重たいリュックを背負い、いつぞやの喧嘩した時の様に二人で、駅まで向かう。
「ねえ、昨日の事なんだけど」
正直来週の昼くらい会うことになるかと思っていて、江波戸に5位を目指すことを伝える心の準備は全くできていなかった。けれど江波戸に呼び止められ一緒に帰ることとなった以上、しっかり伝えなくては。無駄に伝えるのを延ばしてしまうと、なんかよけい考えちゃうような気もするし。
「コース変更のこと?」
「そう、昨日あれからずっと考えてたんだけど、とりあえず次のテストで5位以内目指してみようと思う。そうじゃないとそもそも進学に戻るっていう土俵に立てないし。その土俵に立った上で、コースに戻るとかそういうことを考えてみようかなって」
僕は珍しく江波戸の目を見て告げた。あまり人の目を見るのは得意ではない。けれどこのことはちゃんと、目を見て伝えなければと思った。
「ありがとう、北村から前向きな返事を聞けて嬉しいよ。何か手伝えることがあったらいつでも連絡頂戴。あと何なら勉強とかも一緒にやろうぜ」
「いやでもこれから補習とか大変になるんじゃ」
「そんなの大したことないよ」
さすが学年トップから転落したことがない男。僕もこんな自信満々で大したことないよと言ってみたいものだ。最近勉強とかやってないし、ペース取り戻すのも不安だし、一年の2学期からの復習をあと一か月半でやり直すというスピード感にできる自信がなかった。
「さすがだな。そこまで自信あるなら頼っちゃうかも。昨日は行けるかなとか思ってたけど、みんながどれくらい進んだのかもわかってないまま目指すのは結構リスキーだなって」
「確かに、いつでもなんでも聞いて」
「お言葉に甘えて頼らせていただきます。こうなると今日、連絡先交換できてよかった」
「ほんとにいつでも連絡してくれていいからな。北村遠慮してあんまり連絡してこなさそうだし」
一か月お昼を一緒に過ごしただけなのに、僕のことをかなり理解してくれているようで少し嬉しかった。
「そろそろ下り方面来るけど大丈夫?」
少し早歩きすれば、電車は間に合うだろうというタイミングであった。こんなに気遣いできるやつ、すごいモテるんだろうなと一人で感心してしまった。
「おーい、聞いてる?」
感心するあまり返事をするのを忘れてしまった。
「うん、買いたいものあるから今日は上り行く」
「へえ、どこ行くの?」
「本屋で参考書でも買おうかなって」
「お、マジ! 俺もついてっていい?」
「もちろんいいけど、荷物重たくない?」
「それはそっちもだろ。それにこれくらいだったら大したことないよ」
こうして僕は江波戸と同じ方面の電車に乗り、一緒に参考書を買いに行くことになった。
「どんなの買う予定?」
「とりあえず単語帳と短めの参考書かな。なんか本気出せば3日くらいで全部解ききれそうなほんとに薄い参考書が欲しい。そんなのに心当たりある?」
「そこまで薄いのは買ったことないから分からないかも。てか単語帳のほうは普通に去年配られたやつで問題ないと思うんだけど」
「参考書の類、勢いあまって去年全部捨てちゃったんだよね」
「思い切りがいいな」
江波戸はフッと笑った。
それから、僕が見ている商品ページをスクロールしながら、いろいろと教えてくれる。元々持っていた参考書は去年全て捨ててしまったので、ここから買い揃えるのは、かなりお金と手間が掛かる。けれど、もう決めたのだから僕は後悔しないようにしたい。二駅先で降り、僕たちは書店も入っているショッピングモールへ向かった。駅から徒歩20分くらいでバスを使うと10分という微妙な立地である。今回は荷物が多いのでバスに乗って向かうことにした。
平日の14時過ぎ ——
バスは空いていて余裕で座ることができた。バスが発車し、ゆっくりとショッピングモールへ進み始めた。
「北村ってここ使うの?」
「んー、あんまりかな。一年に2回くらい行くくらい」
「そっち方面だとあんまり、こっちのショッピングモール来ないよな」
そもそも僕が住んでいる地域には、同じくらいのショッピングモールがあるので通常はそちらを使う。けれど学校から行くとなるとこっちのほうが近いため、年に数回は今日向かっているショッピングモールを利用している。
「江波戸はよく使うの?」
