不完全な僕達は。【完結】


美優は静かな足取りで伊澄先生の前に歩み寄ると、その前にゆっくりと膝をついた。そして、先生が痛む足に当てていた氷嚢をそっとその手から受け取り、代わりに自分の手で優しく冷やし始めた。

突然の美優の行動に、伊澄先生は驚いたように息を呑んだ。

「っ……ありがとう」

「本当、馬鹿みたいじゃないですか。優希くんと張り合うなんて」

美優は氷嚢越しに伝わる先生の体温を感じながら、どこか寂しげに、悲しそうに笑った。二人がリレーのアンカーとして、何か重大な約束を交わして走っていたこと。それが自分を巡るものであることくらい、美優には全て分かっていた。

伊澄先生は一瞬きょとんとしたものの、やがて自嘲気味に口元を緩めた。

「はは、気付いてたのか……」

「本当、私達って馬鹿みたいですよね」

美優の口から出た「私達」という言葉に、伊澄先生の瞳が優しく揺れる。先生は保健室の白い天井を見上げるようにして、遠い記憶をなぞるように呟いた。

「懐かしいな……こうして、二人きりになるの」

その言葉に、美優の胸の奥に閉じ込められていた記憶が静かに蘇る。美優は切なさを帯びた瞳で、じっと伊澄先生を見つめた。

「あの図書室での思い出は、いつも私の支えでした。先生がいて、私がいて……それだけで、あの頃の私は充分でした」

それは、かつて彼を純粋に愛していた自分に対する、嘘偽りのない肯定だった。伊澄先生という存在が、中学時代の美優にとって世界のすべてであり、確かに救いだったのだ。

美優の真っ直ぐな告白を聞いた伊澄先生の顔が、痛切に歪んだ。今更どんな言い訳をしても、自分がその幸福な世界を壊した事実は変わらない。

「美優、ごめん……本当に、君を傷付けてしまって……」

先生の謝罪を静かに受け止めながら、美優は役目を終えた氷嚢を傍らのトレイに片付けた。そして、救護箱から取り出した四角い湿布のフィルムを丁寧に剥がしていく。

「あ、俺がするよっ……」

慌てて手を伸ばそうとする伊澄先生の動きを、美優は手元を見つめたまま遮った。そして、赤く腫れ始めた先生の足首に、ゆっくりと、丁寧に湿布を貼りつけていく。

「いいんです! 私にやらせてください」

少しだけ強い口調で言った美優の手のひらから、湿布のひんやりとした感覚とともに、彼女の確かな決意が伝わってくるようだった。

これは、かつて自分に世界をくれた先生への、最後の恩返しのようだった。