キミが『好き』だと言えなくて。


翌日、登校してきたばかりの私に、真っ先に声をかけてきたのは梨花。

「観た!?」

「へ?」

「明日好き!」

『おはよう』よりも先に飛び出した言葉に、少したじろぎながらも、「うん」と返事する。

とても集中なんて出来なかったけど、朱里との会話のために一応動画は観てきた。だけど、何で梨花が?と思っていると、

「ありがとう!」


満足そうに微笑んで、「じゃあ」と自分の席へと戻っていく梨花。

呆気に取られてポカンとしていると、


「おはよ」


ポンッと私の肩を叩いて挨拶してくれたのは、朱里だった。


「マンガばっかり読んでないで……とか言ってたくせに、すっかりハマっちゃったみたいだよ」


席に着いてマンガを開く梨花の姿を見ながら、朱里が苦笑する。


「そうなんだ」


梨花らしいと言えば梨花らしくて、相づちを打ちながら私も苦笑していると、


「続き、めっちゃ良くなかった?」


と、朱里が聞いてきた。


「あぁ、うん。そうだね」


合わせるように返事しながら、少し困る。

前ほど面白いと思えなかった、主人公にあまり共感出来なかった……なんて、言えない。

だけど、そんな私の様子に気付くこともなく、


「だよねだよね!あのシーンとか、ヤバくなかった!?」


話をヒートアップさせる朱里。

本当は頭の中にほとんど内容は残っていなくて、何とかやり過ごすように頷いていると……。


「でもさ、ユウって田澤にちょっと似てない?」


唐突に朱里が、既に教室に来ていた田澤くんを見ながら、そう言った。

ユウっていうのは、マンガの中のヒーローの名前。

私は「え……」と呟きながら、つられるように田澤くんの方を見る。


クラスの中心。

男女関係なく集まる人の輪の中で、スマホを片手に笑う田澤くん。

みんなに好かれて人気者で……っていうその姿は、確かにユウに似ていた。


だけど……。

ううん、だから……?


「あ、もしかして……だから田澤のことが好きだったりすんの?」

「え?」


考えごとをしていた矢先。思ってもみなかった発言に、私は目を丸くした。

それに対してニヤニヤと、何か企むかのように笑う朱里。

誤解されてる……っていうか、何を考えているかは、簡単に予想がついた。


「ちょっと、梨花ー!」


ビックニュースとばかりに、梨花の元へと駆けてゆく朱里。

何を言ったって無駄なのは分かってしまっていて、私はその場で小さくため息をついた。


ユウに似ているから、田澤くんのことが好きなんじゃなくて、私が考えていたのは真逆。

だからあのマンガにそれほど魅力を感じなくなってしまったのかもしれない……と、いうこと。


だって、苦手になっていた。

人気者で常に人に囲まれていて、不満とか大きな悩みとかなさそうなのに、いじめられている前原くんを見て、ただ笑っているだけの田澤くんが……。




***


……また、やってる。

ニヤニヤと笑う顔。誰の下駄箱の前で、彼らが何をしているか分かったから、私は不快感から眉を寄せた。

でも、『いい加減やめなよ』って注意したいのに、声が出なければ、足を動かすことも出来ない。


「マジ汚ね!」

「俺、こんなん履いて帰るとか無理だわー」


言いながら、クスクスと笑う男子達。

先生でも通りがかればいいのにと、周りを見渡そうとしたときだった。


「あっ、おいっ!」


何かに気付いた、そんな声をひとりの男子が上げ、バタバタと急いで私の横を通り過ぎて行った。



先生が来たのかも……と、一瞬期待したけど、違う。


「前原、靴キレイにしてやったから!」

「バイバーイ!」


私の横を通ってすぐ響いた、男子の楽しそうな声。

振り返ってみるとそこには……前原くんが立ち尽くしていた。


「……」


何ていうタイミングだろう。

驚いてしまって、声が出ない。


男子達の足音は、パタパタと遠ざかり、残された私は……玄関に前原くんとふたりっきりになった。

こうして真正面から顔を合わすのは、教科書を隠されたあのとき以来。


「あ、の……」


重なった視線に、何か言わなくちゃって、口を開いた……瞬間。


小さな風が、私の横をスッと通り過ぎた。

それは、前原くんが私の横を通り過ぎていって、起こったもの。


追いかけるように振り返って見ると、前原くんは自分の下駄箱へと手を伸ばしていた。

少し離れた場所からでも分かる。

白いスニーカーの中に詰め込まれた、ゴミの山。



前原くんは、黙って靴の中からゴミを取り除くと、それを履いた。

トントンと、つま先を床に叩きつける音が響く。


その様子を私はずっと見ているのに、彼はこっちを、私を……見ようともしない。

結局そのまま、両手に持ったゴミを近くのくずかごへと捨てて、前原くんは校舎から出て行った。




「……」

「実優、ごめんっ!」


下駄箱まで行けず、玄関の前に立ちつくしていた。そんな私に声をかけてくれたのは、梨花だった。


「進路のプリント、すっかり出し忘れちゃっててさぁ……って、実優!?」


私の顔を見た梨花が、驚いた声を上げる。それは……。


「えっ、ちょっ……何で!? 何で泣いてんの!?」


私の目から、涙が零れ落ちていたから。

自分でも、どうして泣いているのか分からない。

……泣く資格なんて、私にはないのに。


「どうしたの? 誰かに意地悪でもされた?」

「っ、ううんっ……」


心配そうに声をかけてくれる梨花に、首を横に振る。




意地悪されたわけじゃない。ただ……前原くんに無視されてしまっただけ。


日直のときも、教科書を渡したときも、前原くんの方から話しかけてきてくれたのに……今日は喋ってはくれなかった。

それどころか、声をかけようとした私を、前原くんは避けた。


たぶん原因は、自分。

教科書を隠されたあの日、私は朱里に手を引かれ、まるで前原くんと仲良くするのがダメなことだと言われるみたいに、教室を出て行った。

その後そのまま……彼と改めて話すこともなく、何もなかったように過ごしてしまった。

そんな私を、前原くんがどんな風に思ったかは、言われなくても分かる。


きっと……みんなと一緒だと思われた。

いじめられている前原くんを見て、ただ笑っているだけの……クラスのみんなと同じだと。



「もう実優、どうしたのー?」


オロオロとしながらも、頭を優しく撫でてくれる梨花。


「何でもなっ……」


こんな所で泣いちゃって、みんなが見てるって分かってるのに、梨花が優しくしてくれるから、なかなか涙が止まらなかった。



思い出すのは、前原くんの笑顔。

日直のとき、初めて笑いかけてくれて……隠された教科書を渡したときも、「ありがとう」って微笑んでくれた。

少し近付けた気がして、すごくすごく嬉しかったのに……。


たった一度、無視されてしまっただけ。

それなのに、泣いてしまうほど悲しくて辛い理由は、もう分かってしまっている。


入学式、声をかけてくれたあのときから、ずっと気になる存在ではあったけど……


私、前原くんのこと……好きなんだ。