「月一とかで来るよ。映画とか見るのもここだし」
「そっか、映画館あるもんね」
こんな他愛もない会話をしていると、いつの間にかショッピングモールに到着していた。
重たい荷物を背負い直し、バスを降りた。
「まずは参考書見に行こ」
「うん、でも僕本屋の場所知らないや」
「俺に任せて、ここに何年通ってると思ってるの」
得意げな江波戸に僕は少し面白くなって笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「別に」
ただここまで得意げなだけあって書店には最短ルートで到着した。
「ここが参考書の売り場」
「ありがと」
ずらっと並ぶ参考書の棚で、さっきネットで見ていたものや、少し気になったものを手に取りパラパラとみていく。
(この参考書も結構難易度高いな。もう少しだけ薄いほうがじゃないと間に合わない)
自分の中に焦りが蓄積していく。本当に5位以内をとれるのかそんな考えが頭の中を支配していく。参考書を見ながらそんなことを考えていると江波戸が話しかけてきた。
「全部捨てたってなると相当な金額になると思うけど大丈夫か?」
「うん、それは大丈夫」
「でも教科書とか捨てたなら結構解説丁寧なやつ買わないと厳しくない?参考書分厚いやつ買うってなると結構な値段になるよな」
全然そんなことを考えていなかった僕は江波戸の指摘にハッとした。
「確かに。でもお金は大丈夫。あとで親に相談するから。それよりちょうどよさそうなのがないな」
「ここら辺とかどう?」
江波戸に聞けばいいのを教えてもらえるかとのんきに思っていたのだが、そんなことはなかった。僕はすっかり忘れていたのである。江波戸は学年一位の実力を持つ男であるということを。そんな男が勧めてくる内容の参考書が僕にとってちょうどいいわけがなかった。
「あのすみません。もう少し優しい内容のはないですか?」
「これくらい大丈夫だと思うんだけどなあ」
江波戸は僕を買いかぶりすぎなようだ。何とか解説が丁寧な参考書を見つけ出し、購入することに成功した。とりあえず三教科と思っていたが僕の財布はすっからかんになってしまった。
そのあと、江波戸は他の店を見たそうにしていたが僕が体力の限界を迎えたため解散となった。
——————————————
「お帰りなさい」
ただいま、家に帰るといつものように母が出迎えてくれた。
「ただいま」
「今日遅かったじゃない」
「帰り友達と少し寄り道してきたから」
「へー珍しいね。あ、火つけっぱだった」
どこか嬉しそうな母は急いでリビングへ消えていった。洗濯物あるんだったら出しといて。リビングのほうから声がする。適当に返事をして僕は部屋に戻った。結局成績で出ないと意味ないし話すのは結果を出してから、そう決めて僕は早速勉強を始めた。
何か月ぶりかの参考書を開く感覚に、僕は懐かしさを覚えた。さらっと問題を解くと、一学期の内容もかなり抜けてしまっていることを感じた。このままで本当にテストに間に合うのか不安で仕方なかったが、手を動かさなければ、時間は過ぎていくのみだ。そう覚悟を決め、今はひたすら問題を解くことに集中した。
代休を含め3日間、勉強漬けの休日を送り、今日からまた学校へ行くことになる。
電車に乗るときも単語帳を開き、忘れてしまっている単語をさらっていく。1年前には当たり前だった日常が戻ってきた。懐かしく苦しい思い出がよみがえる。
失恋した時は目が滑って、文字が文字として入ってこなかったのに、今は読めている。僕はもうすでに失恋から立ち直れているのかもしれない
そう思うと、失恋したあの時がひどく遠くの記憶の様に覚えた。一時期勉強をしているだけで林田先生が頭を過ぎり、それ以降本当に何も手につかなくなっていた。今は勉強していても、何も過ぎらない。
授業中もこれまでとは異なり、内職をして過ごすようになった。2限の現代社会はおじいちゃん先生で、みんなここぞとばかりに寝ていた。部活に熱を入れている人も多く、「仮眠時間」なんて呼ばれている。そんな中授業中起きていたのは、僕のみだった。何となくかわいそうで話を聞いているふりをしていたが、今日から話を聞くふりもせず、内職に励んだ。少し心が痛んだが、「テストが終わったらちゃんと授業受けますから」と心の中で唱えて数学の参考書に向き合った。
