並んで歩いていた伊澄先生が、ふっと足を止めた。
美優もつられるようにして、ゆっくりと歩みを止める。
振り返ると、伊澄先生はかつてないほど痛切な表情で、美優を見つめていた。
「……ごめん」
「……え」
あまりにも不意な、そして真っ直ぐな謝罪の言葉に、美優は小さく息を呑んだ。
伊澄先生は、美優から決して視線を逸らさないまま、絞り出すように言葉を続けた。
「ずっと、謝りたかった。あの卒業式でのこと……美優のことを、ずっと傷つけてしまったこと……」
その言葉が引き金となり、美優の胸の奥がキリキリと、抉られるように激しく痛みだした。
あの日、世界のすべてだと思っていた優しい先生に、実は婚約者がいたのだと知った時の絶望。裏切られ、引き裂かれたあの日の痛みが、鮮烈な泥流となって脳裏に蘇る。美優は抱きしめた段ボールをぎゅっと強く腕に力を込め、かろうじて声を絞り出した。
「……もう、終わった事ですから」
関わりたくない。そう自分に言い聞かせるように冷たく言い放ち、美優は再び歩き出そうとした。
「終わってないよ」
背後から降ってきたその言葉に、美優は心臓を突かれたように立ち止まり、驚愕に目を見開いた。
ゆっくりと美優の前に回り込んできた伊澄先生の瞳は、悲痛な熱を帯びて揺れていた。
「ずっと美優しか見てなかった。それは昔も今も本当なんだ。……あいつと婚約していたことは、タイミングを見てちゃんと美優に話すつもりだった。あの後、婚約破棄もするはずだったんだ。……今更、言い訳にしかならないのは分かっている。けど、これだけは本当なんだ、美優……っ」
「っ……」
頭の芯が、ぐわんと言いようのない目まいに襲われる。美優の胸の中は、どんどん重苦しい闇に塗りつぶされていった。
(何それ……っ! 今さら、そんなこと言って……先生は私に、どうしてほしいっていうの? 私はもう……!)
終わったはずの過去を、自分の都合でこじ開けようとする伊澄先生。
そのあまりの身勝手さと、今もなお自分の心を激しく揺さぶってくる過去の思い出に、美優はただ立ち尽くし、呼吸を荒くすることしかできなかった。
水族館で優希が言ってくれた、自分のすべてを受け止めるという温かい言葉。それすらも、この重苦しい思いに押し潰されてしまいそうだった。



