当て馬市姫くん



うちのクラスの舞宮(まいみや)くんは、神話に出てくる大きな幻想動物みたいだ。
優雅な身のこなしはさながら平安貴族、現代に降り立った光源氏。
高校生男子なんてみんな口ひらけば余計なことか下ネタしか言わないけど、舞宮くんは口に出す言葉を厳選する。そしてその形のいい唇から出てきた言葉はどれも麗しい。
僕はもはや舞宮くん…いや、舞宮様を崇拝している。そしてその寵愛に預かりたいと思っている。

僕の名前は市姫 薫(いちひめ かおる)。どうだ、もう可愛いことが約束されてるような名前だろう。実際、僕はかわいい。くりくりした目は長いまつ毛に彩られいつもほんのり濡れていて、鼻は形のいい忘れ鼻、唇はつやつや輝いている。僕はこのかわいさで多くの男子の人生を狂わせてきた。人を昂らせることには自信がある。でもどんな男も子どもっぽくて、「女の子みたい、ヤらせてよ」とよだれ垂らしながら迫ってくるので萎えた。舞宮様を見つけた時は、砂漠でオアシスを見つけた時のように僕の心は歓喜で満ち、舞宮様を必ず我が物にせねばと固く誓ったのだった。

本当は人と群れるのが嫌いな僕だけど、とにかく舞宮様のお傍をキープしたくて彼のいる華やかグループに無理やり潜入した。麗しの舞宮様はグループの中でも他の有象無象とは一線を画しておられる。他の奴らがあのオンナとどうの宿題忘れた見せてだのとガーガー言っているのを、水中をたゆたうような笑顔で聞いている。あんまり喋り散らかして舞宮様にうざがられるのも嫌だし、かと言って喋らなさすぎて舞宮様の目に止めてもらえないのも悲しすぎると思った僕は、自分の可愛さを思う存分利用することにした。題して、「他の男子が僕を見て発情するのを舞宮様がご覧になり「俺もあれをやりたい」と思ってもらう作戦。」僕は舞宮様グループの男子達に「ったく薫ちゃんはぁ〜」って抱きつかれたり髪をなでなでされたりしながら「やめろよ、僕だって男なんだぞっ!」と言いながらほっぺを膨らませてぷりぷりしながら舞宮様を誘っていた。
もちろん、僕は可愛くても男である。舞宮様を我が物にしたいというどす暗い支配欲を抱えている男である。

脳内舞宮様日記をつけている僕は、舞宮様の動向に誰よりも詳しい。だから最近舞宮様が、同じクラスの鈴城(すずしろ)と急激に仲良くなっているのにはすぐに気がついた。

鈴城…ねえ。僕はフン、とファッション評論家よろしく鈴城を査定する。
身長は170センチくらい、まあ小さい方じゃない。中肉中背、目がデカい、女子の友達が多い、笑い声がうるさい。舞宮様とはまったくタイプが違う。鈴城は舞宮様の隣にいるにはやかましすぎる。水と油だ、なんで舞宮様はあんな奴に構うんだろう?さては鈴城が色目を使ってるな。最近の席替えで席が前と後ろになったからって絶対調子乗ってやがる。ちなみに僕と舞宮様は、端っこと端っこで離れ離れになってしまった。
休み時間になると爆速で舞宮様の元へ走ってるけど、席が前後ときたんじゃ鈴城より先に舞宮様に話しかけるのは間に合わない。だから2人が話してるところに、弾丸のように突っ込んでいくことにしている。

「な〜に話してるのっ!仲良いねぇ♡」

ぶっ飛ばすぞ、鈴城。
にこりと可愛く笑ってみせると鈴城は困ったみたいに「俺がTシャツ後ろ前に着てるって、直人が今更教えてきたんだよ。もうあと1限で終わりの今教えるって何!?」と言った。

確かに制服のカッターシャツから透ける鈴城のTシャツは後ろ前だった。死ぬほどどうでも良すぎて気づかなかった。そんなの誰も見てないだろ。でも、舞宮様は優しいから後ろの席から見て気づいてわざわざ教えてあげたんだ…きゅんとすると共になぜかこの2人が下の名前で呼び合っていることに気づいて腹が立ってきた。

