「お前らさ、楽しい?」
静まり返った図書室に、低く冷ややかな声が突き刺さった。
男子たちの下卑た笑い声が、ピタリと止まる。
カタン、と硬い音を立てて、テーブルに一冊の本が置かれた。
「こんな場所でそんな下品な話してさ。くそダサいよ、マジで」
言葉遣いは荒いけれど、その声には一切の迷いがなく、毅然とした響きがあった。予期せぬ乱入者に、元カレの男子たちが動揺するのが空気で伝わってくる。
「……あ? なんだよお前、関係ねぇだろ」
「大有りだよ。別れたとはいえ、自分の実力不足を棚に上げてさ、姫野に対して失礼だと思わないわけ? 聞いてて反吐が出んだけど」
真っ直ぐで、容赦のない正論。
数秒の不穏な沈黙の後、バツが悪くなったのか、男子の一人が「チッ」と大きく舌打ちをした。
「……はいはい。悪かったよ、出ていきゃいいんだろ、出ていきゃ」
ガタガタと椅子を引く音がして、男子たちは逃げるようにゾロゾロと図書室から出ていった。重い扉が閉まり、再び静寂が戻る。
美優は、トク、トク、と速くなる鼓動を感じながら、書架の隙間から恐る恐る向こう側を覗き込んだ。
自分のために怒ってくれた、その人物の横顔を見た瞬間、美優は息を呑んだ。
(え……相良くん……?)
驚きのあまり、瞳が大きく見開かれる。
そこにいたのは、同じクラスの相良優希だった。
普段はいつも爽やかで、ニコッと明るい笑顔の彼が、今は珍しく眉間に深い皺を寄せて、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべている。
(相良くんが、庇ってくれた……? 私のことを……?)
クラスではたまにしか話したこともない。完璧な女子高生として振る舞う美優を、いつも遠巻きに見ているだけだと思っていた。それなのに、あんな風に真っ直ぐに怒りを露わにして、自分を守ってくれた。その事実が、美優の冷え切った心に強烈な衝撃を与えていた。
相良は男子生徒たちが出ていったのを見届けると、テーブルの椅子にドカッと乱暴に腰掛け、片手で大きな頬杖をついた。
そして、「はぁ……」と、図書室の空気を震わせるほど深い、ため息を吐き出す。
美優の手には、まだあの思い出の小説が握られたままだった。
早くこれをカウンターに持っていって借りたい。でも、貸出カウンターへ向かうための通路のど真ん中に、他ならぬ相良が座っている。
今ここから歩き出せば、自分が今の酷い噂話を全部聞いていたことがバレてしまう。
そんなのみじめすぎるし、何より、庇ってくれた彼とどんな顔をして目を合わせればいいのか分からない。
(どうしよう……気まずい……)
美優は本を胸に抱きしめたまま、書架の影で完全に立ち往生していた。



