――あの頃の私は、ずっとそう思っていた。
もっともっと、自分が磨かれる前の「原石」だった頃。
そんな冷めた理屈なんてひとつも考えないくらい、ただ純粋に、狂おしいほど世界に夢中になっていた時期があった。
だって、あの時の私の世界には、伊澄先生がいたから。
先生の言葉、先生の手の温もり、先生の優しい眼差し。
そのすべてが私の世界の中心で、先生こそが絶対的な、完璧な存在だと信じて疑わなかった。
でもね。
思い知らされてしまったんだ。
先生もやっぱり、完璧なんかじゃなかった。
大人のずるさと弱さを持った、ただの人間だった。
やっぱり、私達はどこまでも"不完全"だ。
誰も、誰のことも、永遠に満たすことなんてできやしない。
真っ白な雪がいつかは泥に汚れて溶けていくように。
私の初恋は、あの日、不完全な世界の摂理に飲み込まれて消えた。
……だからこそ、私はまだ知らない。
そんな乾ききった私の世界を、もう一度塗り替えてしまうような男の子が目の前に現れることを。
そして、あの色褪せたはずの古い本のページが、再びめくられようとしていることを。



