祭りの夜、5年ぶりに再会した幼馴染に思い知らされる話。

「俺んちに戻ろう」

「え、でも……」

「このままじゃ風邪引く」

「いや、自分んちに帰るし」

「このカッコウじゃ、一人で帰せない」

周也だって、僕と大差ないと思うけど。
二人して濡れ鼠だ。
自分の姿を見下ろす。
うわ!
周也に借りたTシャツ、重みでずりさがって、鎖骨が丸見えになってる。
白だから濡れてスケスケだし。
僕も周也みたいに黒いTシャツを借りればよかった。
そもそも濡れる予定じゃなかったわけで。
確かにこれじゃ、変質者に間違われそうだ。

「拓海がどうしても嫌なら、家まで送るけど」

肩を掴む手が離れる。
周也は僕に背中を向けた。
このまま家まで送ってもらえば、永遠に逃げられるんじゃないか?
また明日から元通り。
別々の高校に通って、すれ違うこともなくて、たまに見かけると胸を痛めたりして。
そうしていつか忘れていく。
そうすれば、周也ももうそれ以上は追求してこない。
なんでだろう。
そんな気がした。
だったら……僕の選択肢はひとつ。
周也んちに戻る。
忘れたいわけじゃない。
今の目標は、いつか笑い話にすることだから。

方向転換して、一歩踏み出した。
雨の向こうに祭りの明かりが見える。
周也にも伝わったらしい。
黙ったまま、僕の2メートル先を歩く。
チラチラ振り返っては、ちゃんとついてきてるか確認している。
時々、誘導するように僕の方に手を伸ばしてから、雫の垂れる襟足を拭っていた。

こんなにビショビショになってんの、僕たちだけじゃないんだな。
あの茶髪のお兄さんたち。
缶ビール片手に、水たまりを踏んづけてる。
楽しそうな笑い声、ドスのきいた軽口。
僕と周也の距離が、少し縮まった。
あっちのお姉さん方は、パンツが見えそうなくらいスカートをまくって、雑巾絞りしていた。
ヤバいじゃん!
また少し、距離が縮まる。

周也んちに着くころには、雨は弱くなっていて、濡れたアスファルトがテカテカに光っていた。
なんだろう。
濡れ損?
今日は雨を恨んでみたり、感謝してみたり。
目まぐるしい。

周也がドアを開けて、僕に目配せする。
うん、先に入らせてもらうよ。
ポタポタ落ちる水滴、再。
後ろでドアが閉まると、黙ったままでいるのが急にしんどくなる。

「お邪魔しま〜、す」

周也が先に上がる。
僕も遠慮なく廊下を濡らす。

「あのさ……風呂沸いてるから、入ってきて」

「え、俺はいいよ。周也が入ってくれば?」

「うちはそういうルールだから」

「は?どんなルール?」

「いいから!」

強引に背中を押され、脱衣所に押し込まれた。
まあ、勝手知ったるってやつで。
積んであるタオルを一枚引っつかんで、ガラッとドアを開ける。

「周也!」

「わっ!いきなり投げんなよ」

「すぐ出るから、ちゃんと拭いてろ」

「すぐ出なくていいから、ちゃんと温まれ」

笑ってやんよ。
平気な顔して。
だからお前もその顔、僕が出てくるまでにどうにかしろよ。
見てらんないから。

あ〜〜〜温か〜〜〜
日本人に生まれてよかった。
『カポーン』って音がしそうな桶、変わってない。
シャンプーとトリートメントも、昔と一緒。
美奈子おばちゃんのチョイスだ。
こだわりってより、あれこれ迷うのが面倒だとか。
いつもキビキビ。
座ってるのを見たことがないくらい、よく動く人。
今ごろ剛おじちゃんと、祭りの裏方で駆けずり回ってるんだろう。
だから毎年、僕たちは二人だけでいた。
そういえば、よく『うちの息子になればいい』なんて言われてたっけ。
僕だってなりたいよ、できることなら。
胸の奥が酸っぱくなって、ちょっとだけ涙が出た。

「お先どうも」

バスタオルを腰に巻いて、周也の部屋に入る。

「悪ぃんだけど、着替え貸してくんね?」

「……ああ、ごめん。忘れてた」

周也がタンスから、Tシャツとスウェットのズボン、袋に入った新品のパンツを出してきた。
パンツを広げてみると、きゅうりとトマトの絵。
やけに派手。
これ、お前の趣味?
ぶはっと吹き出すと、周也も肩を震わせて笑った。

「髪、濡れてんぞ」

「いつも自然乾燥だから」

「すぐ出るから、待ってて」

「ちゃんと温まれよ」

同じ言葉を周也に返す。

ベッドの脇に座ると、長く息を吐き出した。
もしかして、このままただの幼馴染に戻れる?
そしたらもう、辛い思いをしなくて済む?
淡い期待が浮かぶ。
でも、次の瞬間には頭を降った。
……そんな都合よくできてないんだよな。
僕のポンコツな心は。

周也はモテる。
彼女だってすぐできる。
ある程度の年齢になれば、結婚だって考えるよな。
あいつの子ども、絶対可愛いだろ。

その後ろでなんでもない顔して笑っていられるほど、僕は人間ができてない。
周也の隣にいる誰かを見て、笑って。
『おめでとう』なんて言って。
そんな自分を想像しただけで、僕の柔らかい部分がざらついた。
……無理だ。
だったら、知らない方がいい。
そのためにもちゃんと聞こう。
周也の答えを……
もう逃げるのはやめるんだ。