不完全な僕達は。【完結】





筒が床に転がった乾いた音は、静まり返った廊下に冷酷に響き渡った。

その音に、図書室の中の二人がハッとして振り返る。
隙間から見えた伊澄の顔が、恐怖に染まったように凍りついた。彼は大きく目を見開き、焦燥を剥き出しにして声を絞り出す。

「美優っ……!」

その声に弾かれたように、美優は反転して走り出していた。
涙で歪む視界のまま、ただこの場所から、彼から逃げ出したくて、がむしゃらに廊下を駆ける。

「美優っ!! 待て、美優!!」

背後から伊澄の必死な叫び声と、激しい足音が追いかけてくる。
どうして、どうして。頭の中はその言葉だけで埋め尽くされ、溢れ出る涙が頬を濡らしていく。

階段を駆け下り、人気のない校舎の出口へ向かう途中で、ついに強い力で腕を掴まれた。

「離してっ!! 嫌っ!!」

美優は狂ったように腕を振り回し、掴まれた手を拒絶した。触れられることさえ、今の美優には耐えがたい苦痛だった。

「美優、待ってくれ!! 誤解なんだっ!!」

伊澄は痛切な声を上げ、なおも美優の肩を掴もうとする。だが、その必死な眼差しさえも、今の美優には裏切りの証拠にしか見えなかった。

「婚約って何?! 私を騙してたの?! 遊んでたの?! 最低!! 伊澄先生なんて、大っきらい!!」

心を引き裂かれるような叫びが、無人の廊下にこだまする。夏休みの海で見せてくれたあの優しい笑顔も、愛おしそうに名前を呼んでくれた声も、すべてが残酷な嘘に思えて仕方がなかった。

「違うっ、違うんだ、美優っ!!」

伊澄がさらに一歩詰め寄ろうとした瞬間――。

――バシッ!!!

激しい音が響き、伊澄の顔が横を向いた。美優の手のひらが、彼の頬を強く叩いていた。
叩いた右手がジンジンと熱く痛む。

美優はボロボロと大粒の涙を流しながら、赤くなった頬を押さえる伊澄を 激しい怒りと悲しみで睨みつけた。

「もう、私の前に現れないで!! 大っきらい!! さようならっ……!」

最後の力を振り絞ってそう言い放つと、美優は彼を置き去りにして、今度こそ振り返らずに走り去った。
残された伊澄は、遠ざかっていく彼女の背中を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。