美優は驚きのあまり、息をすることさえ忘れたようにその場で固まってしまった。手に持っていたプリントが、指先からかすかに震えている。
そんな美優の様子を見て、相良はクスッと楽しそうに喉を鳴らした。
「はは、姫野ほんと鈍いよね。俺、さり気なくアピールしてたんだけどな」
いつもの爽やかな調子でそう言う相良。けれど美優の頭の中は、嵐に巻き込まれたように混乱していた。これまで数え切れないほどの男子から告白されてきたはずなのに、こんなにも言葉が出てこないのは生まれて初めてだった。
「えっと……付き合うって、その……恋愛的な意味、だよね?」
どうにか絞り出したのは、的外れで不器用な聞き返しだった。
相良は再び「はは」と声を上げて笑う。
「他に何があるんだよ」
笑い声が止み、夕暮れの静寂が教室を包み込む。相良はホッチキスを机に置くと、美優のガラスのような瞳を真っ直ぐに覗き込んできた。その瞳には、冗談やからかいの色などひとかけらも残っていない。
「俺……、結構本気だけど」
低く、鼓膜に心地よく響く声。美優は胸の奥が、かつてないほど激しくざわざわと波立っているのを感じていた。心臓の音がうるさくて、自分の呼吸の音さえ分からなくなる。
(ちょっと待って……。相良くんは、私のこと……)
今まで付き合ってきた男子たちのように、自分の見た目などを欲しがっているのではない。図書室で誰もが自分を冷血人間だと蔑んだあの時、彼だけは違った。私の傷に気づいて、真っ直ぐに怒ってくれた。
「ちょっと待って、えっと…相良くんはその……私のこと……っ」
慌てて質問しようとしたものの、その先にある「好き」という言葉を口にするのが急に恐ろしくなり、何より猛烈に恥ずかしくなって、美優は言葉を詰まらせた。赤くなっていく顔を隠すように、思わずうつむいてしまう。
そんな美優の動揺を、相良はどこまでも優しい目で見つめていた。
相良が静かに椅子を寄せ、二人の距離がさらに縮まる。ふわりと、彼の体温が近づいてくる気配に美優の身体がすくんだ。
相良は大きな手をそっと伸ばすと、美優の髪に優しく触れた。髪を優しい指先で梳かしながら、ゆっくりと美優の耳の後ろへとかける。
肌と肌が触れ合う距離で、美優の胸がドクンと大きく跳ね上がった。伊澄先生の時とは違う、もっと熱くて、優しくて、逃げ出したくなるほどのときめきが全身を駆け抜ける。
相良は髪をかけた手をそのまま美優の頬に添え、逃げないように優しく顔を上げさせた。
「うん、姫野の思っている通りだよ」
夕日のオレンジ色が、相良の真剣な表情を鮮明に映し出す。
「俺は、姫野のことが好きなんだ」
その真っ直ぐな告白は、美優が中学時代からずっと心の奥底に張り巡らせていた「誰も入れないはずのバリア」を、跡形もなく綺麗に溶かしていった。