何とか4限まで内職を続けて、やっとお昼ご飯。
いつものように挨拶と同時に山へ向かおうとすると「一緒に昼飯食わね」と高橋に声をかけられた。林間学校で仲良くなり、そして気まずくなったのをすっかりと忘れていて、急に誘われたことに驚きが隠せない。
「ごめ、僕別の人と約束してて」
「そっか悪かった」
少し寂しそうな表情の高橋を見ないふりして、僕は逃げるようにオアシスに向かった。
今日は先に江波戸が山にいた。
「今日遅かったね」
「うん、高橋に昼誘われて」
「へーえ」
「普通に勉強しないとだから断ってきた」
「そっか」
少し江波戸は不満そうな表情を見せた。なぜそんな不機嫌なのかよくわからないけれど、僕はそんなことを気にする間もなくテキストを開いた。さっきまでやっていた数学の、復習をしていく。
昼休みは江波戸と立場が逆転した。僕が勉強をして江波戸は昼を食べている。しいて言うなら、江波戸が隣で僕の様子を頻りに気にしていることだけだろうか。
間違えた問題に印をつけ、まず解き方がわかっていないもの、シンプルな計算ミス、途中まで考え方が合っているもの、この3つに問題を分けていく。自分が思っていたよりも、計算ミスが多く驚かされる、数学に触れてこなかった付けを思い知らされる。
「6月の模試って記述だっけ?」
「いや、確かマークだった気がする」
「まじか…」
「まあでもこのテストそこまで難易度は高くないはずだから、心配しなくてもいいよ」
「そりゃ江波戸くらい勉強出来たらそうかもしれないけど…」
「でもここまで、理解できてるなら焦る必要ないでしょ」
「それがさ、結構解くの時間かかっちゃってさ」
「でもまだ、あと1か月あるから大丈夫だよ。不安なら放課後一緒に図書館行く?」
「図書館ってどこの?」
「ほら、学校か駅の学校と反対側にあるでしょ」
「俺、そっち行ったことないかも」
「あそこ、ウチの生徒もあんまいないし結構おすすめ。時間あるなら今日行こうよ」
「今日行こって、俺は時間あるけど江波戸補習あるだろ」
「大丈夫、大丈夫」
結局江波戸に押し切られ、僕は放課後図書館へ行くことになったのだった。
「ねえ、昨日の事なんだけど」
正直来週の昼くらい会うことになるかと思っていて、江波戸に5位を目指すことを伝える心の準備は全くできていなかった。けれど江波戸に呼び止められ一緒に帰ることとなった以上、しっかり伝えなくては。無駄に伝えるのを延ばしてしまうと、なんかよけい考えちゃうような気もするし。
「コース変更のこと?」
「そう、昨日あれからずっと考えてたんだけど、とりあえず次のテストで5位以内目指してみようと思う。そうじゃないとそもそも進学に戻るっていう土俵に立てないし。その土俵に立った上で、コースに戻るとかそういうことを考えてみようかなって」
僕は珍しく江波戸の目を見て告げた。あまり人の目を見るのは得意ではない。けれどこのことはちゃんと、目を見て伝えなければと思った。
「ありがとう、北村から前向きな返事を聞けて嬉しいよ。何か手伝えることがあったらいつでも連絡頂戴。あと何なら勉強とかも一緒にやろうぜ」
「いやでもこれから補習とか大変になるんじゃ」
「そんなの大したことないよ」
さすが学年トップから転落したことがない男。僕もこんな自信満々で大したことないよと言ってみたいものだ。最近勉強とかやってないし、ペース取り戻すのも不安だし、一年の2学期からの復習をあと一か月半でやり直すというスピード感にできる自信がなかった。
「さすがだな。そこまで自信あるなら頼っちゃうかも。昨日は行けるかなとか思ってたけど、みんながどれくらい進んだのかもわかってないまま目指すのは結構リスキーだなって」
「確かに、いつでもなんでも聞いて」
「お言葉に甘えて頼らせていただきます。こうなると今日、連絡先交換できてよかった」
「ほんとにいつでも連絡してくれていいからな。北村遠慮してあんまり連絡してこなさそうだし」
一か月お昼を一緒に過ごしただけなのに、僕のことをかなり理解してくれているようで少し嬉しかった。
「そろそろ下り方面来るけど大丈夫?」
少し早歩きすれば、電車は間に合うだろうというタイミングであった。こんなに気遣いできるやつ、すごいモテるんだろうなと一人で感心してしまった。
