翌日――。
僕は目が覚めてから……いや、昨日の昼休みの終わりからずっと、どうするべきか悩んでいた。
あの「オアシス」を手放したら、僕の居場所は完全に失われる。もういっそ江波戸が山に来ないことに賭けて、あの場所へ上るべきなのか。
ただ、本当に顔を合わせてしまったら、何を言えばいいのか見当もつかないし、何より気まずい。感情に任せて人に強い言葉を向けてしまったのは、人生で初めてだった。
……もう、あの山に上るのはやめよう
僕は、この学校での唯一の居場所を手放す決断をした。
現在の時刻は12時45分。
あと5分で4限の授業が終わってしまう。朝からずっとお昼をどこで過ごそうか考え続けていたが、行き先が全く決まらないままだった。
5階の階段の踊り場で食事をするか?……でも、あそこは運が悪いと同級生たちと鉢合わせてしまうことがあるデンジャラスゾーンだ。かといって山の方へ行くと、江波戸に会ってしまうかもしれない。
最悪「便所飯」かとも思ったが、この校舎はトイレが古く、とても食事をできるほどキレイでもない。
迷った挙句、僕は山道の途中でご飯を食べることにした。
山を登り切るとあの建物があるのだが、登り切らなくても校舎から見えない位置がある。そしてそこは、江波戸が普段使っている山道からも見えない場所だった。
僕は仕方なく、山道の途中の急斜面でお弁当と本を開き、食事を始めた。
人との食事は苦手だったはずなのに、江波戸が隣にいない久しぶりの昼食に、僕はなぜか寂しさ」 を覚えていた。
ただ、どんな顔をして会えばいいのか分からない。それに、江波戸にこれ以上自分の内側に踏み込まれたくなかった。
……ただ、江波戸が「僕が成績が下がって総合コースに行ったこと」に対して疑問を持つのは、別におかしいことではない。
馬鹿にしていたわけではないし。むしろ、心配している様子だった。
この高校で、総合コースから進学コースに移る生徒は珍しくない。ただ、その反対――進学から総合へ落ちる生徒は、3年に一人いるかいないかくらいの珍しい出来事だ。そして高校に入学してから友達ができたことのなかった僕は、1年の終わりに誰にも告げず、総合コースへ移った。
ただでさえ増えることはあっても減ることはないと思っていたクラスメイトが減れば、理由が気になるのは自然の摂理だ。むしろ、ここまで聞かれなかったのが奇跡に近いレベルだった。
この学校では、進学コースに残らなければ基本的に受験前線から離れてしまう。総合コースには受験対策の授業が全くなく、大学へ行く道は「霧山大学への内部進学」「指定校推薦」「専門学校」という選択肢しか残されない。そして総合の9割がスポーツ推薦で大学へ進学する。
そのため、一般受験の選択肢は無いに等しくなるのだ。
入学時に進学コースを選択して受験した者は、基本的に国公立大学への進学を目指している。進学コースから抜けるというのは、その目標が途絶えるということに他ならない。
きっと江波戸は、「少し成績が下がったくらいで、進学を諦めるのか」とでも言いたかったのだろう。
言いたいことは十分に理解できる。でも、国立大学へ行きたいと思っていたのも、すべては「林田先生の実績作りに貢献したかった」というだけで、今となってはどうでもいいことだ。正直、勉強が好きだったわけでもない。
江波戸が何を思ってあの発言をしたのか。本当のところは今となっては分からず仕舞いだが、もう会うこともないのだから、いちいち気にしなくてもいいか――。
そう割り切ろうと決めて、僕は折れて読めていなかった本の続きを読み始めた。
ただ、心がずっとざわついていて、文字が全く頭に入ってこない。
文章はしっかり目で追えている。けれど、ただ目を動かせているだけで、頭の中は江波戸のことでいっぱいになり、内容は全く理解できていなかった。無意味にページを10ページほどめくったところで昼休みが終了し、僕は5限の教室へ向かった。
5限、物理基礎。大半が寝ていて、ほとんど誰も話を聞いていない。
まあ僕も起きているだけで、授業の内容は全くと言っていいほど頭に入っていなかった。
授業を真剣に聞きたい気持ちはあるのだが、どうしても江波戸のことが頭から離れない。
ただ、今日は金曜日で、明日からゴールデンウィークに入る。しばらく学校へ来なくていいことだけが救いだった。しばらく学校へ来なければ、江波戸のことなんか忘れられる。
そして僕はまた、どこにも居場所がない学校生活へ戻るだけだ。
これ以上、江波戸のことは何も考えないようにと、先生が話している言葉を一言一句ノートに書き写した。そうして何とか心を落ち着かせ、僕は授業を乗り切ったのだった。
