「え?」
「ちょっと、ここは人が多いから場所を変えよう」
こんな大人数の中で、腕を振り払って逃げることもできない。僕はしぶしぶ江波戸についていくことにした。
後ろで女子生徒たちが「え、誰あいつ?」などと噂しているのを聞いて、せっかくここまで息を殺して生きてきたのに……と、少しだけ江波戸を恨んだ。
何も聞けない自分のコミュニケーション能力のなさを呪いながら、江波戸の半歩後ろを黙々とついていく。ただ、向かおうとしている場所は、方向からして何となく見当がついていた。
「ここまで来れば、聞いているやつもいないだろ」
やはりたどり着いたのは、僕の「元オアシス」だった。
「昨日は本当にごめん! 怒ってるよな」
江波戸はこれでもかというほど頭を下げた。
僕はその姿を見て、昨日何も聞かず勝手に逃げ出したことを猛烈に後悔した。
「ぼ、僕もごめんなさい……! 江波戸に八つ当たりしちゃって」
「違う! 俺が全部悪いんだ。パーソナルなことを根掘り葉掘り聞くようなことをして……。本当は今日のお昼に謝ろうと思ってたんだけど、北村が来ないから。それで連休に入る前にどうしても謝りたくて、4棟まで行ったんだ」
わざわざそんなことを言うために、1棟から4棟まで来たのか。
しかも、僕が全面的に悪いのに、なぜか江波戸が必死に謝っている。何か言わなきゃ……さっきみたいに「ごめん」だけじゃなくて、ちゃんと伝えなきゃ。
様々な思考が一気に脳内を駆け巡る。
その時、僕はふと今日の現代文のプリントのことを思い出した。
『揉め事の8割は、思っていることを正直に話せば解決する』
……あの文章、あながち間違いじゃなかったのかもしれない
「それは、その……僕、正直今まで人と関わることがなくて。それで……その、気まずい人とどうやって関わればいいのか分からなくて」
「気まずい人って……」
何も包み隠さず正直に打ち明けると、江波戸は苦笑いをした。
「今日、山に行かなかったのも、本当に怒ってるわけじゃなくて……ただ、僕にコミュニケーション能力がないだけだから」
何とか言葉を紡ぎ続けようとするが、話すだけで精一杯で、気づけば下を向いたまま話していた。脳裏に浮かんでくる言葉を必死に整理して、何とか声にして出していく。
すると、ほとんど視界の情報がない足元に、突然江波戸の顔が入ってきた。
一向に目が合わないことに痺れを切らしたのか、彼が屈み込んで僕の視界に入り込んできた。
「北村にとって、まだ俺って気まずい人?」
その問いかけに、突然頭の中が真っ白になった。
気まずいかと問われれば確かに気まずいが、今この空間には、少しずつあの「心地良さ」が戻りつつもあった。
「……まぁ、そこそこかな」
結局、気まずくないよなんて気の利いた言葉は言えず、気まずさ3割増しの答えを返してしまう。
「そっか! じゃあこれから気まずくなくなるように頑張らないとな」
江波戸のキラキラとした眩しい笑顔と、僕の人生からは絶対に出てこない前向きな発言に、僕は恐れおののいた。……一気に気まずさ5割減である。やっぱり江波戸は、僕とは対極の存在だと再認識させられた。
あまりの眩しさに顔を直視できなくなり、ふと横に視線を外すと、江波戸のスクールバッグについている進学コースの「緑の校章」が目に入った。
そこで僕は、ある重要なことに気がついた。
「……てか江波戸、補習行かなくていいの?」
進学コースは授業後、2時間の補習が行われている。基本的に全員参加なので、補習というよりは8限・9限に近い。どう考えても、今は補習の真っ最中のはずだ。
「どうしても北村に会いたかったから、体調不良って言って抜けてきた。だから大丈夫!」
「大丈夫じゃねーだろ」
「いや、別に今日の内容に興味なかったから平気。俺、この後用事ないから一緒に帰ろうぜ」
断る理由も見つからないし――不思議と、断りたいとも思わなかった。
僕は、江波戸と一緒に下校することにした。
