ノートの束を抱えた相良優希が、爽やかな足取りで教室のドアから去っていく。
その後ろ姿を見送るか見送らないかのうちに、隣の席から萌華がすかさず身を乗り出してきた。
「何々~?なんか良い感じじゃん!」
萌華はこれ以上ないほどニヤニヤとした笑みを浮かべ、肘で小突くようにして美優をからかってくる。
美優はそんな親友の反応に、パチパチと瞬きを繰り返した。夢の残像がまだ胸に残っているせいか、その声音はひどく冷静だった。
「え、そんなんじゃないよ?」
「え~、でもさ、相良くんみたいな爽やか&優しいイケメン男子、めっちゃ良くない?女子の競争率高いけどさ!あぁいう感じの男子、美優にすごく似合いそうだけどなあ」
萌華はひとりで勝手に盛り上がり、楽しそうに言葉を続ける。
「ほら、美優は失恋したとこだしさ。この際、相良くんに乗り換えるみたいな〜ってど?」
親友の熱い推しっぷりに、美優は思わず苦笑いをこぼした。
「いやいや、相良くん勝手に巻き込んじゃだめでしょ」
そう言って笑うと、萌華も「あはは、冗談だよ〜ん」と笑いながら自分の席へ戻っていった。
やがて予鈴が鳴り、次の授業が始まる。
先生の解説する声が心地よい雑音のように教室を満たす中、美優はノートを取る手を止め、窓の外へと視線を向けた。
昼下がりの柔らかな光が差し込む校庭を、ぼんやりと見つめる。
意識は自然と、先ほど夢に見た懐かしい人の姿へと向かっていた。
――伊澄先生。
あの激しい夏の光、冷たかった海、そして、裏切りの卒業式。
あの手痛すぎる失恋さえ経験しなければ、今の自分はもっと純粋に、周りの男の子にときめいたりできていたのかな。
そんな風に、どこか冷めきってしまった現在の自分を、美優は少し寂しく、冷ややかに俯瞰していた。
心がすっかり過去の傷に囚われ、物憂げに窓の外を見つめる美優。
だが、彼女はまだ気づいていなかった。
前方の席から、相良優希がそっと振り返り、そんな彼女の横顔をじっと見つめていたことに。
その瞳には、からかうような色は一切なく、ただ美優をそっと包み込むような、どこまでも優しい光が宿っていた。