「おーい、聞いてる?」
感心するあまり返事をするのを忘れてしまった。
「うん、買いたいものあるから今日は上り行く」
「へえ、どこ行くの?」
「本屋で参考書でも買おうかなって」
「お、マジ! 俺もついてっていい?」
「もちろんいいけど、荷物重たくない?」
「それはそっちもだろ。それにこれくらいだったら大したことないよ」
こうして僕は江波戸と同じ方面の電車に乗り、一緒に参考書を買いに行くことになった。
「どんなの買う予定?」
「とりあえず単語帳と短めの参考書かな。なんか本気出せば3日くらいで全部解ききれそうなほんとに薄い参考書が欲しい。そんなのに心当たりある?」
「そこまで薄いのは買ったことないから分からないかも。てか単語帳のほうは普通に去年配られたやつで問題ないと思うんだけど」
「参考書の類、勢いあまって去年全部捨てちゃったんだよね」
「思い切りがいいな」
江波戸はフッと笑った。
それから、僕が見ている商品ページをスクロールしながら、いろいろと教えてくれる。元々持っていた参考書は去年全て捨ててしまったので、ここから買い揃えるのは、かなりお金と手間が掛かる。けれど、もう決めたのだから僕は後悔しないようにしたい。二駅先で降り、僕たちは書店も入っているショッピングモールへ向かった。駅から徒歩20分くらいでバスを使うと10分という微妙な立地である。今回は荷物が多いのでバスに乗って向かうことにした。
平日の14時過ぎ ——
バスは空いていて余裕で座ることができた。バスが発車し、ゆっくりとショッピングモールへ進み始めた。
「北村ってここ使うの?」
「んー、あんまりかな。一年に2回くらい行くくらい」
「そっち方面だとあんまり、こっちのショッピングモール来ないよな」
そもそも僕が住んでいる地域には、同じくらいのショッピングモールがあるので通常はそちらを使う。けれど学校から行くとなるとこっちのほうが近いため、年に数回は今日向かっているショッピングモールを利用している。
「江波戸はよく使うの?」
「月一とかで来るよ。映画とか見るのもここだし」
「そっか、映画館あるもんね」
こんな他愛もない会話をしていると、いつの間にかショッピングモールに到着していた。
重たい荷物を背負い直し、バスを降りた。
「まずは参考書見に行こ」
「うん、でも僕本屋の場所知らないや」
「俺に任せて、ここに何年通ってると思ってるの」
得意げな江波戸に僕は少し面白くなって笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「別に」
ただここまで得意げなだけあって書店には最短ルートで到着した。
「ここが参考書の売り場」
「ありがと」
ずらっと並ぶ参考書の棚で、さっきネットで見ていたものや、少し気になったものを手に取りパラパラとみていく。
(この参考書も結構難易度高いな。もう少しだけ薄いほうがじゃないと間に合わない)
自分の中に焦りが蓄積していく。本当に5位以内をとれるのかそんな考えが頭の中を支配していく。参考書を見ながらそんなことを考えていると江波戸が話しかけてきた。
「全部捨てたってなると相当な金額になると思うけど大丈夫か?」
「うん、それは大丈夫」
「でも教科書とか捨てたなら結構解説丁寧なやつ買わないと厳しくない?参考書分厚いやつ買うってなると結構な値段になるよな」
全然そんなことを考えていなかった僕は江波戸の指摘にハッとした。
「確かに。でもお金は大丈夫。あとで親に相談するから。それよりちょうどよさそうなのがないな」
「ここら辺とかどう?」
江波戸に聞けばいいのを教えてもらえるかとのんきに思っていたのだが、そんなことはなかった。僕はすっかり忘れていたのである。江波戸は学年一位の実力を持つ男であるということを。そんな男が勧めてくる内容の参考書が僕にとってちょうどいいわけがなかった。
「あのすみません。もう少し優しい内容のはないですか?」
「これくらい大丈夫だと思うんだけどなあ」
江波戸は僕を買いかぶりすぎなようだ。何とか解説が丁寧な参考書を見つけ出し、購入することに成功した。とりあえず三教科と思っていたが僕の財布はすっからかんになってしまった。
