そして、パレードは終わる

 最初に気付いたのは、ディレクターの遠藤さんだった。日が暮れかけ、薄ぼんやりとした人影しか見えなかったが、よく見ると僕にも分かった。
 
 遠藤さんが「もしかして」とコインパーキングの入り口を指差した。
「あれ、あの子ですよね?」

 遠藤は僕の方を見て、「まいったな」という顔を浮かべた。
 僕も苦笑いで返す。

 娘の穂乃果さんが、パーキングの出入り口に立っていた。
 長い前髪で顔が隠れ、表情が読み取れないが、それでもどこか、こちらの不安を掻き立てるような、沈んだ気配が漂う。

 事前取材を終え、住宅街の中にあるコインパーキングを出発するところだった。
 遠藤も、車を出発させるべきかどうか迷っていたが、結局一人では決めかねて、ハンドルから手を離した。
「どうします? やっかいなお願いごとをされても、何にもできないですよ」

 やっかいなお願いごと、遠藤は具体的なことは口にしなかったが、おそらく僕と同じことを思い描いているだろう。

「気付かないフリして、そのまま・・・」
 別の出口を探しながら、そう言いかけた遠藤をさえぎって、僕はドアを開けた。

「ちょっと、天城さん?」
 遠藤が驚いたように声を上げた。
「ごめん、ちょっと先に会社戻ってて、今日はこのまま帰るから」
「でもどうするんですか? もし・・・」

 もし、母親に安楽死を止めさせるよう説得してくれと言われたら、どうするのか。
 遠藤は少し声のトーンを落とし、神妙な顔で僕に詰め寄った。

 遠藤と同じように、僕もそのことを考えていた。
 取材として入っていても、僕らはあくまでも部外者で、間違っても母親の選択に介入すべきではない。

「余計な期待を持たせるようなことをしない方が・・・」
 遠藤は不安そうに言って、駐車場の入り口を見た。
 人の流れはさほど多くなかったが、穂乃果さんは、道路を誰かが通るたびに、ここにいることが申し訳ないというように、目を伏せる。
「どうするんですか?」

 どうするもなにもと、反射的に返したが、前置きとは裏腹に、自分でも考え込んでしまって、次の言葉はすぐには出てこなかった。

 だが、穂乃果さんや母親のことを思うと、このまま帰ることはできない。

 母親の美智子さんが制作会社に送ったメールには、彼女がなぜ安楽死を望むようになったのか、スイスで安楽死を行うまでの計画など、詳細に記されていた。
 
 もちろん、この国では安楽死は法的に認められてはいない。だから母親の美智子さんは、スイスにある安楽死の処置を行う団体に申請を行っていた。
 だが、医師の診断書の準備や英語でのやり取りなど、日本人が海外で安楽死を行うことのハードルは高い。
 美智子さんも、担当医にそれらの提出を求めていたが、安楽死に協力的な立場を取るリスクを恐れた病院側が、頑なに提出を拒んでいた。

「とりあえず行ってみるよ」
 遠藤にそう言い残して、穂乃果さんの方へと歩み寄った。
 まだ制服姿の彼女は、爪先を見つめ居心地悪そうに、その場に佇んでいた。

「こんばんは」
 歩み寄りながら、どう声をかけるべきか迷ったが、結局、当たり障りのない挨拶しか出てこなかった。
 穂乃果さんは僕が近づいてきたことに気づいていたはずなのに、「あっ」と一瞬驚いたふりをしたあと、「どうも」というように、小さく頭を下げた。

「ちょうど、コンビニ行ってたんで」
 穂乃果さんは、チラリとコンビニの袋を見せ、「だから、まあ」と、続きの言葉を濁した。

「ちょっと、お父さんに伝え忘れたことがあるから、家まで案内してもらってもいい?」
 
 方向音痴だからと、わざとおどけた口調で誤魔化すと、穂乃果さんは「それなら」と短く笑って答えた。初めて人懐っこさを覗かせる笑顔を見せた。

 家までの道を歩きながら、穂乃果さんは矢継ぎ早に質問をした。

 ドキュメンタリー番組を作る時には、どのくらいの期間密着するのか、出演者はどうやって集めるのか、先週放送された回の切り抜きを見たなど、沈黙が流れてしまいそうになる度に、次の質問を繰り出した。

 本当に興味があるという様子ではなく、とりあえず沈黙の間を埋めるように、矢継ぎ早に質問を重ねた。

「お母さんの・・・」
 ドクンと、胸が波打つ。遠藤の言っていた通り、気付かないフリをして、通り過ぎた方が、彼女にとってもよかったのかもしれない。

「お母さんが安楽死をしようとしてること」 
 安楽死、その言葉を発した直後、言葉の重みに気付いたように押し黙り、わずかな沈黙のあと、短い咳払いをした。

 だが、穂乃果さんは、何かを託すように、グッと言葉に力を入れて、続けた。
「お母さんがちゃんとスイスで安楽死出来るように、助けてあげてもらえませんか?」