CMYK—ちょっとまてゆうれいかも

「お酒飲んでるうちに盛り上がって。夏ですし、ホラー流行ってるし。せっかく近くに心霊スポットあるんだから行ってみようよってなって」
 やめておけばよかったです。
 Sさんは沈鬱な面持ちで語った。
 俺と同じ大学の音楽学部に通う二回生、当時一緒に飲んでいたのは同じ専攻で楽器をやっている友人たち三人だったという。宅飲みするうちに肝試しをしようということになり、学部では有名だった廃屋に行ってみることになったそうだ。
「ちょっと大きい一軒家で、音楽家一家が住んでいたって噂で。みんな、先輩から一回は聞いたことあったんですよね」
 ただ、語られる噂話はまちまちで、「押し込み強盗があった」とか「作曲家だった家長が創作の悩みで精神に異常をきたし一家を惨殺した」とか、皆語る話がちがったことも興味をそそられた要因だという。
 共通しているのは「居間にあるピアノを弾くと腕を取られる」というものだった。
「ピアノを専攻している子がいたら止めてくれたかもしれないんですけど」
 残念ながらその場に止める者はおらず、飲み会場としていた友人の家から徒歩で十五分ほどのところにあるその家に、缶ビール片手に向かった。
 周囲に住宅の影はなく、敷地内はちょっとした森のようになっている。先人が鍵を壊した形跡のある門から侵入してひとしきり家内を物色してみたが、恐ろしげなものは何もなかった。血の跡だとか、家族写真とか。気分を盛り上げてくれるようなものはひとつも出てこなかったため酔いが覚めるとともに白けてきて、結局、記念撮影だけしてその日は帰宅した。
「写真は私のスマホで撮ったんですけど……翌朝確認してみたら、気持ち悪いものが写ってて」
 撮った場所は噂話の中心である居間、暗闇を背景に腕を伸ばしてインカメラで撮影したそうだ。
 Sさんの隣でおどける友人の肩のところにそれは写っていた。
 ぽつぽつと、白く指のようなものが覗いている。
 埃にしては並び方が規則正しい。しかし、指と断言するにはさりげない。そんな写りだったものだから、すぐにアプリで共有しネタにした。「本当に出た」と。
 ひとしきり盛り上がった帰り道、その友人は自転車とぶつかって、腕を負傷した。
「嫌な偶然だなって、気持ち悪くなって、みんなでメッセージで相談したんですけど、画像は消しちゃおうってことになって、でも……」
 自室で再び開いたその写真は様子が変わっていた。
 指が別の友人に移っている。
「その友だちに確認したら、画像はもう消しちゃったって。それで送ろうとしたんですけど、『あり得ない、嘘つくな』って、すごい嫌がられて。まあ、当然ではあるんですが……」
 結局、その友人も腕を怪我した。残るもう一人の友人も、同じ経過を辿ったという。それが昨日までの話だ。
 指は今、Sさんの肩にある。
「編集アプリで消そうとしてみたんですけど、何度消しても開き直すともとに戻ってて……どうしたらいいかわからなくて……」
 Sさんの差し出すスマホには、陽気に笑う四人が映し出されている。小さな画面ではわかりにくいが、よく見ればSさんの淡い桃色のブラウスの上に白いものがぽつぽつと並んでいるように見えなくもない。拡大したかったが他人のスマホに触れるのは気が引けたし、本人には頼めそうにもない。Sさんは見るのも悍ましいと言わんばかりの様子だった。
「心霊写真? 心霊系? ……は、吊坂くんに相談するといいって聞いて……」
「そんで俺に紹介を頼んできたんだよね」
「そうです」
 なんとかなりますか。
 切実な顔で語り終えた彼女に対し、俺の隣で話を聞いていた吊坂は柔和に笑った。
「どうでしょうねえ」
 死んでてくれたほうが面白かったのにな、と思っているのがわかった。
 Sさんがかなり切羽詰まった様子だったので頼まれるまま紹介してしまったが、吊坂はちょっとどうかしている。こいつの友だちでいる俺も多少どうかしているのかもしれない。
 そもそも、賑わう食堂の片隅で真剣に怪談話をしていることこそどうかしている気すらしてきた。
 勝手に白けはじめた俺をよそに、吊坂は身を乗り出して心霊写真を見つめている。ことりと首を傾げた。
