祭りの夜、5年ぶりに再会した幼馴染に思い知らされる話。

なんとなく居場所がない。
さっきの漫画を手にとる。
僕と周也が寝転がっていたベッドは、今はもう冷たくなっていた。
少し迷ってから、また畳の上に座る。

この漫画、周也が好きそうだと思ったんだ。
だから買い始めて。
やっぱりそうだった。
思った通りだった。
……あーあ、悔しいな。
忘れたなんて自分に嘘ついて、もう大丈夫って気持ちをごまかして。
そのくせ、未練たらたらじゃん。
勢いで告白までするなんて。
本当、笑えるよ。
もうすぐ最終回だけど、僕には読めそうにない。
家に帰ったらひもでまとめて、明日には古本屋行きだ。
いつか、また読みたくなったら買い直せばいい。

――ガララ。
周也がお風呂から戻ってきた。
首にかけたタオルで、髪を拭きながら。
やけにいいにおいさせて。
って、俺も同じの使ったんだけど。
ふぁ〜、色っぺぇ……
僕、セクハラおやじみたいな顔つきになってないか?
あ、目が合ってしまった。
やっぱり変な顔していたらしい。
一瞬で赤くなったうなじが、また妙に色っぽい。
僕って普通にキモいな。

周也が近づいてきて、正座になおる。

「なにしてんの?」

「いや、べつに」

僕なりの返事待ちの姿勢なんだけど。
……さて、どうやって切り出そう。

ふと、手になにか持っているのに気づく。
なんだ、ドライヤーか。
周也は部屋で乾かす派だったのか。
真奈美なんか洗面所で使うから、終わるまで誰もお風呂に入れない。
ロングヘアだから、これがまあまあ長い。
周也、気が利くな。
話は髪を乾かしてからにしよう。

僕は足を崩して、また読めない漫画を開く。
周也は隣に立って、ヘッドボードにコンセントを挿した。

「あ、どくよ。ごゆっくり」

「待て待て」

畳に手をついたところで肩をたたかれる。
……なに?
手をおいでおいでして。
こっち来いってことだよな?
よっこいしょ。
全力で走ったから、今さら膝が笑ってる。
おとなしく、周也の正面に立った。

「反対向いて」

「はい」

「座って」

「はい」

ま、要するにさっきと同じ体制だ。
周也が僕の背中を押して、ベッドに座った。
すぐ後ろ。
僕は周也の足の間に、すっぽり収まった。
……なんだ?これ。
ふいに眼鏡が外される。

「周也?」

ブワーーー……
わっ!びっくりした。
ていうか……え、僕の髪、乾かしてくれんの?
どんなサービスだよ。
まあいいか。
こんな機会ないし、素直に甘えておこう。
……周也の手、気持ちいいな。
僕の心臓、ずっとドキドキしてる。
ああ、やっぱり……

「好きだなぁ」

「え?」

「いや、なんでもない」

「え?」

「な、ん、で、も、な、い」

「……そっか」

ブワーーーー……
このドライヤー、無駄にうるさいな。
そのわりに乾くの時間かかりすぎだろ。
さすがに汗かいてきた。
周也の手が、優しすぎるせいだ。

カチッと音がして、一気に静まり返る。
ポタ――ポタ―――
雨だれの音しか聞こえない。
壁の時計を見ると、夜九時を過ぎていた。
祭りは終わり。

「あ、ありがとう」

「……うん」

「次!僕がやってやるよ」

立ち上がって周也に向き直る。
その手からドライヤーを奪ったとき、初めて足の痺れに気づいた。
奪った勢いのまま、背中から倒れそうになる。
ヤバい!
死ぬ死ぬ死ぬ!!
…………?
あれ?
痛くない。
って、これ……
周也の腕が僕の腰に回ってる。
顔が僕の胸にくっついてて……
非難するような目が見上げてきた。

……は?
いや、待て。
助けてくれたのは感謝するとして、これは過剰サービスじゃないか?
追加料金とられる?
ていうか、なんで離れないの?
違う意味で死ぬんだけど。
頭を打って死ぬか、心臓が破裂して死ぬか。
さあ、どっち?

