「あ、えっと、円くんは何か見たいものある?」
乖崎が俺の目を見て微笑んだ。明らかな気遣い、他人向け特有の爽やかな笑顔。
「別に」
「そっかー、特に無いよねー、魚が泳いでるだけだもんね。改めて考えると水族館って変な場所だよね、魚を水槽に入れて展示してる施設がデートスポットみたくなってるのも妙な話っていうか」
こいつの口は止まらないのか?
沈黙を恐れて一人で喋り続けているのだろうか。
そんなに頑張らなくていいのに。
所詮、仲良くもない同士で同じ班になっただけなんだから。
数日前に遡る。
遠足の班決めの時間に、俺は誰とも組もうとしなかった。
普段から仲良くしている奴はいないし、当然のことだった。悲しくもなんともない。俺は同級生の誰のことも好きじゃないから、一人でいい。
ただ、先生のルールでは必ず二人以上で班を作ること、となっていた。めんどくさい話だ。
俺が反抗心を持ちつつ、周りからは惨めな姿に映っているだろうと思いながら、ただ自分の席で時間が過ぎるのに身を任せていると、乖崎に「一人?」と声をかけられた。遠足、二人で行こうって。
乖崎は、いつも一緒にいるやつらとは組まないのだろうか。義務感で可哀想な人間に話しかけたんだろうな。こいつの性格はよく知らないけど。
俺は申し訳なくて、遠足当日は休もうかとも思ったが、それはそれで相手を拒絶したみたいになるだろうかということが気になった。
それで今、俺は乖崎と二人で水族館を見て回っている。
俺は無言で、乖崎だけが喋る状況が続いた。
他のすれ違う生徒たちが友達と遠足を楽しんでいる中、俺たちの間には微妙な空気が漂っていた。
相手は親切心から俺を誘ったんだろうと思うと、どんな態度でいるべきなのか分からなくなる。会話に乗ったら、勘違いしてるやつみたいに思われるんじゃないかとか。
こういう所をいつも捻くれすぎって言われるんだよなあ、と母親の顔が頭に浮かんだ。
「円くんは好きな魚、ある?」
小魚の群れを眺めながら、乖崎が俺に尋ねた。
「え?」
「回転寿司で何食べる? 僕は絶対ラーメン食べるんだけど」
魚じゃないじゃん。寿司ですらないし。という言葉は、仲良くない人間に対しては出てくることができなかった。
「たまご」
俺は一番に思いついた好きな寿司を答えてから、これも魚じゃないなと思う。
「たしかに好きそう!」
乖崎はにこにこ笑った。
軽いな。羨ましい。
コミュニケーションには、これくらいのノリが必要なのかもしれない。
「僕、生魚食べれないんだよね。魚の前でこういうこと言ったらだめかもしれないけど。でも、魚食べるの大好きって話の方が、魚が聞いたら怖いのかなあ」
相変わらず、乖崎はよく喋った。
話の内容が四年生にしては子供っぽいように思えるけど、なんだか落ち着く。
俺は普段、教室で聞こえてくる会話にはざらざらしたものを感じることが多い。だけど今日、乖崎の話を聞いていてそういうざらざらを感じたことが一度もなかった。
乖崎は他のみんなと、ちょっと違うのかも。
そんなことを思った。
遠足が終わって、今日からまたいつもの学校が始まる。
俺はこれまでと同じように教室で一人だったが、つい乖崎のことを観察していた。
乖崎は常に誰かと一緒にいる。
クラスメイトをからかうような話題が、乖崎たちの所から聞こえてくると、俺はなんだか嫌になった。俺が普段ざらざらと感じているのは、そういうものだから。
乖崎も、ああいう集団に普通に混じるんだ。
俺は昨日、初めて同級生に対して少し期待したけれど、結局は乖崎もみんなと同じなんだろう。
それにがっかりしてから、何をがっかりしているんだと思った。
自分が勝手に期待しただけだろ。
学校のことも周りの人間のことも嫌いななかで、乖崎だけはまあまあ嫌いじゃない人間だと思えるかもしれないって期待。
やめよう。
別にみんなのことを嫌いなままだって、平気だ。
掃除の時間。俺の今月の担当は教室だった。
みんなしゃべったりしているから、俺はほぼ一人で机を運んでいる。
そのうちに、掃除がもうすぐ終わることを知らせる音楽が鳴り始めた。
休み時間が削られたら嫌だなと思っていると、がやがやした声とともに、他の掃除場所に行っていたやつらが教室に戻ってきた。
「円くん一人でやってるじゃん!」
乖崎が誰かに言う声。
やめてくれ。
俺は他人から指摘されたことで、惨めな気持ちになった。
「ねー、みんなもやった方がいいよー」
乖崎の声色は無邪気で、本人には悪気なんて全くないんだろうと思う。
「円くんは真面目だね」
乖崎は俺に笑いかけると、机運びを手伝い始めた。
こいつには人助けをしなければという使命感があるのか?
