美優の目から溢れそうになった涙を、優希は長い指先で優しく、そっと拭った。
「美優……?」
いつもの意地悪な余裕はどこへやら、優希は本当に心配そうな目で美優を覗き込んでくる。
そんな彼の不器用な優しさが愛おしくて、美優の胸の奥は温かいもので満たされていった。
「ううん、何でもない。ごめんね」
美優は首を小さく横に振ると、顔を上げて優希をまっすぐに見つめた。
「なんか……嬉しくなっちゃって」
そう言って、美優は笑った。
今まで男の子たちの前で作ってきたような、愛想笑いでも、取り繕った笑みでもない。心の底から湧き上がった、初めての自然な笑顔だった。水族館の青い光を浴びて、美優の表情が柔らかく輝く。
その瞬間、優希は息を呑むように、ゆっくりと目を見開いた。
美優の心からの笑顔に、彼の心が完全に奪われたのが分かった。優希の瞳に、熱が灯る。彼は引き寄せられるように、美優の顔へとゆっくりと顔を近づけてきた。
(っ……)
近づいてくる優希の綺麗な顔を見つめながら、美優もまた、導かれるようにそっとゆっくりと目を瞑った。トクン、トクンと、二人分の早い鼓動が水槽の水の音に溶けていく――。
その時だった。
ブーー、ブーー、ブーー。
美優のスカートのポケットから、空気を読まない激しいバイブレーション音が鳴り響いた。
「っ……!」
現実に引き戻された美優は、弾かれたようにぱっと目を開けて優希から身体を離した。慌ててポケットからスマートフォンを取り出して画面を見ると、そこには『萌華』の二文字が光っている。
通話ボタンを押して耳に当てると、受話器の向こうから大音量の声が降ってきた。
『ちょっと、美優ー!? もうすぐ集合の時間だよー? まだデート中ー!?』
「ご、ごめん萌華! すぐ戻るね!」
美優は心臓をバクバクと高鳴らせながら、焦ってそのまま通話を切った。
完全に我に返った美優は、スマホを握りしめたまま、一気に顔が沸騰していくのを感じた。耳の先まで真っ赤になり、恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。
(っていうか私……いま優希くんと、キスするとこだったよね……!?)
恐る恐る、ちらりと優希の方を見てみる。
すると、いつも完璧なはずの彼もまた、あからさまに動揺していた。優希は拳を口元に当てて、ふいっと視線を斜め上に反らす。よく見ると、彼の白い肌が耳の後ろまで真っ赤に染まっていた。
「ごほん、あー……そろそろ、戻ろっか」
「う、うん……そうだね」
よそよそしく、だけど最高に照れくさそうに言葉を交わす二人。
さっきまでのシリアスで甘い空気はどこへやら、二人はお互いに目を合わせられないまま、ギクシャクとした歩調で、夕暮れの集合場所へと歩き出すのだった。



