あれほど鬱陶しいと思っていた夏が、名残惜しそうに秋の季節を連れてきて、朝晩と涼しくなってきた。
学校では授業中、相変わらず難しいそうな顔をしている生徒たちに数学を教え、休日は恋人とふたりで買い物へ出かけ、少し前に恋人の両親への挨拶を済ませた。
あの少女を思い出したことさえ忘れて去っていた時。
その日も、普段と変わらない休日になるはずだった。
ーピンポーン
玄関のチャイムが押された音が部屋に響く。
「はーい、」
恋人は友人とランチをしてくると言って、ひとり家にいる時、チャイムの音が鳴った。
今、住んでいるアパートは築20年の少し古めのアパートでモニターなんてものはなく、聞こえないとは分かっていても返事をしながら直接玄関へと向かう。
朝起きたままの格好である姿で、ガチャ、と玄関のドアを開けるとスーツ姿の男女が立っていた。
こちらのドアが開いたのを確認し、白髪混じりの男が口を開く。
「高瀬、恒一さんですか?」
「はい、そうですけど…」
いきなりフルネームで名前を尋ねられたので、少し怪訝そうな顔で答える。
「◯◯県警ですが、少しお尋ねしたい事がありまして」
そう言いながら、男は警察手帳を見せた。
◯◯県警。
この場所から幾分か離れている土地の県警。
そして、自分の地元でもある場所の県警。
そんな県警がわざわざ自分のフルネームを呼ぶということは…。
「はい、何でしょうか?」
冷静さを取り繕いながら、返事をするが心臓の鼓動が早い。
「福原葉月という人物はご存知ですか?」
福原葉月。
久しぶりに聞くその名前の響きに、心が抉られるような感覚に陥った。
まるで、胸の奥を突然掴まれた様な感覚だ。
ずっと開けるのを拒んできたパンドラの箱に、手が伸びているのが分かる。
