不完全な僕達は。【完結】





「じゃあ姫野……、一つだけ約束してほしいんだけどさ」

相良はそう言うと、机の上に置いていた美優の片手を、大きな手のひらでぎゅっと包み込むようにして握った。

突然のことに、美優の肩が小さく跳ねる。

「……っ、約束?」

美優は不思議そうに首を傾げ、相良の顔を見つめた。

相良はいつもの爽やかな表情を少しだけ引き締め、真剣な、けれどどこか祈るような優しい瞳を美優にまっすぐ向けて言葉を紡いだ。

「姫野がもし……、俺のことを嫌いになった時だけ、俺のことを振って」

夕暮れの教室に、彼の少し低い声が静かに響く。

「俺はこれから先、姫野を振ることは絶対にないから。……それだけ、約束してくれない?」

美優は驚いて、小さく目を見開いた。

「えっと……どういうこと……?」

理解が追いつかず、思わず問い返す。
これまで付き合ってきた男子たちは、いつも美優の顔色を窺い、自分のプライドを守ることに必死だった。それなのに相良は、最初から自分に主導権をすべて委ね、自分からは絶対に離れないと宣言している。

「深い意味はないよ?」

美優の困惑を察したのか、相良は握る手に少しだけ力を込め、少し照れくさそうに笑った。首の後ろを空いた手でさすりながら、視線を泳がせる。

「俺が、姫野を独占したいだけ、かな」

独占、という強い言葉が、美優の胸の奥にまっすぐ突き刺さった。

(この先、私が相良くんを嫌いになる可能性なんて、あるんだろうか……)

美優は、自分の胸の内に問いかけるように、しばらく静かに考え込んでいた。
あんな風に自分のために怒ってくれて、怪我がないか本気で心配してくれて、こんな夕暮れの教室で真っ直ぐに「好きだ」と伝えてくれた彼を。いつも誰に対しても誠実で、太陽のように眩しい相良くんを、自分が嫌いになる未来なんて、どうしても想像がつかなかった。

それに、彼がこれほど強い熱量で自分を縛ろうとしてくれることが、過去のトラウマで凍りついていた美優の心には、どうしようもないくらいに心地よかった。

美優は小さく息を吸い込み、相良の瞳を見つめ返した。

「……わかった」

静かに、けれど確かな決意を込めて頷く。

美優の返答を聞いた瞬間、相良の顔に、弾けるような嬉しそうな笑顔が咲いた。

「じゃあ、約束な」

相良はさらに強く、愛おしそうに美優の手を握りしめた。窓の外からは、放課後の部活動の遠い喧騒が聞こえてくる。赤く染まる教室の中で、二人が交わした小さな約束は、美優の閉ざされた世界を優しく、そして確実に変えていく絆の始まりだった。