萌華の言葉が響いた瞬間、テントの下の空気は目に見えて凍りついた。
美優は心臓がバクバクと嫌な音を立てるのを感じ、背筋に冷たい汗が流れる。
(どうしよう……。優希くん、怒ってるよね……?)
最悪の事態を覚悟し、恐怖で身を強張らせる美優をよそに、優希はふっといつもの柔らかい表情に戻った。そして、少しだけクスッと喉を鳴らして笑う。
「そっか。そうなんだ」
その声は驚くほど穏やかだった。けれど、だからこそ美優には、彼の瞳の奥に潜む本物の焦りと独占欲が痛いほど伝わってきた。
「いや、その……! あのね、優希くん、違うの!」
美優ははっとして、何とか誤解を解こうと必死に言い訳の言葉を紡ごうとした。しかし、優希はそれを遮るように、美優の言葉に優しく被せてくる。
「あ、そういえばさ、この後担任の先生に呼ばれてるの忘れてたわ。ちょっと行ってくるね」
優希はいつもと変わらない爽やかなトーンでそう言うと、美優の頭をポンと優しく撫でた。
その手のひらは温かいはずなのに、どこか引き止めさせないための距離感を感じさせて、美優は胸が締め付けられるようにドキリとした。そのまま何も言えなくなって、言葉を喉の奥に引っ込めてしまう。
「あ……優希くん……っ!」
振り返り、足早にテントを去っていく彼の背中に向かって、美優は消え入りそうな声で呼びかけた。けれど、その声が彼に届くことはなく、彼の背中はあっという間に人混みの向こうへと消えていってしまった。
その瞬間、隣にいた萌華がハッと息を呑む音が聞こえた。
「や、やば……! 美優、ごめん!! もしかして相良くん、怒っちゃった……!?」
萌華は自分の失言の大きさにようやく気づいたようで、みるみるうちに血の気が引き、真っ青な顔で美優の手をぎゅっと握りしめてきた。
「ううん、大丈夫だよ。気にしないで」
美優は萌華を安心させるように、なんとか無理やり苦笑いを浮かべてみせた。
けれど、美優の胸の中は、さっきまでの罪悪感とは比べものにならないほどの不安と焦燥感でいっぱいに膨れ上がっていた。いつも完璧で、怒った顔なんて滅多に見せない優希。そんな彼が、明らかにヤキモチを焼いて自分から距離を置いた。
(放課後、ちゃんと話さなきゃ……。私の大好きな人は、優希くんだけなんだって、ちゃんと伝えないと……!)
去っていった彼の残像が頭から離れないまま、美優は胸をぎゅっと押さえ、体育祭の喧騒の中でただ立ち尽くしていた。



