不完全な僕達は。【完結】




薄暗い体育倉庫の奥、埃っぽい匂いが立ち込める中で、美優は目的のクラスゼッケンが入った段ボールを見つけた。

しかし、それは美優の背よりも高い棚の上に置かれていた。

「よいしょ……っ」

背伸びをして、一生懸命に指先を伸ばす。あと少しで届きそうになった、その時だった。

美優の頭上から、すっと長い大きな手が伸びてきて、目的の段ボールを軽々と掴み取った。

「わっ……!」

驚いて勢いよく振り返ると、至近距離に男の人が立っていた。カッターシャツの袖を少しだけ捲り上げたその人は、クスッと小さく喉を鳴らして笑う。

「危ないぞ。そんなに無理して手を伸ばしたら、上の荷物が崩れてきちゃうだろ」

聞き覚えのある、どこまでも穏やかで甘い声。
見上げると、そこには伊澄先生が立っていた。

「伊澄……先生……っ」

美優は大きく目を見開いたまま、身体を硬直させた。ドクン、ドクンと、一瞬止まりかけた心臓が今度は早鐘を打ち始める。

伊澄先生は、美優のそんな動揺に気づいていないかのように、手にした段ボールを優しく美優の胸元へと差し出した。

「はい、これ。……丁度、体育祭の準備の備品を取りに通りかかったんだ。手伝えて良かった」

そう言って見せたのは、あの中学時代、美優が世界のすべてだと信じて疑わなかった頃の、あの優しくて温かい笑顔だった。

歪んだ終わり方をしたはずなのに、まるで何事もなかったかのように向けられる昔の笑顔。美優は、かつてのトラウマと、一瞬だけ蘇りそうになった懐かしさに、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。

美優が言葉を失って段ボールを抱きしめていると、伊澄先生はふっと目線を下げて、少し寂しそうに口元を歪めた。

「……こんな所、あの彼氏くんに見られたら、やっぱり困るかな?」

「あ……」

ドキリとして、美優の肩が小さく跳ねる。優希の名前を出された瞬間、冷え込みかけていた美優の心に、確かな熱が戻ってきた。今の自分を丸ごと愛してくれている、大切な恋人の顔が頭に浮かぶ。

「っ……いえ。ありがとうございます、助かりました」

美優はそれだけを毅然と言い残すと、逃げるように体育倉庫の出口へと歩き出した。
しかし、伊澄先生もまた、資料を抱えたまま美優の後を追うように倉庫を出ていく。

外へ出ると、運動場の眩しい太陽の光が二人を照らした。美優は一刻も早く優希や萌華のいる場所へ戻りたかったが、伊澄先生は美優の歩調に合わせるように、すぐ隣をゆっくりと並んで歩き始めた。

(どうしよう、早くクラスのテントに戻らなきゃ……)

すぐ隣を歩くかつての恋人の気配に、美優は気が気ではなかった。