「姫野っ!」
相良の鋭い叫び声が狭い資料室に響いた。
美優が驚いて反射的に目を瞑った瞬間、強い力で身体を引き寄せられ、視界が完全に遮られた。
ぎゅっと、強く抱きしめられる。
――バサバサバサバサ!!
激しい音を立てて、大量の資料や段ボールが二人の周囲へと崩れ落ちていった。衝撃が収まった直後、頭上から「いって~……」という低く掠れた声が聞こえてくる。
美優は恐る恐る目を見開いた。
「え?! 相良くん?! 大丈夫?!」
慌てて顔を上げた美優は、自分が相良の逞しい腕の中にすっぽりと収まり、 密着するように抱きしめられていることに気づいた。彼の温もりと、少し硬い胸板の感触がダイレクトに伝わってくる。
「いやー、危なかったわー」
相良は片手で自分の頭の後ろをさすりながら、少しだけ身体を離した。頭に資料が直撃したはずなのに、彼は眉を八の字にして、いつものようにケラケラと笑っている。
ドクン、と美優の胸が大きく跳ねた。
美優は自分の動揺を隠すように、ゆっくりと相良の腕から離れ、一歩後ろに下がった。
「相良くん……ごめんね、私のせいで」
消え入りそうな声で謝りながら、美優は必死で自分に言い聞かせていた。何故だか心臓がうるさいくらいに脈打っているけれど、それはきっと、今さっき箱が落ちてきて驚いたからだ。この激しいドキドキは恐怖のせいだ――そうやって、自分の本当の感情に気づかないふりをした。
すると相良は、いたずらが成功した少年のような顔でニカッと笑った。
「大丈夫だって。それより、姫野に怪我がなくて良かったわ。っていうかさー、細すぎ。ちゃんと飯食べてんの?」
冗談まじりに美優の顔を覗き込んでくる。
その瞬間、美優は相良の笑顔から、どうしても目が離せなくなってしまった。
彼の屈託のない瞳、真っ直ぐな言葉、自分を真っ先に守ってくれた優しさ。
気づけば美優は、吸い込まれるようにじっと相良の瞳を見つめてしまっていた。あまりにも熱い視線を向けられ、今度は相良の方が驚いたように瞬きをする。
「ん? ……姫野……?」
名前を呼ばれ、美優はハッと我に返った。慌てて何度か瞬きをして、視線を泳がせる。
「あっ、ごめんね! なんでもないの」
「あー……」
相良はふいっと視線を斜め下へと逸らした。その耳の端が、ほんのりと赤く染まっている。彼はきまり悪そうにガシガシと頭をかいた。
「あんま真っ直ぐ見つめられると、さすがに照れるわ」
照れ隠しのように小さく咳払いをすると、相良は何かを確かめるような、少し真剣な目を美優に向けた。
「っていうかさ……。姫野、抱きしめたこと怒らないんだ?」
突然の質問に、美優はきょとんとしてしまった。今まで付き合ってきた男子たちからは、ハグされるのも、触れられるのも、ただ「恋人としての義務」のように淡々と受け入れてきたからだ。そこまで怒るという発想自体が、美優にはよく分からなかった。
「え?なんで?」
不思議そうに首を傾げる美優を見て、相良は一瞬きょとんとした後、耐えかねたように「ふはっ」と吹き出した。
「はは! 姫野……ほんと鈍すぎっ」
相良はお腹を抱えるようにして、しばらくの間、楽しそうに笑い続けていた。
その笑い声を聞きながら、美優はただ、自分の胸の奥のざわめきがどんどん大きくなっていくのを、どうしても止めることができずにいた。



