんだ。

しばらく望叶の寝顔を見ていたけれど、あまりにも動かないから、頬を手でふれた。
最初はひんやりとした指先の感触が、やがて温かくなってホッとした。

ベッドのそばの丸椅子に座り、ルーズリーフとペンをリュックから出した。
膝をテーブルがわりにして、八尋くんと付き合うことになったことを書いて、望叶のファイルに綴じた。
きっと望叶が知ったら喜ぶはず。

次に大きめな付箋に「また来るね! いつもの読んでよ!」と書いて、時計に貼っておこうと思ったら、いつも置かれている場所から時計がなくなっている。
辺りを探したけれど見当たらない。
小さな置き時計だったから、どこかに紛れてしまったのかもしれない。
望叶がテレビを見ている姿は一度も見たことがなかったけれど、一番目立つテレビ画面の真ん中に付箋を貼ってから、病室を出た。

西木野高校に転校して来て、教室に入るのに緊張することが多い気がする。
今朝はこれまでで1番緊張している。
正門が近づいた辺りから心臓がいつもよりどきどきしているのがわかったし、教室が近づくにつれそれは更に大きな音になった。



八尋くんから昨日の夜、「今日のこと 両想いってことでいいんだよね」という、私なら口に出すこともできないようなメッセージがきた。
そんなことわざわざ確認されるなんて思ってもみなかった。それともこれは普通のこと?

テンパってたのか「はい そうです」と敬語で返すと、それに対してはやけにあっさりと「また明日」というスタンプだけが返って来た。
メッセージが続くのかと思ったら、いつまで待っても何も送られてこなかったので、「おやすみなさい」のスタンプを送った。

たったこれだけのメッセージのやりとりで、昨日の夜はなかなか眠れないのだから小心者すぎる。



教室に一歩入ったところで、私のすぐ後ろから「おはよう」と言う声がして、中にいた生徒がこっちを見た。
すぐ真後ろに八尋くんが立っている。
これじゃあまるで一緒に登校したみたい。


「朝から仲良いねー」


誰かが冷やかした。


「羨ましいだろ? 俺が口説き落としたんだよ! って、ことで俺等付き合ってるんで、外野のごちゃごちゃ終わりな。言いたいことがあるやつは直接、俺に言ってこい!」


教室内に聞こえるような声だったから、一斉に注目を浴びた。

堂々とそんなことを言う八尋くんを、きっと間抜けな顔で見ていたに違いない。
八尋くんはそんな私と目が合うと、にこーっと笑って「これで公認」と言って、自分の席に向かった。

ちょっと事態の整理がつかず、リュックを背負ったまま自分の席に座りかけて、宮舘さんがリュックを取ってくれた。


「やっぱ運命ってあるんだねっ」


宮舘さんはご機嫌だった。
けど、「運命」の意味がわからなくて困惑。笑って誤魔化した。

それっきり、宮舘さんは「運命」の話をしなくて、私から聞くわけにもいかないから、これは望叶に聞くしかない。

八尋くんの爆弾発言のせいか男子も大人しくなって、少なくともクラス内ではひやかすひともいなくなった。

学校が終わると急いで病院へ行くのは毎日の日課。
スライドドアを勢いよく開けて、それが閉まりきる前に桃色のカーテンを開ける。


「ふーん、これが彼氏の出来た顔かぁ」


私の顔を見た、望叶の第一声。
からかうような口調はいつも通り。


「あのね、望叶――」

「もしかして、私が八尋くんのこと好きって前に言ったから、付き合うことに罪悪感とかあったりしてるの?」


望叶には聞きたいことも言いたいこともいっぱいあったのに、その一言で何も言えなくなってしまった。
黙っている私に望叶は手招きをした。


「こっち来て」


言われた通り、望叶のそばまで行くと、今度は「頭下げて」と言われる。
頭を下げると、望叶に思いっきりデコピンをされた。


「ひどっ」


顔を上げると、望叶は楽しそうに笑っている。


「希依も八尋くんが好きでしょ? うらみっこなしだよ! 他の誰でもない、希依が八尋くんの彼女で良かった!」


でもね、八尋くんは私じゃなくて望叶を好きになったのかもしれないんだよ?
望叶の手をにぎった。


「望叶、八尋くんには本当のことを言おうよ」

「……なんで……?」


八尋くんが好きになったのは、どっちなのかわからないから。


「嫌。それだけは絶対にやめて」

「どうして?」

「もうすぐ死んじゃう人間の記憶なんてない方がいい」


正解がわからない。
望叶は時々、返事に困ることを言う。


「そんなことより、あのマンガの続きまだ?」

「あれ……今日発売で、今回で完結だって。家に帰ったら届いてると思うから、明日持って来る」

「完結しちゃうのかぁ。楽しみが減る~。けど、そっか。今度からはリアルな恋バナが聞けるんだった。ねーっ?」



望叶は嘘をつく。



「いろいろ聞かせてよねー。だいたいさぁ、希依は私がメッセージIDを交換してあげた!ことへの感謝が足らないと思うんだよね」

「ええっ? そういうこと言うの?」

「言うよ~。何かお礼してもらわないとなー」



望叶の嘘に、気付かないフリをする。

それが正解なのかはわからない。

望叶は、私が望叶の嘘に気づいていて知らないフリをしていることを、知ってる? それもわからない。



「学校が終わったらマンガ持って来る」

「生きてる間に最終回が読めて幸せ」

「その言い方好きじゃないからやめて」



「生きる」とか「死ぬ」とか、そんな言葉に妙に反応してしまって、逆にそれが良くないかもしれないとまた悩んで……

正解のない問いに、これから自分がどうしたいのか、その方針を決めることもできない。今、この瞬間だけを考えることしかできない。