だから、嘘をつく。



「……この手紙……なんでこんな……」

「望叶ちゃんが最後に学校へ来た日、預かったんだ」


その頃には……もう記憶が……あやふやだったの……?
どうして……言わなかったの……そうしたらまだ薬とか――


わざと、言わなかった……?


いつだったか、望叶は私に言った。


『このマンガの最終回、読めなくてもいいや。だって、こういうお話って、テンプレなんでしょ? ラストはハッピーエンドって決まってるんだよね?』

『まぁね』

『読んだか読んでないかも、もうわかんないし。最終回でいいや』

『どういう意味?』


私の質問に望叶は笑うだけだった。


あの頃には、どこか身体に異変を感じてたの?


でも……その答えを知っている望叶は、もうここにはいない。

「夏休みにあった試合で足を痛めて病院に行った時、望叶ちゃんに会ったんだ。パジャマ姿だったから、すぐに入院してるんだとわかった」


望叶と……病院で会ってたの……?


「1階の中庭が見えるとこでずっと外を眺めてた。俺が持ってた診察券を落として、松葉杖だったから拾うのに苦労してたら代わりに拾ってくれた。それで少し話をした」


望叶は、学校に行く前から八尋くんのことを知っていた。
知っていて、私には言わなかった。


「夏休みが明けて、学校へ行ったら希依がいて、病院で話した時と声が違ってたから、何で?って思った」


自販機で、初めて八尋くんに会った時のこと……
私の声が低いことを指摘されて、いきなり失礼だと思った。
でも、それは望叶と声のトーンが違うことを指摘されただけだったんだ。


「知らんぷりされてるのかと思ってちょっとムカついた。でも、俺と会ったことを覚えていないようだったからおかしいと思ってた。ある時、学校にいるのが希依じゃないことに気がついて、双子だと知った」

「いつ?」

「入れ替わってた最初の日。望叶ちゃんに口止めされてずっと黙ってた。ごめん」



望叶は、八尋くんと病院で会ったことを私に言わなかった。
八尋くんのことはノートに書いていたから気がついていたはずなのに、知らないフリを続けた。
何でも私に話してくれていると思っていたけど、そうじゃなかった。

それは……私も同じ。全てを話してたわけじゃない。



「望叶の……病気のことも……知ってたの?」

「最後に会った日に教えてもらった。その時、約束させられた」

「何を約束したの?」

「何も知らないフリをすること。そうじゃないと希依が苦しむから、って」


私は……知らないことばかり……


私の気持ちを知ってたから、望叶は八尋くんに告白しろって……言った。
望叶の、わがままじゃなかった……私のためだった……


「この手紙を預かった時、望叶ちゃんに言われた。『これからもふたりの写真をいっぱい撮って』って。だから、俺達は写真を撮ろうよ。春も夏も秋も冬も、ずっと一緒にいて、この先の未来を写真に撮り続けよう?」

「それは……このままでいいってこと? ずっと八尋くんを騙してたんだよ?」

「騙されてないよ。最初から知ってたんだから。俺、希依に『付き合って』って言ったよ? それに付き合うことになってすぐに『小鳥居さん』じゃなくて『希依』って呼んでたと思うけど?」


八尋くんは告白してくれた時、わざわざ私をフルネームで呼んだ。
付き合うことになったその日に、私を「希依」って呼んだ。

今日も……ずっと「希依」って。何度も名前を――

イルカショーを見たがっていたのは望叶だった。

八尋くんは、「希依は何が見たい?」って、私に聞いてくれた。


「これ買ってて待ち合わせの時間に遅れたんだ。開けてみて」


水族館の紙袋をくれた。


「ありがとう」


紙袋の中は、イルカのモチーフがついたステンドグラスのフォトフレームだった。


ぼろぼろとこぼれる涙を止めることができなくなった。
身体中の水分が全部出ちゃうんじゃないかと思うくらい泣き続けた。

泣いている私に、八尋くんは何も言わなかった。
私が泣き止むまで、ずっと待っていてくれた。

望叶は『私が八尋くんを好きだと言ったのは嘘』と、手紙に書いていた。
『それで私は嘘をつくことにしました』とも書いていた。

それが、望叶の嘘。


望叶も、八尋くんが好きだった――



「……いいの……? 本当にこのままでいいの?」

「何度でも言えるよ。俺は希依が好きで、希依と付き合ってる。望叶ちゃんじゃない。希依は違う? 俺のことが好きで付き合おうと思ってくれたんじゃないの?」



望叶、恨みっこなしでいい……?

私が、八尋くんを好きでいても……いい?

許してくれる?



「俺は希依と望叶ちゃんの区別がつく。全然違うよ。英単語が30個あったら出そうな10個だけ覚えるんじゃなくて30個全部覚える不器用なとことか、傘立ての傘とる時みんなが取り終えるまで待ってるとことか、電車の駅で改札抜けるのに人に譲りすぎていっつも最後になるとことか――」

「もう、いいよ」

「いくらでも言える。希依と望叶ちゃんは違う」



『ね? 合格でしょ!』

望叶の言葉が聞こえた気がした。



「八尋くん……私……ね……」

「何でも言って。どんなわがままも聞くから」

「……八尋くんと写真を撮りたい」

「いっぱい撮ろう」

「……ありがとう……」


ありがとう……



未来は、誰にでも来るものじゃなくて、どんなに手を伸ばしても届かない人もいる。

私はこの未来に、しがみつくよ。
これはきれいごとなんかじゃない。
生きてる私の義務だと思う。

もしこの答えが間違ってたら、何度でも、
正しい答えがわかるまで、やり直す。
時間がある限り。


ねぇ望叶、この世界が涙とため息でできていたとしても、私はこの手を離さないと約束するよ。





END