そして翌日。私は宣言した通り、登校した。
ドキドキと、緊張しながら開けた教室のドア。するとざわついていた教室内は、私の姿を見るなり静まり返って。
「わ、来た……」
「よく来れたよね」
「恥ずかしくないのかな……」
予想はしていたけれど、ヒソヒソと聞こえる声。何を言われても全く傷付かないと言ったら嘘になる……けど。
「実優おはよー!」
「おはよう」
私を呼んでくれるいつもの声に、
「ふたりともおはよう!」
笑顔で返事して、駆け寄った。
「もー実優遅い。遅刻かと思った」
「ごめん。お母さんと話してたらちょっと遅くなっちゃって……」
いつも通り。まるで何もなかったかのように話してくれるふたりに、ホッとする。ふたりがいてくれるから、大丈夫。
でも、そんな私達の様子を、怪訝そうに見る人もいた。
その代表が、渡辺さん。
「結局さー、望月さんって前原とデキてたんじゃない?」
きっとわざと。渡辺さんは私に聞こえるように……ううん、教室中に聞こえるように、そう言った。
そのわざとらしい大声は、さすがに梨花も無視できなかったみたい。
「はぁ!? 黙って聞いてれば良い気になって!」
ガタンと音を立て、勢いよく立ち上がった梨花。朱里も今までに見たことのないような怖い顔をして、渡辺さんを睨みつけていて。
「いいよ、やめて!」
私は慌ててふたりを止めた。
「でも!」
納得いかないといった表情で、私を見る朱里と梨花。そういえば、前にもこんなことがあったな……って、ふと思い出す。
あの時は言えなくて、嘘をついた。一番ついてはいけない嘘だった。だから……。
私はふたりに「大丈夫」と、微笑んでから、ゆっくりと渡辺さんの方を向いた。
「……うん、そうだね。デキてたって言った方が早いかもね。私は前原くんのことが好きだから」
「……え」
まさか私がそんなにあっさりと認めるなんて、思わなかったんだと思う。渡辺さんは目を丸くして、とても驚いた顔をした。そして、
「……ほら、やっぱり」
何だかバツの悪そうな顔をして言うと、逃げるかのように教室を出て行った。
「何じゃそりゃ……」
残された私達。朱里は拍子抜けしたといった感じでつぶやく。
「言い返す言葉が見つからなかったんじゃない?」
言いながら梨花もまた、自分の席に腰を下ろし、
「まぁいいじゃん……。他に何か、言いたいことある人いる?」
視線を向けた先は、ヒソヒソと話していたクラスメート達。すると、梨花の剣幕にみんなドキッとした様子で、私達から目を逸らした。
そんな光景に、私は思わず苦笑する。ふたりのおかげで日常は、思っていたよりも早く戻ってきそうで……。
それから、それこそ遅刻ギリギリ。
前原くんをいじめていた張本人の男子達も登校してきたけど、私の姿を見て気まずいといった顔をしただけで、直接何かを言ったり、したりしてくることはなかった。
強いて言えば、渡辺さんやその友達たちに冷たい目で見られたり、小さないじわるをされることはあった。だけど、気付くと朱里や梨花が庇ってくれたし、それに……。
「望月さん、一緒にいい?」
体育の授業で、バレーのグループを作ることになった時。私に声をかけて来てくれたのは、今まであまり話したことのなかった女子だった。
「わたしね、望月さんのこと見なおしたっていうか、カッコイイなって思ったんだ……」
「え?」
「前原くんのこと。最近ちょっとやりすぎだと思ってたから……」
こっそりとそう話してくれたのは、私達のグループが審判で、他のグループの試合中。
「中学生のとき、わたしいじめられてたことがあって……。だから、見てるのもすっごく嫌だったんだけど、もしまた自分がって考えたら、何も出来なくて……」
「だからね、望月さんのこと本当にすごいと思って」と、その子は私のことを褒めてくれた。
「そんなことないよ……」
