朝はここら一帯を砂漠にする勢いで晴れていたのに、下校時刻には土砂降りになっていた。俺は天気予報なんて見ないし折り畳み傘も持つ習慣がないし、でも濡れて帰ると母さんにあんたそれ誰が洗濯すると思ってんのとぐだぐだ文句言われるし、いろいろ考えながら下駄箱でぐずぐずしていたら、舞宮が声をかけてきた。
「傘ないの?」
「うん」
「天気予報だと夜中まで止まないらしいけど」
「げー」
舞宮は当たり前のように天気予報をチェックして折り畳み傘も持ち歩くタイプらしい。右手に黒い折り畳み傘を持っていて、いつでも帰る準備万端といったご様子だ。やっぱり今どき男でもガサツなのよりマメなのがモテるんだろうなーちくしょーと舞宮の折り畳み傘を恨めしげに見ていたら「入ってく?」と誘われた。
「いいの?」
「うん。家、どっち方面?駅まで入れてくよ」
「やっほー。ありがとう!」
舞宮がばさっと傘を広げて俺を中に引き入れる。舞宮と相合傘、昼間舞宮を「お仕置きくん」と評してきゃっきゃしていた志帆たちが鼻血出して羨ましがりそうなシチュエーションだ。とはいえいざ舞宮と2人きりになると話すことは特になかった。俺はどのグループの奴とも気楽に話せるけどそれは相手も俺と同じくぺらぺら喋るやつの場合に限りで、舞宮みたいに物静かなのに華やかグループ所属みたいな変種相手だとどう振る舞っていいか分からず困ってしまう。
「舞宮、今日部活ないの?」
「帰宅部だから」
「そうなんだ。俺も部活は入ってない」
間を持たせるための会話はすぐに途切れてしまい、傘の下に気まずい沈黙が降りる。ていうか傘に入って帰れって言ったのそっちなんだから気を利かせて何か喋ってくれ〜と理不尽にも心の中で八つ当たりしてしまう。舞宮は一応、雨で困っている俺を見かねて傘に入れてくれたのに。
「あ、そうだ」
会話の糸口を掴むために今日学校で起きたことを頭の中で反芻していたら、昼間の志帆たちの話を思い出した。
「舞宮って彼女いるの?」
「なんで?」
「女子たちが気にしてた。あいつらの予想では舞宮は彼女他校に掛け持ちしてるって」
「あはは、ないない」
舞宮は傘が揺れるくらい、意外なほど大きな声で否定した。
「他校じゃなくてうちの学校にいるってこと?」
「いないって。鈴城は?」
「へー意外…いや、俺もいないんだけどさ」
「まじで?」
舞宮が普段のゆっくりした勢いと比べるとかなり速く俺の方を振り向いたので傘から溢れた雨粒が俺の顔にかかった。舞宮の目は変な好奇心でいろめいて、右肩が雨で濡れている。購買で残りあと一個の焼きそばパンを取り合ってるみたいな勢いだった。こんなに食いついてくるほど恋バナに飢えてるなんて、死ぬほどモテるくせにこいつ何?
「まじで言ってんの?鈴城、めちゃくちゃモテるだろ?」
「いや全然」
「ちょっと前まで明里ちゃんと付き合ってたじゃん」
1年生の頃付き合っていた明里とはなんとなく彼氏彼女じゃなくてもいいよね、と円満な別れ方をして以来今はいい友達だった。まさか舞宮がそれを知ってるとは思わなかったけど。
「まあな、でも明里以来なにもないよ。今は絶賛彼女募集中。可愛い子いたら紹介してね」
あえて親しみのある雰囲気を演出すべく舞宮の肩を気軽にばしばし叩くと、嫌味なくらいがっしりしてる筋肉の感触が手のひらに返ってきてむかついた。帰宅部のくせにちゃっかり体を鍛えてるところも、俺が明里と付き合ってたことを知ってる上に仮にも他人の元彼女をちゃん付けで呼んでいるところも、全部モテる男の余裕って感じで鼻につく。そして雨の音に紛れて返ってきた舞宮の返事は、さらに俺の神経を逆撫でした。
「うーん、鈴城にはちょっと紹介できないかも」
困ったように下がる舞宮のととのった眉毛。俺が返事に困っているといつの間にか駅に着いていて、舞宮は「じゃあバイバイ」と足早に立ち去ってしまった。
ちょっと笑えばその場で彼女同時に3人くらいできそうな舞宮が、俺に女の子の1人も紹介できないほど飢えてる奴だなんて知らなかった。あいつ、見た目に反して女に汚い!

