お仕置き舞宮くん


 「やっぱさ、お仕置きくんじゃない?」

楽しそうに騒ぐ女子たちの群れから物騒な言葉が飛び出してきて俺は耳を疑った。
面白そうなことには何にでも首を突っ込みたいタイプの俺は、高校生っていう微妙に男女の距離が照れくさい年頃でも女子たちの輪の中にわりと気楽に入って行ける。

「なにそれ、呼び込みくんの亜種?」
「てめー鈴城(すずしろ)、勝手に聞くなし」

俺と仲のいい、彼女たちの中で代表格の志帆(しほ)が俺の肩をばしばし叩いてきてちょっとときめく。可愛い声で笑う女の子に気安く肩を叩かれるのは嫌いじゃない。こんな軽薄なふれあいから恋に落ちて、成立したカップルはクラスにもたくさんいる。高校1生年の頃に付き合っていた彼女と別れてから浮いた話のひとつもなく2年生になった今、俺はさりげない会話の中からあわよくば恋が芽生えて今年中に彼女の1人や2人できないかなあと期待していた。自分で鏡を見てみてもあまりピンと来ないけど、女子たちからは「そこそこ」「まあアリよりのアリ」と悪くない評価は貰ってる。

「いいじゃん。何だよその、お仕置きくんて」
「えー。えへへ」

女子同士で目配せしてから、志帆が俺に顔を近づけそっと囁いた。

舞宮(まいみや)だよ」

同じクラスの舞宮は、席が俺の後ろだったけど特別意識して話したことはなかった。プリント回して、はい終わり、程度。舞宮はいつもクラスの華やかな一軍グループの中にいるのに口数が少なくて、ぎゃーぎゃーニワトリみたいに賑やかな仲間たちの中で物静かなのがかえって目立つ。体力と元気が有り余ってて1秒でも速く動きたい男子たちの中で、長い手足を持て余すようにゆったりと動く姿は、どんな派手な男子よりも女子の視線を欲しいままにしていた。

「は?なんで舞宮が?」
「あのねー」
「お仕置きされるなら、舞宮だよね、って」

意味が分からない。が、翻訳すると「大人しいけど隠れドSっぽいのがたまんない」らしい。女子って不可解な言語で話す生き物だ。

「意味わかんねー。なに、舞宮にいじめられたいってこと?」
「わかんないかあ、アホの鈴城には舞宮様の高校生らしからぬ色気が」

志帆を始め手を叩いて笑う女子たちはあっけらかんとしていて可愛らしく、こんな無邪気な生き物からイケメンにいじめられたいなんて変態じみた欲望が出てくることがちょっと恐ろしい。

「あーあ、彼女いるのかな〜」
「他校に掛け持ちしてそうじゃない?」

「聞いて損した」

ケラケラ笑い続ける彼女たちを廊下に残して教室に入ろうとしたその時、噂の「お仕置きくん」とぶつかった。

「あ、悪い」

俺より頭ひとつ背の高いお仕置きくん…舞宮の胸板にちょうど顔がぶつかる形になり、その弾力にひるんでしまう。舞宮は口元だけで微笑むと「こっちこそごめん」といやに時間をかけて道を譲ってくれた。その余裕綽々な態度はなんだか同級生に子ども扱いされているようでなんかむかつく。早足で拗ねるように教室に入った。

チャイムが鳴って授業が始まると、俺はいつも通り10分もしないうちにうとうとし始めた。生物の授業は退屈で即爆睡し始める生徒は俺だけじゃない。先生もそれは分かっていて、時折突然生徒を当てては夢の世界から引っ張り出している。

「鈴城!」

不運にも今日夢の世界から引き摺り出されたのは俺だった。まったく話を聞いていなかった上に、授業と関係ないページを開いた教科書にはよだれの海までできている。

「続き読んで!」

続き読んでと言われたって、気持ちよく熟睡してたんだからどこまで読んだのかそもそも何をやってるのかすら分からない。こりゃ今に立たされて最近の授業態度はうんぬんかんぬんと晒し者にされるコースだぞと頭を抱えていると、後ろからシャーペンの頭が肩甲骨をぐいぐい、と押してきた。

「31ページ、5行目だよ」

舞宮が小声で俺に囁く。低くやわらかな声は、ばか退屈な生物教師と話すスピードが同じくらいにもかかわらず全く眠気を誘わない。窓から差し込む太陽の光のせいで、焦茶色の舞宮の髪は地毛よりもっと明るく見えた。

「サンキュ」

口だけを動かして礼を言うと、舞宮は俺のことを面白がるみたいに笑った。




「さっきはありがと」

チャイムが鳴ると同時に、俺は即座に後ろを振り返って舞宮に声をかけた。舞宮は休み時間が始まるとすぐに仲間に囲まれて姿が見えなくなってしまうので、一刻も早く捕まえないといけない。人気者と喋るのって楽じゃないのだ。

「どういたしまして」

舞宮は笑うと口元が優しくゆるんで顔全体が穏やかな雰囲気になるのだが、細めた目の中にだけはどうも得体の知れない何かが潜んでいる気がして少し怖い。さっき女子たちが「お仕置きくん」なんて呼んでたからそう感じるだけかもしれないけど。

「生物の時間いつも寝てるよね」
「え、バレてた?」
「目の前だから」

机に両肘をつき、首を片側に傾けてリラックスして話す様子は同い年なのに妙に大人びて見える。日に焼けた肌はまったく荒れておらず、俺は最近自分の右頬にできたニキビが急に恥ずかしくなった。

「数学の時も寝てるし、現代文も」

舞宮は指折り数える。

「寝てないのは、英語だけ」

呟くように言ってから舞宮は鼻で笑った。後ろの席だからって、俺が何の授業で起きてて何の授業で寝てるとかこんなに細かく覚えているのは若干きもちわるい。さっき舞宮の目の中に見えた得体の知れないものの正体は、人を監視するほの暗い趣味かもしれない。

「よく見てるね」
「うん。鈴城は目立つから」
「え、俺以外にも寝てるやついっぱいいるじゃん」

「おー舞宮。次移動教室だって、早く行こうぜ!」

舞宮は気だるげに立ち上がると振り向きもせずに仲間たちと連れ立って行ってしまった。