置き場のない手は、宙に浮かせたまま。
ドライヤーだけはしっかり握っておかないと。

周也がため息をついた。
熱いため息。
薄い布を透かして、僕の皮膚に直接届く。
背筋がゾクゾクするのを必死に堪えた。

「拓海さぁ、無防備すぎるんだけど」

「む、無防備?……今のは、事故っていうか」

「俺がどれだけ我慢してるか分かってる?」

「なにを?」

こころなしか腕の力が強くなった気がする。
僕の体の芯に、熱がこもる。
呼吸が浅くなった僕の動きに合わせて、周也の頭が規則的に揺らめいた。
ああ、やっぱり社会的に死ぬしかないのかもしれない。

「平気で脱ぐし、誘いにホイホイ乗って、ベッドに上がるし」

「はぁ……」

「俺の告白、気持ち悪くて逃げたんだと思ったら、好きとか言ってくるしさぁ」

「え?告白?」

「Tシャツは透けてるし、目の前でパンツ履くし、髪触られて気持ちよさそうな顔するし」

「………ちょっ!」

「もしかして、俺のこと試してる?」

「ちょちょちょっと待って!告白って?」

グッと肩を押すと、少し腕の力が緩む。
唇をとがらせた周也の目が、熱っぽく歪んでいて。
この顔って、なんだか、僕みたい……?
なんとなくだけど……

「机の上の箱、とって」

ようやく周也が離れた。
うわ、すげー汗かいてる。
恥ずかしすぎるんだけど。

Tシャツの前をパタパタしながら、机に手を伸ばす。
リボンのついた小箱。
彼女からもらったと予想して、僕の胸を痛くさせたやつ。
赤くなった周也の顔を思い出す。
ちょんちょんと指先でつついてから、持ち上げた。
意外と軽い。
中身は空か?
ふいに影が差した。

「開けてみて」

背中から聞こえた低い声に、肩が跳ねる。
ち、近い。
周也の距離感がバグりちらかしてる。
僕の手、震えちゃってるんだけど。
モタモタしていると、後ろから周也の手が重なった。
その手も小さく震えていて……
僕と同じ……?

「え……?これって……?」

嘘!
レアキャラじゃん!
あのころ集めていたカードゲームの。
表面に色とりどりのキラキラ加工がされていて、もはやギラギラって感じの。
あれだけお小遣いつぎこんでも、とうとうお目にかかれなかった幻の。

「祭りから一週間くらいだったかな。やっと当てたんだ。どうしても拓海にあげたくて。……これが俺の作戦その二だったんだけど」

「……さく、せん?」

「そ。作戦その一は失敗したから。それなのに拓海、急によそよそしくなって。俺、振られたんだと思った。でも、どうしても捨てられなくて……」

「ちょっ!待て待て待て!」

情報が処理しきれない。
作戦その二がこのカード。
周也がどうしても僕にくれたかった。
作戦その一はあれだよな?
『好きな子振り向かせたくて、小学生なりに考えた作戦だった』
ん?つまり?
どっちも対象が僕なんだとしたら……?

「え?周也って、僕のこと好きなの?」

「今さらそれ聞く?」

「……ねぇ、そっち向いてもいい?」

「……だめ」

だめって、そんなの聞くわけないだろ。
動こうとする僕の気配に、周也の手が離れた。
その手の先を追うように振り返る。
顔、赤……
耳も、首も、口を押さえている手も。
僕からそらすように泳ぐ視線も。
周也のそんな顔、初めて見た。

「ていうか、作戦の話したときに気づかなかった?」

「気づくわけないし、好きな子がいたことも、僕に教えてくれなかったことも、ショックだった」

「は?鈍すぎ」

「いや、分かりづれーんだよ!」

ふと、周也の手が僕の頬を包む。
なんつー触り方するんだよ。
まるで壊れものみたいな、大事なものみたいな。
くすぐったい。
絶対、変な顔してる。
でも、周也的にはアリなのかもしれない。
だって、僕を見る周也の目が、僕が周也を見る目と同じ。
その、なんていうか……
とにかく社会的にだめなやつ。
二人きりのときにしか、見せちゃいけないやつ。

「こんなハズいこと、一回しか言わないけど、ずっと拓海のこと好きだよ」

僕の口から息が漏れた。
これ、ヤバい。
無理すぎる。
我慢なんて、できっこない。
息を止めても、あとからあとから溢れてくる。
僕の涙が周也の手を伝って、手首からポタポタと床に落ちた。
あ、ヤバい。
今度は鼻水が……
鼻をずずっとすする。
周也がふっと笑って、拭けと言わんばかりに僕の顔を胸に押しつけた。
心臓の音、ヤバい。
どっちのかなんて分からないけど、たぶんどっちも。
周也のTシャツが、涙か鼻水か?はたまたヨダレか?なんだか分からないものでグチャグチャになった。