完全に順番が間違ってる気がしたけど、2回も抱きしめられた後に俺は舞宮とLINEを交換した。舞宮はLINEを下の名前で登録してて、プロフィール画面に「直人」の二文字が表示された時は一瞬誰かと驚いた。全国の直人さんには申し訳ないけどあいつ案外普通の名前だな。勝手にもっといかにもイケメン!って感じの「蓮」とか「麗」とか派手な名前を想像していたけど、落ち着いた舞宮に素朴な雰囲気を持つ名前は結構しっくりくる。俺は今ハマってるゆるキャラが「よろちく!」って喋ってるスタンプを送ったんだけど、舞宮から返ってきたのは「アイコンかわいい」だった。スタンプを見ろよ。
自分のアイコンを見ると胸がぎゅっとなった。アイコンにしているのはいつか志帆と学校帰りにおふざけで撮ったプリクラで、志帆とお揃いで設定してるやつだ。「こんなんアイコンにしててお前と付き合ってると思われたら泣くわ〜」とか言いつつ、俺はいつか志帆と本当に付き合うことになって、アイコンが志帆が俺のほっぺたに照れくさそうにキスしてるプリクラに代わるのを妄想していたのだった。学食でラーメンの前で固まってしまった志帆を思い出すと胃のなかに重いものが落ちた。志帆はずっと前から、舞宮とLINE交換したかっただろうに。
「志帆と撮ったやつ」
「志帆ちゃんと仲良いね」
「まあ1年の頃から一緒だし」
「俺も1年の頃から鈴城のこと知っときたかった」
急なボディブローが飛んできた気がしてスマホを投げそうになる。舞宮が言ってるのはもっと早く仲良くなりたかったの意?それとも1年の時から後ろの席で俺をケージに入れたハムちゃんみたい潰したい〜って思いたかったの意?返事に困っていると舞宮は間髪入れずにメッセージを送ってきた。
「涼太って呼んでいい?」
俺はLINEの名前を苗字で設定しているので、俺が教えずとも舞宮は俺の下の名前を知っていたことになる。そんな些細なことで舞宮って本当に俺に興味あるんだなとしみじみしてしまう。
「うん」
「俺も直人でいいよ」
「じゃ、直人」
もう一度「よろちく!」スタンプを送ると舞宮改め直人から返ってきたのは「明日昼飯一緒に食わない?」というお誘いだった。
第二回直人から抱きしめられ事件が起こったのは屋上だったので、屋上に上がってくるだけでなんとなくそわそわしてしまう。俺は母さんが作ってくれる弁当だけじゃいつも夕方には腹が減って死にそうになるから購買で焼きそばパンと紙パックのオレンジジュースまで買ってきたけど、今日はそこまで食べられる気がしなかった。直人のビニール袋からうっすら透けて見えるのは購買で売ってる紙パックのミルクティーとメロンパンで、こいつ女子みたいな昼飯食うんだなと思った。屋上で昼飯を食べた後にそのまま遊び回っている生徒は結構いるから、昼休みは比較的騒がしい。この前みたいに静まり返って2人きり、という訳じゃないのでまだ気は楽だけど、やっぱりいつもより昼飯が喉を通りにくかった。直人はミルクティーをめんどくさそうにすすりながらずっと俺の方を見ている。
「…食いにくいんですけど」
「ごめん。よく食うなと思って」
よく食うなって、今日は直人にじろじろ見られているせいで変な力が入っていつもの半分も食べられてない。
「まい…直人は全然食わないね。少食?」
「いや別に。ていうか緊張してあんま食えない」
まさか緊張してるとは思っていなくて、俺は直人を二度見する。緊張ってどのへんが。いつも通り余裕綽々舞宮様に見えますけど。でも言われてみれば直人はミルクティーをしょうがなく啜るだけでメロンパンは袋を開けてすらいない。
「ま…直人も緊張するとかあるんだね」
「そのいちいち言いかけて直すのやめてくれない」
直人はストローを口から放してにやっと笑った。
「早く慣れて」
緊張してるとか言うくせに、直人は右手を伸ばしてきて俺の頬をむにむに摘んだ。すらっと長い直人の指が俺の頬にめり込む感覚は、肩こりがひどい時に受けてるマッサージみたいにちょっと痛気持ちいい感じ。なんて言っていいか分からなくて直人の好きにさせてたら、調子に乗って左手まで伸ばしてきて無言の頬むにむにタイムが始まった。最初はおふざけ程度に始めたらしい直人は、だんだんろくろを回す職人みたいに真剣な目つきになってきて、まるで俺の頬をこね続けてこれまでにない最高傑作の頬を作り出そうとしてるようだ。
「ひゃめて」
「なんかえろい」
「はあ!?」
びっくりして飛び退いたら直人は慌てて「ごめん」と謝った。罠を張ってもう少しで捕まえられそうだった小鳥を逃しちゃいましたみたいな残念そうな顔。
「人のほっぺたで発情すんな」
「そっちだってほっぺたつねられて気持ちよさそうな顔してただろ」
昼休みの屋上で、女の子みんなの憧れ麗しの舞宮様と俺がエロ漫画の導入みたいな会話をしてるこのシュールなシチュエーション。屋上だというのに構わずバドミントンを持ち込んで遊んでいる奴らの「おーいそっち飛ばすなって」という声が、遠い世界から響いてくるように聞こえる。俺もほんのついこの前まであっち側で、何も考えずに舞宮様はモテるぜちくしょー俺も彼女欲しいぜえ〜とか言いながら友達とふざけあったり志帆と爆笑しすぎて腹筋痛くなったりしてたのに。俺は今直人の圧倒的存在感に飲み込まれて小さくなり、頬をむにむにされただけで身動きが取れないくらいおぼつかない存在になっている。そう考えると俺の現状を静かに、しかし確実にぐちゃぐちゃにした直人にむかついて、ちょっと泣きそうになってきた。
「ごめん、変なこと言った。忘れて」
忘れてったって言ったことは取り消せないし、お前は俺の頬つねりながら俺をエロいと思ってたんですよね。俺は意識するもんかと歯を食いしばって耐えるほど、いっそう直人に頭を侵食されていく気がする。指先というほんのわずかな面積から伝わった熱で俺の内部の何かが焼かれて、ゆっくり形を変えていく。目の前にいるのは捕食者。侵入者。異端者。
「俺をどうしたいの」
口をついて出た言葉は、本当にエロ漫画のセリフみたいで自分で笑いそうになってしまった。返事を待つ間が永遠にも感じられそうなこの瞬間、俺は自分の意思で引き返せない境界線を踏み越えようとしている。
「いじめたい」
永遠に感じられた時間はたったの数秒以下だった。
「壁際とか、狭いとこに追い詰めて可愛がりたい。涼太を見てると俺、自分が制御の効かない野生動物になっていく感じがする」
まっすぐな視線の下に宿る暗い光、女子の噂話が頭の中でこだまする。お仕置きくん、優しそうなふりして隠れドS、舞宮みたいなイケメンにいじめられたい。
違ったんだ。直人はいかにもいじめられたい、お仕置きされたいって妖しい香りを放ちながら寄ってくる綺麗なちょうちょとかには興味がないんだ。
直人が欲しいのはすぐそばに潜む危険な欲望にまったく気づいてないのんきな動物。生存競争で必死に戦うけど空回りするような危機感のないアホ。つまり俺。

