翌朝学校に行ったら直人は席に来た俺の頭を撫でて「おはよ」と笑った。いつも直人にくっついてて、直人に憧れて前髪を左側にさらっと流してる(けど直人みたいに似合ってない)市姫が「いちゃついちゃって〜!羨ましいなあ!」と体をくねらせてふざけている。好きだ!付き合おう!みたいな正統派の告白はなかったけど、直人と俺の間に新しい関係性ができたのは確かだ。市姫が見ているのに直人は俺に手を伸ばして頬をむにむにしてきて、これから人前でもこれやる気かと思うとちょっと嬉し恥ずかしになってしまう。
でも浮かれっぱなしになってる場合じゃなかった。俺は志帆とはちゃんと話しておきたかった。
「志帆」
廊下で1人歩いていたところに声をかけると、志帆はおそるおそる振り向いた。いつも女子同士できゃっきゃ笑ってるのが嘘みたいに、志帆はすっかりしぼんでいた。俺に向けてくる笑顔も捻り出したような笑顔で、俺は心がひりひりする。
「久しぶり、鈴城。元気?昨日のLINEぶりー」
「あのさ、志帆にはちゃんと言わなきゃと思って」
昨日の直人の「涼太と話せなくなるのは嫌」という容赦ないまっすぐさを思い出す。俺は志帆を裏切り続けながら直人と仲良くするなんて器用なことはできないし、かと言って志帆のために直人と距離をとるのも嫌だ。虫がよすぎる話かもしれないけど、俺は直人も志帆もそれぞれ大事で、どっちかを切り捨てるなんて悲しすぎる。
ちゃんと言わないと。でもちゃんと言うってなんて言うんだ。そもそも舞宮が隠れドSっぽいキャー!と言っていたのは志帆だっけ。さすが志帆、見る目がある。直人はとんでもないものを完璧に隠す名人なのに。
「えーと、前に志帆がなお…舞宮にいじめられたいって言ってたじゃん」
「うわ。改めて別の人の口から聞くとヤバい」
「うん…ヤバい。でもさ、俺最近その気持ちちょっとわかるようになってきて、舞宮と一緒にいたらだんだんこう、ああ志帆の言ってたいじめられたいってこういうことかって」
「うん。聞いてるよ」
志帆の目は真剣で、俺に妥協を許さない。始めたんだから全部言え。そんな感じ。改めて志帆の直人への本気度に萎縮しそうになったけど、なんとかして伝えないとお互い永遠に消化不良のままだ。
「で、舞宮…直人も俺をいじめたいんだって。俺をむにむにしたりつんつんしたりするのが好きなんだって」
「つまり鈴城と舞宮は両思いってこと?」
両思い。そういう形に流し込むには俺と直人はちょっといびつすぎる。でも一番近い表現なのはそれの気がして、静かに頷いた。
「ごめん、志帆。志帆はずっと直人のこと好きだったんだよな」
「アホ鈴城。わざわざそんなこと言いにくるところがまじでアホ」
「アホだと思う、でも俺、志帆とは友達でいたい!」
思ったより大きな声が出て通りかかった生徒がなんだカップルの痴話喧嘩か?みたいな目で見ていく。
「またプリクラ撮ろうぜ!」
志帆は目をまん丸にしてから吹き出した。お腹を抱えて笑っている。俺もつられて笑ってしまった。俺は志帆が爆笑する時に、目をぎゅっとつむるのが好きだったっけ。
「舞宮様と撮れ!」
志帆はくるりと背を向けると、歩いて行ってしまった。志帆は廊下を曲がる時、俺に向かって「舞宮様を泣かせたら許さねーぞ!!」とデカい声で叫んだ。志帆の背中は映画で名シーン演じた後のハリウッド俳優並みにたくましくて、俺はちょっと笑ってしまう。俺がたくさんいる女の子の中から特別志帆と仲良くなったのは、志帆のああいうところが好きだからだった。
放課後、直人に誘われて公園に行ったら直人はオレンジジュースを2本持ってきていて、1本俺にくれた。
初めて一緒に昼飯食った時に俺がオレンジジュース飲んでたのを覚えてて買ってきてくれたらしい。
こういう気配りを押し付けがましくなくできるところがやっぱりさすがだ。ベンチで座ってしょうもない話をぽつぽつしてる流れで志帆のことを打ち明けた。
「志帆ちゃんに『俺は舞宮にむにむにされたいんだ!』って宣言したってことでしょ。わざわざそんなこと言う奴いる?マジで面白すぎ!」
俺としてはちょっと切ない感じで話したつもりだったのに直人が涙を流して爆笑してるのでむかついて肩をどついた。でもその勢いのまま肩にもたれかかる。
俺、ずっとこうしてみたかったんだよな。初めて窓際で抱きしめられた時からずっと。
相変わらず直人の周りの空気はゆっくり静かに流れていて、黙っているとお互いの心臓の音まで聞こえそうだ。首を預けたまま目だけ動かして直人を見ると、スイッチを切り替えたみたいにさっきまでの優しい目は後ろに引っ込んで、代わりに危険な切望がこっちを見ている。獲物に飛びつく前に体を低くさせ、タイミングを見計らっているような例の目だ。
食べられる前の動物って案外、身も心も預け切ってるのかもしれないな。
もう終わりだ逃げられないという絶望に、やっと捕まえてもらえるという安心感が勝っている。
おとなしく降参しますよ、お仕置き舞宮様。
直人の右手が俺の頬に伸びてきた。

