休み時間になると同時に、舞宮は俺の腕を引っ張って屋上というこれまた典型的な場所に俺を連れて行った。舞宮の手は跡が残るんじゃないかってくらい俺の腕を強く掴んでいて、頭の処理速度が追いついていなかった俺は引きずられて散歩に行く犬みたいについて行く。
10分休憩にわざわざ屋上まで上がってくる奴は誰もいない。俺に向き直った舞宮は、改めて見るとやっぱり俺より頭一つデカかった。俺は小さい方じゃないのに舞宮と並ぶと身長がいつもより5センチくらい縮んだような気分になる。舞宮は俺を掴んでいた手をそっと剥がした。
「なんで急に気づいたの?一生バレないと思った。鈴城、バカだから」
この後に及んで俺をバカ呼ばわりしやがる。一体俺のどの辺がバカなんだちょっと英語以外の授業居眠りしてるだけだろが、と心の中で異議を唱えつつ「志帆に聞いた」とぼそっと答えた。
「志帆が、舞宮は俺のことずっと見てるって」
「志帆ちゃんが?あー…」
舞宮は外国人みたいに目をくるっと回した。
「志帆ちゃん、俺のこといつも見てるもんね」
「そういうの気づくんだ」
「じーっと見られてたら誰だって普通気づくんじゃない?でも鈴城は」
舞宮が俺ににじり寄ってくる。威圧感。俺の心境はさながら追い詰められた小動物。舞宮は手足の長い、神話に出てきそうな巨大な幻獣。
「2年になって同じクラスになった時からずっと見てるのに全然気づいてなくて…だから多分、鈍感でアホなんだろうなとは思ってた」
「アホって言うな!」
俺がムキになって言い返すと舞宮は笑った。教室で友達と喋ってる時の穏やかな笑いじゃなくて、からかうような面白がるような、なんとなく上から目線の笑い。
「なんで俺のこと見てたの」
舞宮は右手を俺の方にそっと差し出して、俺の頬を撫でた。そこはちょうどニキビができてる場所だった。
「顔が綺麗だから」
「え」
「ちょっと吉沢亮に似てる」
うちの母さんと同じこと言っとる!俺のこと8割増しに見えてる!びっくりして目を剥くと舞宮はそれがまたツボに入ったみたいでゲラゲラ笑い出した。
「調子乗らないで。3日間お湯につけてふやかした吉沢亮って感じだから」
「それはもはや別人だろ!」
「とにかく、最初は顔が綺麗だなと思って見てたんだけど」
舞宮は俺の頬をむにっとつまむ。にぎにぎしているうちにだんだん指先に力がこもってきて、俺はスクイーズじゃないんだからと思う。
「しょっちゅう授業中に爆睡したり、女子に軽くあしらわれたり、元気にから回ってる感じが…なんかたまんなくなってきて」
むにっ!舞宮はもう片方の手も使って俺の頬を引っ張る。
「一生懸命に何かしてるとこ、つついてからかってみたいなってずっと思ってた。そしたらこの前生物の時に当てられた時、爆睡してたから当然何もわかってなくておろおろしてて、それで俺の中の何かが爆発した」
いつもの舞宮とは比べ物にならないくらい饒舌だ。
「思い切ってシャーペンでつついてみたらこっち向いた時のあの顔。あれでもう、落ちた。ケージの中のハムスターみたいな顔してて、あれ見たら俺もう駄目だった」
遠くでチャイムが鳴っている。
「知ってる?ライオンとか大きい動物って、小さい動物を可愛い可愛いって愛でてるうちに力が強すぎて潰しちゃうことがあるんだって。俺、鈴城を見てる時の気持ちがまさにそんな感じ」
この前俺が舞宮に後ろから抱きしめられながら「日向ぼっこみたい〜」とかのん気なことを考えている間、舞宮は俺を「潰したい」と思っていたのだ。なんという恐ろしい後ろの席の捕食者。俺はドン引きして「この変態俺に近寄るなー!」と屋上から飛び出して行ってもいいはずなのに、足が動かなかった。舞宮の後ろ暗い欲望と、俺がもう1回舞宮に抱きしめられてみたいという欲望は、今天秤の上で均衡を保っている。
「…舞宮、やばい奴だって言われない?」
「言われない。こんなこと、鈴城以外に思ったことないし、言ったことない」
舞宮が俺にだけにおかしな欲望を向けていると知って、後ろから抱きしめられたあの時と同じ甘いしびれが俺を襲った。お前のことが好きだから付き合ってほしいとかではなかったけど、今の舞宮の告白は愛の告白に限りなく近かった。
「そうなんだ…」
「引いた?」
舞宮は眉を下げて俺を問い詰める。こんな時だけ捨てられた子犬みたいにかわい子ぶって、整った顔立ちのせいであざとい表情も様になるのが腹立たしい。だけどいつもより余裕のない舞宮は、じっくり焼けていくトーストみたいな色気がある。俺がゆっくり首を横に振ると、舞宮はいつもみたいな優雅な動きで俺の腰に手を回し、そのまま正面から抱きしめた。俺の両手はどうしていいか分からずうろうろした挙句、ようやく舞宮の背中に落ち着いた。肩に落ちる舞宮の頭の重み、あの時と同じ柔軟剤の匂い。狙われてると同時に守られている、矛盾したふたつが一緒にいる時にだけ起きるあの甘いしびれ。
「引いてない」
俺の返事で舞宮が俺の首に頬をすり寄せてきた。