遠足の件もそうだ。
やっぱり、乖崎は他のみんなと完全に同じではない。
こうやって、道徳の教科書のお手本みたいな行動を実践するやつはそうそういない。
「あの、あ、ありがとう」
全部の机を元の位置に戻してから、俺は乖崎にお礼を言った。初めて自分から話した。
「ううん、お疲れ様ー」
乖崎はなんてことないように笑顔を見せる。
結局、俺と乖崎は二人で机運びをやっていた。
乖崎は特にリーダータイプでもないし、みんなが乖崎の後に続くことはなかったから。
というかむしろ、乖崎が声をかけた時、みんな白けていた気がする。
そのせいで俺はずっと落ち着かなかった。
「いつも円くんだけでやってる?」
「まあ大体」
「僕、明日から教室掃除になろうかなあ。理科室は人手が余ってるし、僕なんかいらないもん」
乖崎は理科室担当なのか。
「でも本当にそうしたら怒られそう、じゃーね」
返事に困る俺には構わず、乖崎は友人たちの方へ行ってしまった。
乖崎が俺の目を見て微笑んだ。明らかな気遣い、他人向け特有の爽やかな笑顔。
「別に」
「そっかー、特に無いよねー、魚が泳いでるだけだもんね。改めて考えると水族館って変な場所だよね、魚を水槽に入れて展示してる施設がデートスポットみたくなってるのも妙な話っていうか」
こいつの口は止まらないのか?
沈黙を恐れて一人で喋り続けているのだろうか。
そんなに頑張らなくていいのに。
所詮、仲良くもない同士で同じ班になっただけなんだから。
数日前に遡る。
遠足の班決めの時間に、俺は誰とも組もうとしなかった。
普段から仲良くしている奴はいないし、当然のことだった。悲しくもなんともない。俺は同級生の誰のことも好きじゃないから、一人でいい。
ただ、先生のルールでは必ず二人以上で班を作ること、となっていた。めんどくさい話だ。
俺が反抗心を持ちつつ、周りからは惨めな姿に映っているだろうと思いながら、ただ自分の席で時間が過ぎるのに身を任せていると、乖崎に「一人?」と声をかけられた。遠足、二人で行こうって。
乖崎は、いつも一緒にいるやつらとは組まないのだろうか。義務感で可哀想な人間に話しかけたんだろうな。こいつの性格はよく知らないけど。
俺は申し訳なくて、遠足当日は休もうかとも思ったが、それはそれで相手を拒絶したみたいになるだろうかということが気になった。
それで今、俺は乖崎と二人で水族館を見て回っている。
俺は無言で、乖崎だけが喋る状況が続いた。
他のすれ違う生徒たちが友達と遠足を楽しんでいる中、俺たちの間には微妙な空気が漂っていた。
相手は親切心から俺を誘ったんだろうと思うと、どんな態度でいるべきなのか分からなくなる。会話に乗ったら、勘違いしてるやつみたいに思われるんじゃないかとか。
こういう所をいつも捻くれすぎって言われるんだよなあ、と母親の顔が頭に浮かんだ。
「円くんは好きな魚、ある?」
小魚の群れを眺めながら、乖崎が俺に尋ねた。
「え?」
「回転寿司で何食べる? 僕は絶対ラーメン食べるんだけど」
魚じゃないじゃん。寿司ですらないし。という言葉は、仲良くない人間に対しては出てくることができなかった。
「たまご」
俺は一番に思いついた好きな寿司を答えてから、これも魚じゃないなと思う。
「たしかに好きそう!」
