「私の話は、つまらないよ」
美優は視線を落とし、困ったように声を濁した。自分の内側を見せることに慣れていないのだ。いつだって他人の期待に応えるキャラでいればそれでよかったし、本当の自分なんて中身は空っぽだと思い込んでいる。
そんな美優の様子を、相良は責めるでもなくニコッと優しく笑って受け流した。そして、ホッチキスを留める手を小さく動かしながら、ごく自然な、何気ない口調で尋ねてきた。
「じゃあ……、姫野は今、付き合ってる奴っている?」
不意を突かれた質問に、美優は少しだけ目を見開いた。
図書室で他クラスの男子生徒たちに酷い言われ方をして別れてから、まだそれほど時間は経っていない。美優は抱えていたプリントに指先を沈めながら、そっと視線を斜め下へと逸らした。
「えっ……今は、いないかな」
心臓の鼓動が、ドクドクと不気味なほど大きく響き始める。
(なんで……、なんで私、こんなに緊張してるんだろっ)
ただのクラスメイトとの、よくある他愛のない恋愛トークのはずだ。それなのに、喉の奥がカラカラに乾いて、どうしても相良の真っ直ぐな瞳をまともに見ることができない。自分の歪んだ恋愛遍歴を知られたらどう思われるだろうかという恐怖と、彼にどう思われているのかという焦りが、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
相良は手元のプリントにホッチキスの針を小気味よく打ち込みながら、横顔のまま、まるで「明日の天気」でも尋ねるかのような自然な流れで言葉を紡いだ。
「じゃぁさ……、姫野、俺と付き合ってみない?」
夕暮れの静かな教室に、その言葉がぽつりと落ちた。
美優の思考が、完全に停止した。
これまでに何度も何度も、数え切れないほどの男子から言われてきたセリフ。いつもなら「うーん、いいけど」と、なんの感情も動かさずに淡々と頷いて終わるはずの言葉。
なのに、どうして。
「え……?!」
美優は驚きのあまり声を上げ、弾かれたように相良の方を振り返った。
ホッチキスを留める手を止めた相良が、ゆっくりとこちらを向く。西日に照らされた彼の瞳は、これまで美優に告白してきたどの男子たちとも違っていた。怯えも、下心の混じった期待も、美優の肩書きへの憧れもない。ただ、目の前にいる「姫野美優」という一人の女の子だけを真っ直ぐに見つめる、強く揺るぎない光を宿していた。
美優の胸の奥で、中学時代からずっと冷たく凍りついていた時計の針が、今度こそ完全に、大きな音を立てて動き出そうとしていた。



