優希は美優の身体を優しく支えたまま、促すようにゆっくりと歩き出し、そのまま静かに渡り廊下を去っていった。
二人が離れていく後ろ姿を、伊澄先生は胸を抉られているかのように、切なく悲痛な目で見つめていた。拳を固く握りしめ、ぽつりと声を漏らす。
「美優、俺は……」
消え入りそうなその呟きは、誰に届くこともなく虚しく廊下に消えていった。
カツ、カツ、と二人の足音だけが響く中、美優と優希は無言のまま廊下を進んでいた。
美優の胸は、恐怖からとは違う別のドキドキとした緊張感で破裂しそうだった。隣を歩く優希の横顔は、いつもの爽やかな笑顔が消え、どこか険しい。
(どうしよう……優希くん、怒ってるよね……?)
自分の複雑な過去のせいで、彼を巻き込んでしまった。嫌われてしまったかもしれないという不安が、美優の心を重く支配していく。
やがてたどり着いた保健室のドアを開けると、幸いなことに先生の姿はなく、誰もいない静寂が広がっていた。
室内に入った瞬間、優希はふう、と深くため息をついた。その音に美優の身体がピクリと強張る。
「あのね、優希くん……!」
これ以上誤魔化してはいけないと、美優が意を決して声をあげた、その時だった。
「っ……わ、」
視界が急に回り、美優の言葉は優希の逞しい腕の中に閉じ込められた。
優希は美優を逃がさないように強く、ぎゅっと力任せに抱きしめる。驚いて息を呑む美優の耳元に、彼の少し低く掠れた声が優しく、だけど切なく囁かれた。
「ごめん……少し、妬いた」
「優希くん……」
その言葉に宿る、隠しきれない独占欲と愛おしさに、美優の胸の奥の不安が一気に溶けていく。美優はそっと手を伸ばし、優希の広い背中に自分の腕を回した。彼を安心させるように、そして昨夜からずっと温めてきた想いを、今度こそ届けるために。
「優希くん……あのね、私、っ……」
溢れ出す気持ちを言葉に繋げようとした、その瞬間だった。
身体にかかる重力がいきなり変わり、美優の視界が大きく揺れた。気づいた時には、優希の身体に押されるようにして、白いシーツの敷かれた保健室のベッドへと、ゆっくりと押し倒されていた。
背中に伝わるマットレスの柔らかさと、目の前を覆う優希の大きな身体。
見上げると優希の瞳は、これまでにないほど熱く、深く、美優だけを強く射抜いていた。



