キミが『好き』だと言えなくて。


「ねーねー前原ってさぁ、彼女とかいたことあんの? おーい、前原くーん」

いつものように読書をする彼の首にぐるんと腕を巻き付けて、ケラケラと笑う男子達。
前原くんはじっと耐えるように黙っている。

質問に何の意味があるのか分からない。
からかってバカにして、面白がっているだけ。

そんな幼稚じみたクラスメートの様子を、私は無意識のうちに見つめてしまっていたみたい。

「実優」

少し強く呼ばれた名前に、「え?」と前を向くと、そこには少し怖い顔をした朱里がいた。

「昨日言ったよね」

「……」

咎めるような朱里の言葉に口ごもる。すると、

「何? 何かあったの?」

首を傾げるのは梨花。

「ううん、大したことじゃないの。ね、実優」

「……うん」

私が朱里の言葉に頷くと、梨花は「ふーん」と軽く返事をして、

「それでね、聞いて!」

さっきまでしていた週末デートの話の続きを、楽しそうに話し出した。


『気持ちは分からなくもないけど、前原に関わらない方がいいよ。とばっちりで実優がいじめられたりしたら、わたし嫌だから』

昨日あの後、朱里にそう言われた。
私のことを心配してくれる気持ちは、純粋に嬉しかった。だけど……ずっとモヤモヤしている。

都合の良いことしか出来ない自分が恥ずかしいって、偽善者の自分が嫌だって、思ったばかりのはずだったのに、朱里に何も言い返すことが出来なかった。

そればかりか、「梨花には内緒にしとくから」と朱里に続けられた言葉。私が隠された教科書を前原くんに返していたと知ったら、梨花はきっと少し引くからで。
その気遣いに、素直に甘んじてしまっている。

つまりはこの後に及んでも、人の目を気にしているということで、どうしようもない自分が本当に嫌になる。
それに……それに。

「そういえば、昨日の明日好き観た?」

いつの間にか切り替わっていた話題。急に話を振られた私は、「あっ!」と思い出したように声を上げる。

「え、まさか忘れてたの?」

「うん、ごめんー!」

「マジか、実優と語りたかったのに」と言う朱里に、両手を合わせて謝る。

楽しみにしていた恋リアの放送日。でも、昨日はそれを忘れちゃうくらい、あの一件のことしか考えていられなかった。……なんてもちろん、朱里本人には言えないけど。

「じゃあ、ネタバレはしないでおくわ」

「ありがと」

不満そうだった表情を、朱里がフッと笑顔に変えて。その表情に、ホッと胸を撫で下ろした……その時だった。

「お前ら悪ノリしすぎー」

教室の中を飛び交う声のひとつが、私の耳に届いた。
その声の主は、田澤くん。

どこに向けられた声なのか分かるから、私はその方を見なかった。だけど、心の中で思う。

悪ノリしすぎと言うのなら、どうして止めてくれないの?
きっと、田澤くんがひと言『やめろよ』って言ってくれたら、いじめは収まる。

勘違いかもと一度は思ったけれど、私にはやっぱりあの時の田澤くんの態度が、“いじめてもいいよ”っていう合図だったみたいに思えた。
ガタンと大きな音がして、田澤くんが前原くんに「邪魔」と言った、あの時が……。

「や、だって前原って、ちょーおもしれーんだもん!」

「ばーか!」

悪びれる様子なんてない男子。それに返事する、田澤くんの声もとても軽い。
直接いじめる側には回らない……だけど、田澤くんも楽しんでいるように思えた。

やっぱり苦手……。
っていうか、むしろ嫌いかもしれない。

止むことのない前原くんをからかう声に、耳を塞ぎたくなりながらも、朱里達との会話に集中しようとしたその時。

「ほどほどにしといてやれよー」

田澤くんの声がすぐそばで聞こえて、ちょうど私の真横を彼が通り過ぎた。


結局その日も前原くんはいじめられるがまま。何も変わらない1日が過ぎた。

学校から帰ってきて、お母さんにただいまと挨拶すると、すぐさま向かった自分の部屋。
鞄を下ろし、制服のリボンを解いて、スマホだけ持って私はベッドにダイブする。

動画アプリを開いて、朱里と話した恋リアの続きを観ようとする……けど。

「なんで何もしてない前原くんが、あんな嫌な思いしなきゃいけないの……」

誰に向けたわけでもない。横たわり呟いた言葉が、ひとりきりの部屋に響く。

他のことを考えようとしても、ずっと頭の中を離れない前原くんのこと。
彼がいじめられる姿を思い出せば、きゅっと胸が苦しくなる。

ついこの前までは、何事もなく穏やかに過ごせていたはずなのに。どうしていきなり……。

どれだけ考えたって、答えが見つかるはずもなく。だけど、彼のことが頭の中から離れることもなくて、そっと目を閉じ片腕をまぶたの上に乗せた。

明日になったら元通り。
突然いじめが始まったように、突然終わっていればいいのにと願ったけれど、現実はそれほど甘くはなかった。