毎週水曜日、望叶は学校へ行き、私は病室で一日を過ごす。
それ以外にも、授業が午前中だけの日も入れ替わった。
入れ替わらない日は、学校が終わるとすぐに病院へ、望叶に会いに行く。
いつものように学校が終わって病院へ行くと、望叶はベッドの上で座って窓の方を見ていた。
窓のカーテンは閉じられたままだったから外の景色は見ることができない。
そもそも外は遠くにビルが見えるのと、下には病院の駐車場があるくらいで、見入るような物は何もない。
何を見ているんだろう?
「望叶?」
声をかけると、こちらを向いて、ぱあっとその顔が笑顔になった。
「いつ来たの? 忍者みたいに入って来ないでよ」
「ちょっと驚かそうと思って」
普通に入って来たんだけど、気づかなかったの?
「もしかしてさっきまで寝てた?」
「バレた? 最近眠くてよく寝てるかも」
寝ぼけてたのか。
そう言えば小学生の頃、望叶は寝ぼけて夜中に私のベッドへよく潜り込んで来てた。
トイレに起きて自分のベッドに入ったつもりが私のベッドだったらしく、朝起きて私に「どうして希依が私のベッドにいるの?」と聞かれた。
「今日も暑かったー。今の学校は体育祭が5月に終わってて良かったよ。こんなに暑い中、練習とかあったら死んじゃう」
無意識に「死んじゃう」という言葉を口にして、ハッとした。
普段、友達との間で言っている言葉がどんなに残酷なことか、望叶のことがあるまで考えもしなかった。
もしかしたら、ふざけているつもりで気がつかないうちに誰かを傷つける言葉を発しているのかもしれない。
「希依……」
「なぁに?」
リュックからいつものルーズリーフを出しながら返事をした。
「八尋くんに告白して」
「入れ替わりのこと言うってこと?」
「そうじゃない」
そうじゃない?
だったら何を言うの?
「八尋くんには今付き合ってる子がいないみたいだから、希依が告白して付き合ってよ」
まさか望叶がそんなことを言い出すとは思ってもみなかった。
「それは、無理だよ」
「なーんでー? 希依だって八尋くんのこと、ちょっとは『いいな』って思うでしょ?」
望叶が学校へ行った後、その日の出来事に八尋くんのことが多く書かれていることには気がついていた。
八尋くんが、シャーペンを持ったまま授業中うたた寝していて、先生に「起きろ」と注意されて、「あと5分」と言って呆れられていたとか。
古文の教科書を忘れて隣の女子に見せてもらっていたとか。
松葉杖じゃなくなってからは、階段を一個飛ばしにかけ上がってるとか。
話したこと以外のことまでたくさん書かれている。
「望叶は……八尋くんが好きなの?」
「そうだよ!」
「だったら、私には言えない」
「どうして?」
「それは……望叶が言わないと」
「わかった。自分で言う。その代わり、デートは希依がしてね」
「どうしてそうなるの? それって、八尋くんを騙すことになるんだよ」
「バレなければいいよ」
「そんなこと絶対にだめ! 時々入れ替わって学校に行くのとは違う!」
「同じだよ。みんなを騙してることと同じ」
みんなを騙してる……その言葉に胸がずきんとした。
クラスの女子はいい子ばかりで、意地悪な子もマウントをとってくる子もいない。
そんなクラスメイトも、親も、みんなを騙してる。
「じゃあ、何って言ったらお願いをきいてくれる? 私にはもうあまり時間がないんだから、最後に思い出が欲しい」
「冗談じゃ済まなくなる」と言おうとしたけれど、望叶が目に涙をためているのを見て、真剣に言ってるんだとわかった。
「最後のお願い。私はこのまま一度も彼氏ができないまま死んじゃうなんて嫌」
望叶の「死んじゃう」という言葉に息をすった。
私が冗談で言う「死んじゃう」とは違う。
「……そんな言い方……しないで。最後なんて言わないで」
「じゃあ、私のお願いをきいて」
望叶がそれをどんな気持ちで言ってるのかを考えたら……断ることなんてできるわけがない。
こんなのよくない。
でも……
「……わかった。でも、望叶はそれでいいの? 望叶が好きな人と私がふたりで遊びに行くのは嫌じゃないの?」
「話を聞かせて。それから写真を撮って。そうしたら、そこには私がいるから」
「でも、望叶……肝心なこと忘れてるよ?」
「ん?」
「告白しても、八尋くんがOKって言うかはわからない」
「あー、まぁ、そこは泣き落とし?」
望叶は告白さえすれば上手くいくと思ってるぽい。
現実はそんなに甘くないと思うよ?
