どれほどの時間が経ったのだろう。
「キーンコーンカーンコーン……」
静まり返った保健室に、無情にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。その音にハッと我に返り、美優と優希は少し名残惜しそうに、ゆっくりと唇を離した。
「……あ。大変、昼休み終わっちゃった。萌華、教室で待ってくれてるよね」
美優はスマートフォンの画面に表示された時間を見て、慌ててベッドから起き上がった。
優希もベッドの端に腰掛けたまま、まだ少し耳を赤くして「あー……そういえばそうだったな」と、バツが悪そうに頭をかいている。
二人は誰もいない保健室をあとにした。
廊下に出ると、優希は自然な動作で美優の小さな手をぎゅっと握りしめた。さっきまでの不安が嘘のように、その手のひらは温かく、力強い。美優も今度は逃げずに、その手を優しく握り返した。
しかし、5時間目の授業が始まる直前の廊下には、まだ何人もの生徒が行き交っている。
「あっ、ちょっと優希くん、誰かに見られたら……っ」
美優が焦って手を引こうとすると、優希はニカッと悪戯っぽく笑って、あえて教室のすぐ手前までその手を離さなかった。美優の頬は、内側からの熱でほんのりと桃色に染まっていく。
教室のドアを開けると、自分の席でソワソワしながらこちらを気にしていた萌華の姿がすぐに目に入った。
「え!?美優と相良くん!?ってか美優大丈夫なの?!」
美優が席に戻るなり、萌華は机に身を乗り出してジロジロと驚いて見ている。
しかし、教室に入る直前まで繋がれていた二人の手の余韻と、美優の少し潤んだ瞳、そして何より、後ろから席に戻っていく優希のどこか「やりきった」ような、妙にスッキリとした男らしい笑顔を見た瞬間、萌華の鋭い目がキランと光った。
「あれ……? なんか、雰囲気変わってない?」
萌華は一歩前に出ると、美優の顔をのぞき込んだ。
「も、萌華、心配させてごめんね……もう、大丈夫だから」
美優が視線を泳がせながら小声で謝ると、萌華はすべての状況を察したように、顔全体を歓喜の表情へと変えていく。
「ちょっと……! まさか、ついに言ったのね美優!?」
「あ、う、うん……」
美優が恥ずかしそうにコクコクと頷くと、萌華は「きゃあぁぁぁ……っ!」と叫びそうになる口を慌てて両手で押さえた。授業前の教室で大騒ぎするわけにはいかないが、その目は完全に興奮している。
「良かったぁぁ! もう、心配したんだからねー! 最高の展開じゃん!」
萌華は机の下で美優の手をぎゅっと握りしめた。
「もー、萌華、声が大きいよぉ……っ」
恥ずかしさで顔が爆発しそうな美優だったが、親友の笑顔に触れて、今度は本当に幸せな笑顔を咲かせていた。
前を向くと、少し離れた席から優希がこちらを振り返り、愛おしそうに美優を見つめていた。
かつて中学時代、図書室の片隅からただ見つめることしかできなかった少女が、今、自分の彼女として、世界で一番綺麗な笑顔で笑っている。
「ちょっと、放課後は絶対にマック直行だからね! 惚気話、一から十まで全部吐かせるから!」
萌華がニヤニヤしながら美優のノートの端につついた。
その時、5時間目のチャイムと同時に教室のドアが開き、理科の資料を持った伊澄先生が入ってきた。一瞬、教室内が緊張感に包まれる。
しかし、優希と視線を合わせた美優の心は、もう驚くほど軽やかだった。
重い過去の鎖を断ち切った美優の日常は、頼もしい親友と、誰よりも自分を愛してくれる恋人の存在によって、これまでにないほど鮮やかで優しい光に満たされ始めていた。