舞宮様はコーヒーにミルクが溶け込んでカフェラテになるように、どんな場所にも適応できる人だ。騒がしい奴らの中で静かにしていても浮くことがない。だが舞宮様は「ここから先は踏み込ませないぞ」という明確なラインを引いていて、仲の良い友達(たとえば舞宮様といつもつるんでる僕も、佐々木も、川島)でも舞宮様のことは苗字で呼んでいた。別に下の名前呼びがダメって言われたわけじゃない。ただ我々下々の者が呼ぶには、舞宮様の下の名前は恐れ多すぎるのだ。

それを鈴城。てめえというやつは。

「涼太ってハムスターみたいだと思わない?」

舞宮様が優しい笑顔を向けてきたので僕は観念したようにこくんと頷く。鈴城なんて、僕から見たらどんなによく見積もっても動物園の猿くらいにしか見えない。


その日の放課後、舞宮様、僕、鈴城(バカ)、佐々木で遊んで帰ることになった。

「川島は?」
「部活ー」
「陸部だっけ。毎日大変だな〜」

広がって歩いて道を塞いではいけないと学校から口喧しく言われているので、僕らは誰が言い出すともなく2列に整列する。僕の隣に佐々木、舞宮様の隣は…鈴城だ。

「スタバ行かない?」

舞宮様の鶴の一声。僕が知っている中で舞宮様の一番可愛らしい情報、それは舞宮様が実は大の甘いもの好きということだ。お昼ご飯には弁当のそばにいつもチョコとかグミとか置いてあって、自分で買ってきてるのかと聞いたら女子がくれるらしい。貢がれ舞宮様!
舞宮様がフラペチーノをお飲みになっている姿を見たくて「いいねー!」と言いかけたら

「スタバ高くない?サイゼにしよ、腹膨れるし」

黙ってろ、鈴城!!
確かに高校生の財布にスタバはちょっと痛いけど、フラペチーノ舞宮様を見られるならこのくらい安いもんだろうが!
だが舞宮様は優しいので

「じゃあ今日はサイゼにしよっか。いい?2人とも」

とこっちを振り返って言った。僕はおとなしく頷き、佐々木は「ドリンクバーで謎飲み物作るわ」と張り切っている。

鈴城が佐々木とドリンクバーで謎飲み物を作っているわずかな時間、絶好のふたりきりチャンスが訪れた。僕は舞宮様が注文した季節のメロンパフェを「すごい!大きいね〜!」と見ているフリをしながら舞宮様をガン見し、今から舞宮様の胃に入って消化されるメロンを心底羨ましく思った。

「一口いる?」
「え、いいの!?」
「だって、すっごい見てるし」

舞宮様がくすくす笑い、僕は天にも昇る気持ちになる。

「あーん!」

さすがにあざとすぎるかもと思ったが思い切って口を開けてみる。舞宮様は迷うことなくスプーンを僕の口の中に入れてくれた。メロンと生クリームがでろでろに溶け合う甘さ、これこそ舞宮様の味…

「ごめん。俺が使ってたスプーンだった。間接、大丈夫な人?」

大歓迎です。これはもう実質キスしたようなものだ。見てたか鈴城、とドリンクバーの方を振り向いたらまだ佐々木とやいのやいのやっていた。

「最近、鈴城くんと仲良いね」

さりげなく話題を振ってみる。舞宮様は少し目を伏せて、「うん」とパフェをかき混ぜる。

「なんで?なんか意外だなあ。舞宮くんと全然違うタイプじゃない?」
「それを言うなら、俺と市姫も全然タイプ違うよ」
「そうかなあ。僕と舞宮くんって、実は似てると思うんだよね。舞宮くんも、本当は群れるのあんまり好きじゃないタイプじゃない?実は僕もそうなんだあ」