「ちょっと、ここは人が多いから場所を変えよう」
こんな大人数の中で、腕を振り払って逃げることもできない。僕はしぶしぶ江波戸についていくことにした。
後ろで女子生徒たちが「え、誰あいつ?」などと噂しているのを聞いて、せっかくここまで息を殺して生きてきたのに……と、少しだけ江波戸を恨んだ。
何も聞けない自分のコミュニケーション能力のなさを呪いながら、江波戸の半歩後ろを黙々とついていく。ただ、向かおうとしている場所は、方向からして何となく見当がついていた。
「ここまで来れば、聞いているやつもいないだろ」
やはりたどり着いたのは、僕の「元オアシス」だった。
「昨日は本当にごめん! 怒ってるよな」
江波戸はこれでもかというほど頭を下げた。
僕はその姿を見て、昨日何も聞かず勝手に逃げ出したことを猛烈に後悔した。
「ぼ、僕もごめんなさい……! 江波戸に八つ当たりしちゃって」
「違う! 俺が全部悪いんだ。パーソナルなことを根掘り葉掘り聞くようなことをして……。本当は今日のお昼に謝ろうと思ってたんだけど、北村が来ないから。それで連休に入る前にどうしても謝りたくて、4棟まで行ったんだ」
わざわざそんなことを言うために、1棟から4棟まで来たのか。
しかも、僕が全面的に悪いのに、なぜか江波戸が必死に謝っている。何か言わなきゃ……さっきみたいに「ごめん」だけじゃなくて、ちゃんと伝えなきゃ。
様々な思考が一気に脳内を駆け巡る。
その時、僕はふと今日の現代文のプリントのことを思い出した。
『揉め事の8割は、思っていることを正直に話せば解決する』
……あの文章、あながち間違いじゃなかったのかもしれない
「それは、その……僕、正直今まで人と関わることがなくて。それで……その、気まずい人とどうやって関わればいいのか分からなくて」
「気まずい人って……」
何も包み隠さず正直に打ち明けると、江波戸は苦笑いをした。
「今日、山に行かなかったのも、本当に怒ってるわけじゃなくて……ただ、僕にコミュニケーション能力がないだけだから」
何とか言葉を紡ぎ続けようとするが、話すだけで精一杯で、気づけば下を向いたまま話していた。脳裏に浮かんでくる言葉を必死に整理して、何とか声にして出していく。
すると、ほとんど視界の情報がない足元に、突然江波戸の顔が入ってきた。
一向に目が合わないことに痺れを切らしたのか、彼が屈み込んで僕の視界に入り込んできた。
「北村にとって、まだ俺って気まずい人?」
その問いかけに、突然頭の中が真っ白になった。
気まずいかと問われれば確かに気まずいが、今この空間には、少しずつあの「心地良さ」が戻りつつもあった。
「……まぁ、そこそこかな」
結局、気まずくないよなんて気の利いた言葉は言えず、気まずさ3割増しの答えを返してしまう。
「そっか! じゃあこれから気まずくなくなるように頑張らないとな」
江波戸のキラキラとした眩しい笑顔と、僕の人生からは絶対に出てこない前向きな発言に、僕は恐れおののいた。……一気に気まずさ5割減である。やっぱり江波戸は、僕とは対極の存在だと再認識させられた。
あまりの眩しさに顔を直視できなくなり、ふと横に視線を外すと、江波戸のスクールバッグについている進学コースの「緑の校章」が目に入った。
そこで僕は、ある重要なことに気がついた。
「……てか江波戸、補習行かなくていいの?」
進学コースは授業後、2時間の補習が行われている。基本的に全員参加なので、補習というよりは8限・9限に近い。どう考えても、今は補習の真っ最中のはずだ。
「どうしても北村に会いたかったから、体調不良って言って抜けてきた。だから大丈夫!」
「大丈夫じゃねーだろ」
「いや、別に今日の内容に興味なかったから平気。俺、この後用事ないから一緒に帰ろうぜ」
断る理由も見つからないし――不思議と、断りたいとも思わなかった。
僕は、江波戸と一緒に下校することにした。