そのあと、江波戸は他の店を見たそうにしていたが僕が体力の限界を迎えたため解散となった。
——————————————
「お帰りなさい」
ただいま、家に帰るといつものように母が出迎えてくれた。
「ただいま」
「今日遅かったじゃない」
「帰り友達と少し寄り道してきたから」
「へー珍しいね。あ、火つけっぱだった」
どこか嬉しそうな母は急いでリビングへ消えていった。洗濯物あるんだったら出しといて。リビングのほうから声がする。適当に返事をして僕は部屋に戻った。結局成績で出ないと意味ないし話すのは結果を出してから、そう決めて僕は早速勉強を始めた。
何か月ぶりかの参考書を開く感覚に、僕は懐かしさを覚えた。さらっと問題を解くと、一学期の内容もかなり抜けてしまっていることを感じた。このままで本当にテストに間に合うのか不安で仕方なかったが、手を動かさなければ、時間は過ぎていくのみだ。そう覚悟を決め、今はひたすら問題を解くことに集中した。
代休を含め3日間、勉強漬けの休日を送り、今日からまた学校へ行くことになる。
電車に乗るときも単語帳を開き、忘れてしまっている単語をさらっていく。1年前には当たり前だった日常が戻ってきた。懐かしく苦しい思い出がよみがえる。
失恋した時は目が滑って、文字が文字として入ってこなかったのに、今は読めている。僕はもうすでに失恋から立ち直れているのかもしれない
そう思うと、失恋したあの時がひどく遠くの記憶の様に覚えた。一時期勉強をしているだけで林田先生が頭を過ぎり、それ以降本当に何も手につかなくなっていた。今は勉強していても、何も過ぎらない。
授業中もこれまでとは異なり、内職をして過ごすようになった。2限の現代社会はおじいちゃん先生で、みんなここぞとばかりに寝ていた。部活に熱を入れている人も多く、「仮眠時間」なんて呼ばれている。そんな中授業中起きていたのは、僕のみだった。何となくかわいそうで話を聞いているふりをしていたが、今日から話を聞くふりもせず、内職に励んだ。少し心が痛んだが、「テストが終わったらちゃんと授業受けますから」と心の中で唱えて数学の参考書に向き合った。
何とか4限まで内職を続けて、やっとお昼ご飯。
いつものように挨拶と同時に山へ向かおうとすると「一緒に昼飯食わね」と高橋に声をかけられた。林間学校で仲良くなり、そして気まずくなったのをすっかりと忘れていて、急に誘われたことに驚きが隠せない。
「ごめ、僕別の人と約束してて」
「そっか悪かった」
少し寂しそうな表情の高橋を見ないふりして、僕は逃げるようにオアシスに向かった。
今日は先に江波戸が山にいた。
「今日遅かったね」
「うん、高橋に昼誘われて」
「へーえ」
「普通に勉強しないとだから断ってきた」
「そっか」
少し江波戸は不満そうな表情を見せた。なぜそんな不機嫌なのかよくわからないけれど、僕はそんなことを気にする間もなくテキストを開いた。さっきまでやっていた数学の、復習をしていく。
昼休みは江波戸と立場が逆転した。僕が勉強をして江波戸は昼を食べている。しいて言うなら、江波戸が隣で僕の様子を頻りに気にしていることだけだろうか。
間違えた問題に印をつけ、まず解き方がわかっていないもの、シンプルな計算ミス、途中まで考え方が合っているもの、この3つに問題を分けていく。自分が思っていたよりも、計算ミスが多く驚かされる、数学に触れてこなかった付けを思い知らされる。
「6月の模試って記述だっけ?」
「いや、確かマークだった気がする」
「まじか…」
「まあでもこのテストそこまで難易度は高くないはずだから、心配しなくてもいいよ」
「そりゃ江波戸くらい勉強出来たらそうかもしれないけど…」
「でもここまで、理解できてるなら焦る必要ないでしょ」
「それがさ、結構解くの時間かかっちゃってさ」
「でもまだ、あと1か月あるから大丈夫だよ。不安なら放課後一緒に図書館行く?」
「図書館ってどこの?」
「ほら、学校か駅の学校と反対側にあるでしょ」
「俺、そっち行ったことないかも」
「あそこ、ウチの生徒もあんまいないし結構おすすめ。時間あるなら今日行こうよ」
「今日行こって、俺は時間あるけど江波戸補習あるだろ」
「大丈夫、大丈夫」
結局江波戸に押し切られ、僕は放課後図書館へ行くことになったのだった。
