「鈴城、昨日お仕置きくんと相合傘して帰ってただろ!」
休み時間、後ろから志帆にどつかれた。俺は前につんのめりながら腕力ゴリラめとか余計な一言をつけくわえたせいでもう一発どつかれる。志帆は1年の時に同じクラスで仲良くなった。女子とはよく喋るけど、志帆は特にくだらない軽口も交わせるし話していて楽しい。志帆は2年生になってから黒かったロングヘアをチョコレートみたいな茶色に染めて、それがなんとも似合っていて可愛かった。
「まだその変なあだ名で呼んでんのかよ」
「いいなー。何話した?」
志帆は俺とは姉弟かよってくらいリラックスして喋るのに、舞宮とは緊張して話せないらしかった。志帆のまん丸い目は舞宮への憧れで満ちていて、俺はちょっと切なくなる。志帆も他の女子たちも、俺たち平凡な男子がどんなに面白いことを言って気を引こうと頑張っても結局は落ち着いていて大人っぽい舞宮に磁石みたいに引き寄せられてしまうのだ。
「別に大したことは話してないけど…でもなんかあいつ、ちょっと嫌な奴かも」
「なんで?舞宮、絶対優しいじゃん。優しいオーラが出てる」
優しく見えるのは、舞宮が笑う時にちょっと眉が困ったように下がるからじゃないかな。それと単に、志帆が舞宮を色眼鏡で見てるから優しく見えるだけ。俺はどうも舞宮が、あの大人しい態度の裏に何かを隠し持ってる気がしてならない。
「いや、女子に『は』優しいかもしれんけど。あいつ昨日俺が軽く女の子紹介してって言ったらなんつったと思う?『鈴城には無理かも』だって。余裕なさすぎだろ」
志帆がほえ〜と風船から空気が抜けたみたいな声を出す。
「…ライバル認定されてんじゃない?お仕置き舞宮様に」
「はあ?」
「鈴城、顔はまあ悪くないから。舞宮様、狙ってる子が鈴城に取られたら嫌なんじゃないの」
それ私だったらどうしよ〜と志帆は壊れたこまみたいにくるくる回りながら俺から離れて行った。俺は窓ガラスに映った自分の顔をしげしげと眺めてみる。目は確かにくっきり二重だけど、それ以外はこれといった特徴のある顔には思えなかった。母さんは機嫌がいいとリビングのソファでだらだらゲームしてる俺に「あっ!吉沢亮がいる!」とか言うけど、あれは自分の息子だから8割り増しに見えてるだけで、俺の顔のどこを探しても顔のパーツが同じなところ以外、吉沢亮との共通点は見当たらない。
「鏡探してるならトイレにあるよ」
びっくりして振り向くと舞宮が立っていた。窓をまじまじ見ていた俺が相当バカっぽく見えたのか、笑いを堪えるように下唇を噛んでいる。
「いや、いい。もう終わった」
我ながら変な返しをしたと思ったけどそれが舞宮のツボに入ったらしく、舞宮は顔を背けて吹き出した。
「笑いすぎだろ…」
「ごめん。今の鈴城、すっごいバカっぽくて」
「バカって言うな!」
改めて考えてみると、舞宮が爆笑しているところを見るのはこれが初めてかもしれない。俺はいつも遠くから見る、みんなに付き合ってうっすら口の端を上げる控えめな舞宮の笑顔しか知らなかった。
「何してたの」
舞宮が俺の方に一歩進んで距離を縮めてきた。傘に一緒に入ったぶりに(と言っても、あれはまだ昨日のことなんだけど)近くで舞宮のことを見て、俺は舞宮がなんでモテるのかちょっとわかった気がした。イケメンだから、とかではなくて。舞宮が近くにいると、急に空気がゆっくりになるのだ。
俺も含めて高校生ってぐらぐらしてて、みんなクラスの中で自分の立ち位置を確保するのに必死だ。陰キャ陽キャ、部活やってる勉強できる、彼氏彼女いるいないバズるバズらないかくかくしかじか、誰かに何かをアピールしてないと存在が消えていく気がして、忙しく喋り続けている。舞宮は自分から積極的に何かを話すことはない。大勢に囲まれてあっちこっちから話しかけられているけれどそれを優しく受け流している。
「か、顔見てた」
「自分の?」
そんないつも一歩引いて聞き役に徹している舞宮が、今は俺にやたらと興味を持っているみたいに詰め寄ってくる。俺が窓に映った自分の顔を見ていた、たったそれだけのことが異様に気になるみたいに。
俺は再び窓ガラスに体ごと向けて、舞宮の視線を避けようとした。日差しが窓ガラスにひび割れみたいに入っていて、その隙間に俺と舞宮の顔が反射している。窓ガラス越しに舞宮と目が合った。舞宮は俺の肩に顎を乗せたので、驚いて俺の体がびくりと跳ねる。背中に感じる体温は暖かく、肩に感じる重みが心地いい。柔軟剤のいい匂いがする。こいつは香水とかはつけないタイプなんだ。窓から差し込む日差しと舞宮の体温が相まって、俺は日向ぼっこをしている猫みたいに安心した気分になった。女子たちの言う「舞宮様の高校生らしからぬ色気」の正体が今こそ分かった気がした。女子の目を釘付けにしたり、男子が舞宮に話しかけたくなるのは、舞宮が内側から放つ静けさのせいだ。水面に石を投げこんだ時表面に波紋が広がっていくのを見るのが気持ちいいみたいに、舞宮がそばにいると自分の中の力んでいる何かがやわらかく解けていく。
舞宮は後ろから俺の腰に両腕をゆっくり絡めた。遠くから眺めている時と変わらないその穏やかでゆっくりした動きは、「近くね?」「そういうことするキャラだったんだな」と笑いを取ろうとした俺の舌を甘いしびれでもつれさせる。
「舞宮ぁ」
後ろから誰かが声をかけてきて、舞宮は俺の肩から顔を上げて振り返る。両腕が俺の腰に絡まったままだった。
「なにいちゃついとん、お前ら」
「カイロ代わりにしてた。鈴城、あったかくて」
いや今日気温25度超えてますけど、と突っ込まれたのを無視して舞宮はなんでもなかったように俺から腕を解くと巣に戻る鳩みたいに仲間の元へ帰って行った。取り残された俺は、さっきのあの瞬間バカみたいに舞宮に身を預け切っていたことを思い出して頬が焼け焦げそうだった。
やっぱあいつ変だろ。
あいつにもたれかかってた俺も変だけど。

