「完璧じゃないよ」
薄暗い水中トンネルの片隅で、優希は美優を強く抱きしめたまま、耳元で低くそう囁いた。その声は、どこか切なく震えているように思えた。
「優希くん……?」
腕の中で、美優は不思議そうに呟いた。いつも完璧で、自信に満ち溢れているように見える彼からそんな言葉が出るなんて、想像もしていなかったからだ。
優希はしばらく美優の温もりを確かめるように抱きしめていたが、やがてゆっくりとその身体を離した。そして、繋いだままの美優の手を優しく引き寄せると、そっと自分の左胸の上へと導いた。
服の生地越しに、美優の掌にリズムが伝わってくる。
ドク、ドク、ドク、と、それは驚くほどに早く、激しく脈打っていた。
「っ……」
美優は思わず目を見開いて、優希の顔を見つめた。いつも涼しげな顔をしている彼の心臓が、今、壊れそうなほどのスピードで動いている。
優希はそんな美優の驚きを受け止めるように、優しく、だけどどこか寂しげに微笑んだ。
「ね、早いのわかる? ――俺は、完璧なんかじゃないよ。美優の一言一言で、こんなにも余裕がなくなるんだ」
優希の真っすぐな瞳が、水槽の青い光を反射して、まるで深い海の底のように揺れている。
「美優、完璧な人間なんて、世の中にはいないんだよ。どれだけ周りからそう見えていても、その人の中身までは誰にもわからない。……もしかしたら道に迷って、何度も転んで、茨の道を進んできたかもしれないのに、そう見えないように周りには隠しているだけなんだよ」
自嘲気味に、悲しそうに笑う優希の横顔を見て、美優の胸が締め付けられるように痛んだ。
誰にでも優しくて、何でもできて、いつも輝いているクラスの人気者。そんな彼の心の奥底に、誰も触れたことのない深い孤独や、隠された過去があるのかもしれないと美優は感じとった。
彼の早い鼓動が、美優の掌を通して、彼女の心臓へとシンクロしていく。二人の距離は、ただ付き合っているという関係を超えて、お互いの脆い部分に触れるように、さらに深く重なり合おうとしていた。