八尋くんは話すようになると、最初の印象が悪かった分、がらりとイメージが変わった。
人懐っこいところがあって、男女関係なく話しかけるから、言わないだけで女子のフアンは多いんじゃないかと思う。
昼休憩にクラスの男子とサッカーをやっているのを見ていると、部活でレギュラーなだけあって、やっぱり上手くて、シュートを決める姿はかっこいいと思ってしまう。
望叶は知らないのかもしれない。
八尋くんは1年生のマネージャーの子と仲良くて、一緒にいる所をよく見かける。
そんな彼のトクベツになるなんて簡単なことじゃない。
望叶がどんな魔法を使ったのかわからない。
私と入れ替わって学校へ行っていた望叶は、病室へ戻ると無言で制服を脱ぎ始めた。
慌てて私もパジャマを脱いで、望叶と服を交換した。
着替え終わると望叶はいつものように、ベッドへ座った。
私が着替え終わって、その隣に座ると、望叶が自分の頬の前でピースサインをして見せた。
「何?」
「土曜の午後、部活休みなんだって」
「誰が?」
「八尋くんと映画に行く約束をした」
「え? 嘘? え? 何で? でも土曜日は……」
毎週土曜と日曜は、お母さんとお父さんが病院に来る。
ふたりを騙せる自信は流石にない。ずっと寝たフリを続けるのにも無理がある。
「うん。だから、最初の約束通り、希依が行ってね」
「待って。どうして?」
「もう約束したもん」
「何って言って約束したの?」
「聞きたい?」
「聞きたいに決まってるじゃん! それ知らないで映画に行くのは無理でしょ!」
「すぐに種明かししたら面白くないー。昔みたいに、ちょっとは恋バナしようよー」
望叶の言う「昔」というのは、ふたりで同じひとを好きになった時のこと。
「あーゆーとこがいいんだよね」とか、「昨日、階段とこですれ違って『バイバイ』言った」とか、今思えば何でもないことを夜遅くまで話してた。
2人とも告白する勇気はなくて、いつの間にかそのひとには彼女が出来ていた。
一歩も踏み出すことなく失恋に終わった恋を慰め合った。
「告白したの?」
「告白はしてない。ただ映画に誘っただけ。前に観たい映画が秋に公開するって話を聞いてたから誘ったの。それで土曜の午後なら部活が休みだからその日に行こうって、話になった。ねぇ、土曜日、ここに寄ってね。服装とか髪型とかチェックしたいから」
「うん。それは……うん……」
望叶が八尋くんと映画の話をしたことを私は知らない。
そんなこと一言も聞いたことがない。
学校で話した内容は、お互い把握するために教え合うことにしていたはずなのに、映画の話をしたことを、望叶は私に教えてくれてはいなかった。
八尋くんに会ったらどんな顔をすればいいのか、緊張しながら学校へ行った。
こういうの、もう何度目だろう?
教室に入って一番に八尋くんの姿を探したけれど見当たらず、一番後ろの自分の席に着いた。
目があったら何って言おう? どんな顔をしたらいい?
