キミが『好き』だと言えなくて。

その日も朱里は部活で、梨花は補習で、先に帰ってと言われた私は授業が終わって割とすぐに、ひとりで学校を出た。

すると目に入った人影。そこは先日、前原くんに会った学校前のバス停。

全く予想していなかったわけじゃない。もしかしたら……って、ほんの少し期待して、教室に前原くんが残っていないのを確認すると、早足で出てきた。

だけど、驚きのあまり思わず足を止めたのは、前原くんが私のことを見ていたから。

「……」

真っ直ぐ向けられた視線に、ぐっと息が詰まる。

もしかして前原くんも話をしたいと思ってくれたの……?なんて、都合の良いことを考えてしまった瞬間。

フイッと逸らされた顔に、ズキンと胸の奥が痛んだ。

……そりゃあそうだよね。
あんなことをしておいて、許されるわけがない。

挨拶したくらいで、どうして謝ったような気持ちになっていたんだろう。むしろ、何もなかったかのように挨拶したことに、前原くんは怒っているかもしれない。

私を見たうえで逸らされた顔は、もう話なんかしたくないという前原くんの気持ちなのかもしれない。でも……それでも。

「っ、前原くん……!」

私は前原くんの前に出て、声をかけた。
急に目の前に出てきた私に、前原くんは驚いたように目を見開く。

眼鏡の奥の黒い瞳に映る、自分の姿。

「あっ、あのね、私っ……」

前原くんに謝りたい。その一心で口を開いた……のに。

「っ……」

グッと唇を噛んだ前原くんは私の腕を掴んで、そのまま背を向けた。そしてバス停を離れ、学校とは逆方向にずんずんと進んでいく。

「えっ、あのっ……」

何が起こっているのか理解できず、腕を引かれるままに連れられる私。やっと足を止めたのは、進んだ先の道の角を曲がった所。

「……何で声かけてくんの?」

咎めるような低い声。振り返って、じっと見つめてきた真剣な前原くんの表情に、気が動転する。

「そ、れは……」

『好きだから』なんて、まさか素直に言えるはずがない。じゃあ、何て言えばいいんだろう。

クラスメートだから?それとも、気になるから……?

何と言っても違う気がして、私は目を伏せて口ごもる。
すると「はぁ」と、小さなため息。ビクッとして、顔を上げて目の前を見ると……。

「声なんかかけてたら、望月さんが変な人に思われるよ」

静かに微笑んで、前原くんはそう言った。

思ってもみない発言に、私が目を見開いたのは一瞬。すぐに襲ってきた感情は、泣きたくなるような切なさだった。

さっき、バス停の前で顔を逸らした前原くん。
それは怒っていたんじゃなく、私のため……。自分に話しかけて、同じようにいじめられないように……って、気を遣ってくれていたんだ。

もしかして、あの時玄関で無視したのも同じ理由?
私のために、わざと離れてくれてたの?

声に出して聞いてみようと思ったけど、わざわざそんなことをしなくても分かった。
少し困ったように微笑んだ彼の表情が、全てを語っているような気がしたから。

「……大丈夫」

小さく呟いた私の声に、今度は前原くんが「え?」と、聞き返す。

「大丈夫だよ」

首を左右にふるふると振ってから、私はもう一度彼に答えた。

だって、変なことじゃない。前原くんに声をかけることは、変なことじゃない。

「ごめんね、私っ……」

必死に我慢していたのに、堰を切ったようにボロボロと溢れ出す涙。俯いて涙を手で拭う私の頭の上に、ポンと優しく温かい感触が乗っかった。

顔を上げてみると、それは前原くんの手のひらで。

「望月さんはやっぱり優しいね」

そう呟いてくれた前原くんは困ったような笑顔で、目尻にはほんの少し光るものが滲んでいるような気がした。

胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
ありがとう、ごめんね、すき。
色んな気持ちからくる感情で、心の中がぐちゃぐちゃになる。

優しいのは私じゃなくて……前原くんの方だよ。