「わかんないけど、指がくっついてる人が怪我するわけですよね。で、今はSさんの肩から消えないと。じゃ、指はそのまま、Sさんを俺にすげ替えたら、俺が怪我するのかな」
「そんなこと、できるんですか?」
「簡単簡単、画像、もらえますか?」
 Sさんが言いたいのは技術的な話じゃないだろうに、吊坂の返事はどこかずれている。「呪いで死んだ友人Aとして語り継がれたい」と豪語するような男だから、根本からして感覚がずれているのかもしれない。
 少しは戸惑うかと思ったのに、Sさんは即座に吊坂に画像を提供した。死人は出ていないものの、楽器をやっている人からしたら手の怪我は大問題だろう。
 美術をやっている俺たちにしても大問題のはずだが、吊坂に怯えた様子は見られない。
 タブレットでひとしきり写真を拡大したり縮小したりして眺めたあと、慣れた手つきで編集を始めた。
 以前俺が撮った吊坂の写真を躊躇なく心霊写真に貼りつけ、Sさんの上に重ねる。元々いた人を消して、成り代わっていく。
 作業を進めながら吊坂は思い出したように尋ねた。
「居間にあるっていうピアノは弾いたんですか?」
「いえ……」
「さすがに怖かったですかね」
「というか……」
 Sさんは言いよどんだ。
「……なかったんです。そもそも」
「なかった?」
「はい。家のどこにも、ピアノはなかったんです。ただ……」
 居間の中心にはぽかりと大きな空白があった。ちょうど、グランドピアノを置けるほどの広さの。
「キャスターストッパー……あの、丸いお皿みたいなやつだけ、残ってました」
 写真はその前で撮ったんです。
「へええ。気持ち悪。めっちゃ面白いですね」
「面白い……ですか」
「ははは、ほら、できましたよ」
 差し出された画面をSさんと覗き込む。写真からSさんの姿は消えていた。そこには代わりに、へらへら笑う吊坂が立っている。白いシャツの肩には、ぽつぽつと小さな指らしきものが並んでいた。どこをとっても違和感はない。感心してしまう。
「いつもながら、仕事が早いな」
「だろ。俺の売りはそこだけだからね」
 写真を食い入るように見つめていたSさんが、ふ、と息をついた。
「これで、大丈夫なんでしょうか……」
「それはなんとも。このあとどうなるかなあ」
「画像編集なんかで幽霊が騙されてくれるのかね」
「それも込みでの『それはなんとも』だ」
「………」
 Sさんは無言で画像を見つめている。自分のいなくなった心霊写真を。
「ごめんね、Sさん。気休めみたいな感じになっちゃったんだけど……」
 気休めすら言わない吊坂の代わりに謝ると、意外にもSさんは安心した様子で笑った。
「……いえ、すごく気が楽になりました。ありがとうございます」
 不安の種が眼には見えなくなったからだろうか、お礼を言ってくれる顔に嘘はなさそうだった。
 吊坂ものんびりと頷いている。呪いを肩代わりした直後の人間とは思えない。
「その後の様子、聞かせてくださいね。坂月経由でいいので」
「はい……ありがとうございます」
 気が楽になったというのは本当のようで、Sさんはいきいきと謝礼の話を始めた。吊坂は「話がそれなりに気に入ったから必要ない」と言ったのだが、結局、長方形の立派な紙の入っていそうな封筒を受け取らされていた。
 それで禊は済んだとばかりに、Sさんが立ち上がる。
「本当に、ありがとうございました」
 まだ何も結果は出ていないのに、すっかり解決した気でいるようだ。せめて明日の朝を無事に迎えるまでは警戒していたほうがいいのではないかと勝手に心配してしまう。
 一方、ずれている吊坂は、その辺りの心配はあまりしていないらしい。
「いえいえ。ただ、次からは気をつけたほうがいいですよ」
「あはは、もう心霊スポットなんか行かないですよ」
「じゃなくて」
 苦笑するSさんに、吊坂はゆるりと首を振った。
「切り取ったとことか貼りつけたとこの、きわの部分。もうちょっとちゃんと馴染ませないと。見慣れた人間が見たらすぐ、ばれちゃいます」

 あなたが、自分の腕から友人たちの腕に、「指」をペーストしてたこと。

「——……」
 思わずSさんの顔を見ると、みるみる青ざめていくところだった。

(持ってけ)もってけ(盛ってけ)