乖崎はにこにこ笑った。
軽いな。羨ましい。
コミュニケーションには、これくらいのノリが必要なのかもしれない。
「僕、生魚食べれないんだよね。魚の前でこういうこと言ったらだめかもしれないけど。でも、魚食べるの大好きって話の方が、魚が聞いたら怖いのかなあ」
相変わらず、乖崎はよく喋った。
話の内容が四年生にしては子供っぽいように思えるけど、なんだか落ち着く。
俺は普段、教室で聞こえてくる会話にはざらざらしたものを感じることが多い。だけど今日、乖崎の話を聞いていてそういうざらざらを感じたことが一度もなかった。
乖崎は他のみんなと、ちょっと違うのかも。
そんなことを思った。
遠足が終わって、今日からまたいつもの学校が始まる。
俺はこれまでと同じように教室で一人だったが、つい乖崎のことを観察していた。
乖崎は常に誰かと一緒にいる。
クラスメイトをからかうような話題が、乖崎たちの所から聞こえてくると、俺はなんだか嫌になった。俺が普段ざらざらと感じているのは、そういうものだから。
乖崎も、ああいう集団に普通に混じるんだ。
俺は昨日、初めて同級生に対して少し期待したけれど、結局は乖崎もみんなと同じなんだろう。
それにがっかりしてから、何をがっかりしているんだと思った。
自分が勝手に期待しただけだろ。
学校のことも周りの人間のことも嫌いななかで、乖崎だけはまあまあ嫌いじゃない人間だと思えるかもしれないって期待。
やめよう。
別にみんなのことを嫌いなままだって、平気だ。
掃除の時間。俺の今月の担当は教室だった。
みんなしゃべったりしているから、俺はほぼ一人で机を運んでいる。
そのうちに、掃除がもうすぐ終わることを知らせる音楽が鳴り始めた。
休み時間が削られたら嫌だなと思っていると、がやがやした声とともに、他の掃除場所に行っていたやつらが教室に戻ってきた。
「円くん一人でやってるじゃん!」
乖崎が誰かに言う声。
やめてくれ。
俺は他人から指摘されたことで、惨めな気持ちになった。
「ねー、みんなもやった方がいいよー」
乖崎の声色は無邪気で、本人には悪気なんて全くないんだろうと思う。
「円くんは真面目だね」
乖崎は俺に笑いかけると、机運びを手伝い始めた。
こいつには人助けをしなければという使命感があるのか?
遠足の件もそうだ。
やっぱり、乖崎は他のみんなと完全に同じではない。
こうやって、道徳の教科書のお手本みたいな行動を実践するやつはそうそういない。
「あの、あ、ありがとう」
全部の机を元の位置に戻してから、俺は乖崎にお礼を言った。初めて自分から話した。
「ううん、お疲れ様ー」
乖崎はなんてことないように笑顔を見せる。
結局、俺と乖崎は二人で机運びをやっていた。
乖崎は特にリーダータイプでもないし、みんなが乖崎の後に続くことはなかったから。
というかむしろ、乖崎が声をかけた時、みんな白けていた気がする。
そのせいで俺はずっと落ち着かなかった。
「いつも円くんだけでやってる?」
「まあ大体」
「僕、明日から教室掃除になろうかなあ。理科室は人手が余ってるし、僕なんかいらないもん」
乖崎は理科室担当なのか。
「でも本当にそうしたら怒られそう、じゃーね」
返事に困る俺には構わず、乖崎は友人たちの方へ行ってしまった。