舞宮くんは目をぱちぱちさせた。

「嫌いではないよ。周りが騒がしい方が落ち着くかな」

ありゃ。
僕の当て推量…というかそうであってほしい舞宮様像が外れて気まずい空気が流れた。

「俺あんま喋らないし、顔怖めだから誤解されてるのかも」

へらっと笑う舞宮様の顔に怖いところなんてない。怖いとしたら美しすぎて、近寄りがたくて怖い。

「ううん、僕のほうこそ適当なこと言ってごめん。舞宮くんは…」
「コーヒーとメロンソーダ混ぜたら地獄の味する」

このタイミングで鈴城と佐々木が帰ってきてげんなりする。結局2人きりタイムは僕が舞宮様に変な印象を与えて終わってしまった。

手っ取り早く勝ちたければ、己の敵を知れ。
最近べちゃべちゃ舞宮様にひっついている鈴城が、1人になった瞬間を見計らって声をかけてみた。

「何してるの?」
「ん?らくがき」

鈴城は教科書のすみっこに最近流行ってるゆるキャラ「もっちょくん」をへったくそな絵で描いていた。

「…似てないねぇ〜…」
「やっぱり?俺、絵下手なんだよなー」
「ちょっと貸して」

僕は鈴城からシャーペンをひったくり、ささっともっちょくんを描いてみせる。もっちょくんなら、もう1000回くらい描いている。歳の離れた下の弟がもっちょくんを大好きで、にいちゃんもっちょくん描いて、にいちゃんの描くもっちょくんが一番かわいい!とせがむのだ。

「うんまっ!!」

鈴城がでかい声で叫んだからクラスの何人かが振り向いた。やめろよ恥ずかしい奴だな。

「見て!市姫の書くもっちょくんすんげーうまい!!」

教科書を右手に持ってぶんぶん振りながら鈴城が宣伝すると、彼と仲の良い東 志帆(あずま しほ)さんが見にきた。

「ほんとだ。うまいねー、市姫くん」
「別に…このくらい誰にでも書けるよ」
「鈴城の書いたやつ見てみ。バケモンだよ」

確かに鈴城の書いたもっちょくんは目だけ異様にでかくて不気味で笑える。3人で鈴城のもっちょくんをからかいながら笑っていると、後ろから…この匂いは!

「何?見せて」

…舞宮様。足元がふらつくような甘く切ない香りの柔軟剤。真横に感じる舞宮様の温度にうっとりしていると、同じくうっとりしている東さんが目に入った。
ああ東さん、君も舞宮様が好きなんだね。

最近鈴城を特別にライバル視しているだけで、舞宮様を狙っている他のライバル候補たちは腐るほどいる。僕は舞宮様が告白に呼び出されるたびに胸が張り裂けそうになり、告白を断って帰ってくるたびに嬉しくて泣きそうになっていた。あんなに端正な顔立ちをしていながら、決して女性関係にずぼらでない気高き貞操観念を持つ舞宮様。僕は彼の外見も中身も好きで好きでたまらなくて、これから先大人になって舞宮様と離れ離れになっても舞宮様の幻影を追い続けるんだろうなと思っている。

「俺が書いたもっちょくん」

鈴城が舞宮様にもっちょくんを見せると、舞宮様はちょっと…というか、ものすごく変な顔…いや、見たことない顔をした。その後大爆笑が続いて分かったのだが、あれは笑いを懸命に堪えている顔だったのだ。

「笑いすぎ!!」

惚けたように舞宮様を見る東さん、そして僕。通常運転なのは鈴城だけで、舞宮様は声も出なくなるほど笑っている。舞宮様は僕たちの前でこんな爆笑の仕方をしたことがない。そりゃ笑うけど、いつもの舞宮様はもっと優雅な感じだ。カメラも照明も角度が完璧に計算されたように、美しく整った男の笑い方だった。だけど今の舞宮様は違う。普通の男子高校生の笑い方で、それを引き出したのは鈴城(のもっちょくん)なのだった。

悔しいしどういう手を使ったのかは知らないが、今の所舞宮様の素を引き出すのに一番成功しているのは鈴城だ。計算されたバカなのか何も考えてない本物のバカなのかは知らないが、鈴城には僕が真似できない何かが備わっているらしい。

だけど僕の書いたもっちょくんを手放しに「うんま!!」と褒めてくれた鈴城は、いいバカなんだろうなとも思う。
仲良くなりたいなんて思わないし舞宮様を譲る気もさらさらないけど、今度から宿題見せてと言われたら1ページくらいはチラ見させてあげようと思うのだった。