何もすごいことなんかない。だって、私もそうだった。
自分がもしいじめられたらって考えると、怖くて何も出来なかったから。でも……。
「でも、ありがとう」
私は照れくさくて、はにかんだ笑顔を返した。
怖くて怖くて仕方なくて。それでも頑張って振り絞った勇気。それを認めてくれる人がいることが嬉しかった。そして、
「あの……良かったら、友達になってもらってもいいかな?」
少し緊張した面持ちで申し出てくれた内容に、
「もちろん!」
私は大きく頷いた。
前原くんの一件で、私のことを嫌い、煙たがっている人がいることも確か。でも逆に好意を持って、友達になってくれる人もいたんだ──。
***
時間はあっという間に過ぎ、季節は秋から冬へと変わり、気づけばクリスマスも終わった冬休み。
自室で過去の受験問題集を閉じた私は、「んー……」と大きく伸びをする。スマホの画面で時刻を確認すれば、23時を過ぎたところ。
色々あった今年も、あと少しで終わりを告げる。
思い返せば、本当に沢山のことが起こった。
前原くんが転校してからは、本格的に受験に向けての準備が始まり、私のことを気にする人もいなくなっていた。
……あ、でもひとつだけ、少し驚くことがあった。
突然、田澤くんに呼び出された。
何だろうとビクビクしながら体育館裏に向かうと、
「……ごめん」
田澤くんはひと言そう謝ってきた。
その言葉を聞いた瞬間、少し泣きたくなったのは、それは自分じゃなく別の人に向けて欲しかった言葉だから。
直接田澤くんは何もしていなかったかもしれない。だけど……。
「謝る相手は私じゃないよ……」
とても言わずにはいられなかった。すると、田澤くんは驚いた顔をして、それから躊躇いがちに目を逸らして、黙り込んだ。
いつもクラスの中心にいて、何でも出来て、落ち込むことなんてないような人。そんな彼の『らしくない』姿を見て、本当に自分のことを想っていてくれたんだと、やっと実感する。
やり方は、伝え方は間違っていたかもしれないけど……。
「……私のことを好きって言ってくれたのは、嬉しかった……です」
緊張して手も声も震えた。でも、
「ちゃんと返事出来なくてごめんなさい……」
あやふやだった私の態度。はっきり自分の気持ちを言わない私の行動が、もしかしたら田澤くんを追い込んでしまっていたのかもしれない。そう思った……。
そんなことがあったりして、全部が綺麗に片付いたわけじゃないけれど、穏やかで忙しい日々は過ぎていった。
そして……もうすぐそこまで迫った大学受験。
先生と話して、両親とも相談して、私は四年制大学を受験することにした。
正直、合格出来るかは微妙なところ。それでもチャレンジしてみようと思ったのは、少しでも前原くんに近付きたかったから。
彼の志望校からしたら、私の目標なんて全然低いかもしれないけど……可能性を広げてくれたのは、前原くんだから。
今出来ることを、精一杯頑張って。そして……。
「ふう」と小さく息を吐いて、私はふと窓の外を見た。すると、
「あ……雪」
窓の外にはちらちらと、舞うように白い雪が降っていた。
前原くんのところも降ってるのかな……。
何気なく、そう思った瞬間。
ピコンッと、机の上のスマホから通知音が聞こえて見てみると、
【まだ起きてる? 今年ももうすぐ終わりだね。こっちは雪が降っています。】
届いたのは前原くんからのメッセージだった。
あまりのタイミングの良さに驚いて……ふっと微笑む。
【こっちも雪が降ってるよ】と、私は素早く返事をして、スマホをぎゅっと抱いたまま、優しく降る雪をしばらく見つめていた。
今出来ることを一生懸命頑張って。
そして雪が溶け、やがて春が来たら……。
私から伝えるって決めてるんだ。
前原くんに、ずっと言えなかった自分の気持ちを──。
エピローグ
