恥ずかしさのあまり、弾かれたように教室を飛び出した美優。背後からすぐに、聞き慣れた足音と楽しげな声が追いかけてくる。
「ちょっと美優、待てって!」
(ええっ!? ちょっと、何で追いかけてくるの!? いま私、優希くんの顔なんて絶対に見られないのに……っ!!)
心臓が破裂しそうなほどバクバクと鳴り響く中、美優は必死に足早に廊下を突き進んだ。とにかく誰もいない静かな場所へ――そう思いながら飛び込んだのは、昼休みでひっそりとし静まり返った図書室だった。
薄暗い本棚の並ぶ奥へと逃げ込もうとしたその時、背後から伸びてきた大きな手が、美優の腕をそっと、だけど確実に掴んだ。
「はは、そんな逃げなくても……っ」
優希は少し息を切らしながらも、おかしそうに声を上げて笑い出した。捕まってしまった美優は、いよいよ逃げ場をなくしてパニックになる。
「だって、萌華がからかうから! ……って、そうじゃなくてっ!」
言葉が上手くまとまらず、自分でも何が何だか分からない言い訳を口にしてしまう美優。そんな彼女の慌てようを、優希は愛おしそうに見つめると、掴んでいた腕からそっと手を滑らせて美優の手を優しく引いた。
「美優、こっち向いて」
低く、甘い声。抗うこともできず、美優は観念してゆっくりと優希の方を振り返った。
優希は美優の顔を正面から見つめると、すぐに声を弾ませた。
「ふは、顔真っ赤じゃん」
「あっ! これは違うの! 赤くなんかないしっ……!」
子供のようにムキになって、美優は可愛く抵抗してみせる。しかし優希は、そんな美優の愛らしい反論を優しく受け流しながら、そっと右手を伸ばした。昨日、水族館の光の中で触れられたときと同じように、温かい手のひらが美優の頬に添えられる。
「もしかして、俺のこと……意識してくれてる?」
優希はニヤリと悪戯っぽく微笑み、美優の瞳をじっと覗き込んできた。
心臓がドクンと跳ね上がる。図書室の静寂の中で、自分の鼓動の音が優希に聞こえてしまうのではないかと怖くなる。美優の瞳に、恥ずかしさとときめきが混ざり合った微かな涙が浮かんだ。
「そういうこと……言わないでっ……」
消え入りそうな声で抗議しながら、美優は優希の真っ直ぐな視線から逃れるようにそっと後ずさりした。しかし、すぐに背中に固い感触が当たる。本棚に行き止まりを阻まれてしまった。
完全に退路を断たれた美優の前に、優希がゆっくりと一歩踏み込む。彼は美優の頭上からクスッと小さく笑うと、そのまま自然に顔を近づけた。
(あ……っ)
身構えてぎゅっと目を瞑った美優の、少し熱を持った額に、柔らかくて温かいものがそっと触れた。
ちゅ、と、静かな図書室に微かな音が響く。
「え……っ!?」
美優の身体がピクリと大きく反応した。驚きでパッと目を開けると、すぐ目の前には、いたずらが大成功した子どものように、白い歯を見せて笑う優希の顔があった。
優希は美優の反応を満足そうに見つめながら、いたずらっぽく舌をペロッと出してウインクをしてみせた。
「はは、今日はこれで許してあげる」
それだけを言い残すと、優希は引き留める隙も与えず、ひらひらと手を振りながら足早に図書室を去っていった。
一人残された美優は、触れられたおでこを両手で押さえたまま、その場にへなへなと崩れ落ちた。
(もう……優希くんの意地悪……っ)
額に残る確かな熱のせいで、美優の心臓はいつまでも激しい鼓動を刻み続けていた。



