茶髪のワンレンボブを軽く揺らし、姫野美優はいつも通りの退屈な足取りで廊下を歩いていた。
耳元からちらりと覗くオシャレなインナーカラー。ぱっちりとした二重の瞳に、何も塗らなくてもぷるんとした桜色の唇。白い肌に映えるスラリとした手足は、少し短めの制服のスカートも相まって、まるで雑誌から飛び出してきたモデルのようだった。
テストの成績は常に学年上位。体育の授業でも、どんな種目も卒なくこなしてしまう。誰が見ても完璧な女子高生――それが、この学校における美優のポジションだった。
廊下を歩けば、すれ違う男子生徒たちが一斉に色めき立ち、ちらちらと視線を送ってくる。けれど、当の本人はそんな熱視線を気にする風でもなく、ただの背景として通り過ぎるだけだった。
「あの、姫野さん。ちょっと今、時間いいかな……?」
放課後や空き時間、こうして呼び出されるのは美優にとって日常茶飯事だった。
そして美優は、相手が特別に変な人間でなければ、大抵の告白を断らない主義だった。来る者を拒まないのは、優しさからではない。ただ、断る理由を探す方が面倒だったからだ。
今回の相手は、2年生のバスケ部に所属する先輩だった。
たまたま昼休みに体育館の脇を通りかかった美優の姿が、彼の目に強烈に焼き付いて離れなくなったらしい。
連れてこられた体育館裏は、初夏の生ぬるい風が吹き抜けていた。
先輩は耳まで真っ赤に染めながら、まっすぐに美優を見つめて声を絞り出す。
「俺、立石海人っていうんだ。……姫野美優ちゃんだよね。良かったら、俺と付き合ってほしい……!」
短髪の黒髪に、日に焼けた肌。屈託のない笑顔が似合いそうな、絵に描いたような元気な犬系スポーツ男子だった。顔も悪くないし、何より人柄が良さそうで優しそうな印象を受ける。
美優は、感情の起伏を感じさせない淡々とした声で応じた。
「うーん、いいですけど。私、先輩のこと、まだ好きとかよくわからないんですよね……。それでも付き合います?」
あまりにも温度のない、突き放すような物言い。普通の男子なら、そのクールな態度に怯むか、プライドを傷つけられるところだろう。
しかし、立石先輩は違った。
付き合えるという事実そのものが、飛び上がるほど嬉しかったらしい。
「大丈夫! 俺、絶対に美優ちゃんに好きになってもらうから!」
先輩は満面の笑みを浮かべ、拳を握りしめて熱く意気込んだ。その瞳は、まるでこれから始まる試合を前にした選手のように、キラキラと輝いている。
「……そうですか。じゃあ、よろしくお願いします、立石先輩」
美優は小さく息を吐き、どこか他人事のように微笑んだ。
誰もが羨むような完璧な女子高生でありながら、心の中には「誰かを特別に好きになる」という感情がすっぽりと抜け落ちている美優。そして、真っ直ぐな熱量で彼女の心をこじ開けようとする立石先輩だった。



