不完全な僕達は。【完結】



美優は、胸の奥から突き上げるような感情に突き動かされ、座り込む優希の元へとゆっくりと駆け寄っていった。

近づいてくる美優の姿に気づくと、優希は荒い息を吐きながらも、いつものように爽やかな笑顔を浮かべて見せた。

「優希くんっ……! すっごく、かっこよかったよ……!」

美優が心からの笑顔でそう伝えると、優希の瞳が嬉しそうに和らぐ。
しかし、その幸せな余韻を破るように、すぐ近くからクラスメイトたちの騒がしい声が聞こえてきた。

「え、先生大丈夫!? 歩ける?」

「あはは、大丈夫だよ。久しぶりに本気で走ったからね。ちょっと、片足を痛めちゃったみたいだ」

美優がちらりと視線を巡らせると、そこには苦笑いを浮かべながら、引きずるように片足を押さえて歩く伊澄先生の姿があった。

その姿を見た瞬間、美優の胸の奥がちくりと痛んだ。中学時代、自分を裏切ったはずの元恋人。だけど、今日のレースで、彼はおそらく自分のために、高校生を相手に必死に走ってくれた。その事実が、美優の心をもう一度だけ複雑に揺さぶる。

美優が伊澄先生の背中を見つめていた、その時だった。

グイッ、と強い力で腕を掴まれた。

「っ……!」

ドキリとして振り返ると、そこにはさっきまでの爽やかな笑顔を完全に消し去り、今にも泣き出しそうなほど切ない表情をした優希が美優を見つめていた。

「美優……行かないで」

掠れた声で、懇願するように呟く優希。掴まれた腕から、彼の不安と激しい嫉妬が痛いほど伝わってくる。

けれど、ゆっくりと人混みの向こうへ去っていく伊澄先生の背中を見つめるうちに、美優の胸のザワザワとした感覚は、ある一つの強い決意へと変わっていった。

「あ、私……っ」

優希に伝えたいのに、言葉が上手く出てこない。美優はぎゅっと拳を握りしめ、優希の優しい瞳をまっすぐに見つめ返した。

「優希くん、あのね……。私、伊澄先生ともう一度、ちゃんと話したいの。……時間を、くれないかな」

「え……」

優希は少しだけ目を見開いた。その瞳が、絶望に染まるように寂しげに揺れる。自分の負けなのかと問うように、優希は消え入りそうな声で言葉を紡いだ。

「それは……俺が、待っててもいい話?」

もし、伊澄先生の元へ戻ってしまうなら。そう怯える恋人の姿に、美優の心臓は激しく跳ね上がった。けれど、美優の決心はもう揺らがなかった。

「うん、もちろんだよ。……私は、優希くんの事が大好きだから。だからこそ、過去にちゃんと向き合わなきゃいけないと思うの。お願い、待っててほしい」

美優の真っ直ぐな言葉と強い眼差しに、優希はしばらく硬直していたが、やがて諦めたようにふっと表情を緩めた。

「ん……わかった」

優希は、名残惜しそうに、ゆっくりと美優の腕を離した。

「ありがとう、優希くん!」

自由になった美優は、伊澄先生が去っていった校舎の方向へと、一瞬の迷いもなく駆け出していった。

その様子を、応援席の後ろからちらりと見ていた萌華は、頭にハテナを浮かべて完全にパニックになっていた。

「ええっ、美優っ……!? 一体どういうことーーーっ!?」

叫ぶ萌華の声を背中で聞きながら、美優は前だけを見据えて走る。優希という最愛の人がいるからこそ、今度こそ自分の言葉で、あの悲しい過去に終止符を打つために。