僕は目が覚めてから……いや、昨日の昼休みの終わりからずっと、どうするべきか悩んでいた。
あの「オアシス」を手放したら、僕の居場所は完全に失われる。もういっそ江波戸が山に来ないことに賭けて、あの場所へ上るべきなのか。
ただ、本当に顔を合わせてしまったら、何を言えばいいのか見当もつかないし、何より気まずい。感情に任せて人に強い言葉を向けてしまったのは、人生で初めてだった。
……もう、あの山に上るのはやめよう
僕は、この学校での唯一の居場所を手放す決断をした。
現在の時刻は12時45分。
あと5分で4限の授業が終わってしまう。朝からずっとお昼をどこで過ごそうか考え続けていたが、行き先が全く決まらないままだった。
5階の階段の踊り場で食事をするか?……でも、あそこは運が悪いと同級生たちと鉢合わせてしまうことがあるデンジャラスゾーンだ。かといって山の方へ行くと、江波戸に会ってしまうかもしれない。
最悪「便所飯」かとも思ったが、この校舎はトイレが古く、とても食事をできるほどキレイでもない。
迷った挙句、僕は山道の途中でご飯を食べることにした。
山を登り切るとあの建物があるのだが、登り切らなくても校舎から見えない位置がある。そしてそこは、江波戸が普段使っている山道からも見えない場所だった。
僕は仕方なく、山道の途中の急斜面でお弁当と本を開き、食事を始めた。
人との食事は苦手だったはずなのに、江波戸が隣にいない久しぶりの昼食に、僕はなぜか寂しさ」 を覚えていた。
ただ、どんな顔をして会えばいいのか分からない。それに、江波戸にこれ以上自分の内側に踏み込まれたくなかった。
……ただ、江波戸が「僕が成績が下がって総合コースに行ったこと」に対して疑問を持つのは、別におかしいことではない。
馬鹿にしていたわけではないし。むしろ、心配している様子だった。
この高校で、総合コースから進学コースに移る生徒は珍しくない。ただ、その反対――進学から総合へ落ちる生徒は、3年に一人いるかいないかくらいの珍しい出来事だ。そして高校に入学してから友達ができたことのなかった僕は、1年の終わりに誰にも告げず、総合コースへ移った。
ただでさえ増えることはあっても減ることはないと思っていたクラスメイトが減れば、理由が気になるのは自然の摂理だ。むしろ、ここまで聞かれなかったのが奇跡に近いレベルだった。
この学校では、進学コースに残らなければ基本的に受験前線から離れてしまう。総合コースには受験対策の授業が全くなく、大学へ行く道は「霧山大学への内部進学」「指定校推薦」「専門学校」という選択肢しか残されない。そして総合の9割がスポーツ推薦で大学へ進学する。
そのため、一般受験の選択肢は無いに等しくなるのだ。
入学時に進学コースを選択して受験した者は、基本的に国公立大学への進学を目指している。進学コースから抜けるというのは、その目標が途絶えるということに他ならない。
きっと江波戸は、「少し成績が下がったくらいで、進学を諦めるのか」とでも言いたかったのだろう。
言いたいことは十分に理解できる。でも、国立大学へ行きたいと思っていたのも、すべては「林田先生の実績作りに貢献したかった」というだけで、今となってはどうでもいいことだ。正直、勉強が好きだったわけでもない。
江波戸が何を思ってあの発言をしたのか。本当のところは今となっては分からず仕舞いだが、もう会うこともないのだから、いちいち気にしなくてもいいか――。
そう割り切ろうと決めて、僕は折れて読めていなかった本の続きを読み始めた。
ただ、心がずっとざわついていて、文字が全く頭に入ってこない。
文章はしっかり目で追えている。けれど、ただ目を動かせているだけで、頭の中は江波戸のことでいっぱいになり、内容は全く理解できていなかった。無意味にページを10ページほどめくったところで昼休みが終了し、僕は5限の教室へ向かった。
5限、物理基礎。大半が寝ていて、ほとんど誰も話を聞いていない。
まあ僕も起きているだけで、授業の内容は全くと言っていいほど頭に入っていなかった。
授業を真剣に聞きたい気持ちはあるのだが、どうしても江波戸のことが頭から離れない。
ただ、今日は金曜日で、明日からゴールデンウィークに入る。しばらく学校へ来なくていいことだけが救いだった。しばらく学校へ来なければ、江波戸のことなんか忘れられる。
そして僕はまた、どこにも居場所がない学校生活へ戻るだけだ。
これ以上、江波戸のことは何も考えないようにと、先生が話している言葉を一言一句ノートに書き写した。そうして何とか心を落ち着かせ、僕は授業を乗り切ったのだった。