八尋くんに会う前から心臓がばくばく言ってるのが自分でもわかる。
こんなの土曜日まで持たないよ……
何かで気を紛らわそうにも、何をしたらいいのかわからない。
隣の席の宮舘さんはまだ来ていないし、反対側の席の前田くんはずっと英語の単語帳を見ているから話しかけて邪魔したくない。
「はよーっ」
後ろのドアの所で八尋くんが誰かに挨拶する声が聞こえた。
「朝から元気だけど、今日の数学ヨユーな感じ?」
「ヨユー? 何が?」
「今日、30日じゃん。お前出席番号30だろ?」
「やばっ。当たるじゃん」
バタバタとロッカーに荷物を入れる音。
八尋くんは私の席の横を通って自分の席へ向かう時、「はよっ」と言って、私の頭をポンッと軽く叩いて行った。
一気に心臓が爆発しそうになって、「おはよう」を言い損ねた。
後ろ姿を目で追っていたら、席に着いた八尋くんは早速、隣の席の末広さんに数学を聞いていた。
八尋くんの席は両隣りが女子だから、それは普通の行為なのかもしれない。でも私の隣の席の前田くんは、わからないことがあったら、わざわざ少し席が離れている男友達のところまで聞きに行っている。
望叶が学校であった出来事以外に、日記みたいなことも書くから、ルーズリーフがすぐになくなる。
時計を見るとまだ昼休憩が終わるまで時間があったので売店へ行くことにした。
こういう時、友達について来てもらうタイプと、そうじゃないタイプがいる。
前の学校では前者だったけれど、この学校での私は後者。
一緒にいる時間が長いほど、相手に「小鳥居希依」がふたりで一人だと気づかれる可能性が高くなる。
見かけは全く同じでも、どこにほころびが生じるかわからない以上、なるべく同じひとと過ごす時間は減らしたい。
目的の物を購入して、売店を出たところで、八尋くんに会ってしまった。
「小鳥居さんだ。一緒に教室へ戻ろうよ」
「うん」
同じ教室へ戻るのに、名指しで声をかけられて、「私はひとりで帰ります」とは言い難い。
並んで歩いていると八尋くんの方が話しかけてきた。
「土曜日、楽しみ」
それは、「映画が」という意味だよね?
「私も楽しみにしてる」
「あのさ――」
八尋くんが何か言いかけた所で、「あーっ!」という声が後ろから聞こえた。
振り向くと、八尋くんがよく一緒にいるサッカー部のマネージャーの子が駆けて来る所だった。
マネージャーの子はそばまで来ると、八尋くんの腕に自分の腕を絡めて、私を見た。
「どーもっ!」
それは……挨拶?
これ、なんて返事するのが正解?
わからないから、小さく頭を下げた。
「若葉、離せ。学校ではやめろって」
「いーじゃーん」
八尋くんはマネージャーの子を下の名前で呼んだ。それも呼び慣れた感じ。
ふたりは思ってた以上に仲がいい。
「お兄ちゃんのくせに彼女とか生意気っ」
お兄ちゃん?
「もしかして、わたしのこと言ってなかったの? やけにマネージャーと仲が良いって誤解されてたかもよ?」
八尋くんは渋々という表情で紹介してくれた。
「妹の若葉。サッカー部のマネージャーやってる」
「初めましてっ! で、彼女さんの名前は?」
「いーから、お前はもう行けよ」
「ケチっ! わたしは正真正銘妹なので、ご安心くださーい」
元気にやって来て、同じテンションで若葉ちゃんがいなくなると、八尋くんは困ったように言った。
「なんか、ごめん。あいつ騒がしくて。でも、マジであれは妹だから誤解しないで」
「妹さんいたんだね」
しまった。
こういう言い方をしたら「そっちは、きょうだいは?」と聞かれてしまう。そこで「妹がいる」と答えたら、次は「何歳?」という流れになる。
できれば妹がいることは言いたくない。これ以上嘘もつきたくない。
「何買ったの?」
「え? えっと、ルーズリーフ」
八尋くんにとって、私にきょうだいがいるいないはどうでもいいことだったらしい。
全然別の話題になった。
「つい最近も買ってなかった?」
「買ってたかも。い、家でも使ってるからすぐなくなっちゃって」
「そっか。俺はあんまりノートとらないから」
「先生の話をメモする時はどうしてるの?」
「教科書の余白に書くか、タブレットにメモってる。ノートのどこに書いたのか探すのがめんどうだから」
これが頭のいい人の勉強法?
「真似しようかな」
「あんまりおすすめできないけど? 教科書に書いた方は後から見たら読めないこと多いし。タブレットの方もペンで書くから、やっぱ読めないことが多い」
それで一体どうやって勉強してるの?
「あのさ――」
八尋くんが何か言いかけたタイミングで予鈴が鳴って、話が途中で終わった。
「急ごう。次の数学、俺が当たるんだ」
早歩きになった八尋くんの少し後ろをついて行った。



