キミが『好き』だと言えなくて。


あの始業式の日の翌日。私は今までと同じように朝早く学校に来て、図書室へと向かった。
あんなことを言っておいて、どんな顔をして会えばいいのかわからなかったけど、とにかく謝りたい一心で。

だけど、いつも私より先に来ていた前原くんは、どんなに待っていても来なかった。

当たり前だ。一番最低な裏切り方をしてしまったんだから。

諦めて教室に行けば彼の姿はあったけど、図書室に来なかったという事実が、前原くんの気持ちのような気がして、話しかけることも、スマホから連絡することも出来なかった。

そして、そのまま二週間。このままでいいと思っているわけじゃない。だけど、どうしたらいいか自分ではわからない。


「あーもう、ムカつく!」

昼休憩。お弁当を食べながら、スマホを操作していた梨花が突然声を上げた。
その様子と声から、何に対して苛立っているかは予想出来て、私と朱里は顔を見合わせ苦笑する。

「彼氏?」

もはやお決まりの言葉を口に出したのは朱里。

「またリスケされたんだけどっ!」

そう返事すると梨花は、お弁当の端の玉子焼きにフォークを突き刺した。いつもの小さなケンカかなって思ったけど、少し様子が違う。

そういえば、夏休み明けくらいからあんまり会ってくれなくなったって言ってたっけ……。

「梨花……」

何と言えばいいのか分からないけど、心配になって声をかけようとした時だった。

ガシャンッ!と、突然響いた大きな音。

その物音にびっくりして、一秒前まで騒がしかった室内が静まり返る。

「なに……」

梨花のつぶやくような声を耳に、私も振り返り、音のした方に目を向けた。すると、私の目に映ったのは、倒れた机。そして、散らばったお弁当の中身。

「あー……わりぃ、ぶつかっちゃった」

ボールを片手に教室を出ようとしていた男子が、ポンっと軽く肩を叩いて謝る。その相手は、前原くん。

倒れた机を目の前に、箸を持って椅子に座っていたのは、前原くん。

ぶつかっちゃったって……。

少し当たったくらいじゃ、机は当然倒れたりなんかしない。決定的瞬間を見ていたわけじゃないけれど、わざとだってことは、すぐにわかった。そして、

「何やってんだよ。早く体育館行こーぜ」

教室から一歩足を出して、男子に声をかけたのは田澤くん。彼の言葉に「おー」と軽い返事をして、男子はそのまま平然と教室を出て行く。すると、一度は静まり返った教室もまた、何事もなかったように騒がしさを取り戻した。

前原くんの机もお弁当もひっくり返ったままなのに、気にする人は誰もいない。いや、違う。

「わ、もう汚いっ」

悲鳴にも似た声を上げ、散らばったお弁当を避けるように椅子を動かす女子。
前原くんは黙って机を直すと、しゃがんでそれを拾い始めた。

見るからに理不尽で、あり得ない光景。それなのに、前原くんを心配する人は誰もいない。

何でっ……。

箸を持つ手にぎゅっと手に力を込めながらも、私にクラスメートを非難することは出来ない。

一番ずるく、都合のいい人間は私なのだから。


夏休み前、少し落ち着きつつあったいじめは、新学期からまた思い出したかのように再開された。しかも、内容は以前よりも少しエスカレートしている。

さっきのこともそうだし、休憩中にわざと前原くんにボールをぶつけてみたり、とても見ていられないようなことが増えた。

何度もやめてと心の中で叫んだけど、実際に声には出来なくて……。結局私も他のクラスメートと同じ。

あんなに仲良くしてたのに、好きだと思っていたのに、前原くんがいじめられる姿を見て見ぬフリしてしまっている。

ゆっくりと立ち上がって、倒れた机を直し、散らばったお弁当の中身に手を伸ばす前原くん。その姿を見ているだけで罪悪感に押しつぶされそうになった私は、彼から目を逸らした。そこに、

「さすがにあれはやりすぎ……」

「それな」

小さく呟いたのは朱里で、梨花も苦い顔をして頷いた。そして、

「ちょっと思ったんだけどさ……前原がいじめられるようになったのって、実優を好きだったからじゃない?」

周りを気にするように声を潜めて、梨花が言った。

「え……」

箸を持つ手の力が、思わず抜けそうになる。

いじめられるようになったのは、私を好きだったから……?

「それって、どういう意味?」

心の中で思ったそのままを、声に出して聞いてくれたのは朱里。意味がわからなくて、ふたりして梨花をじっと見つめる。

すると梨花は、さっきよりも用心深く周りの人の姿を確認した後に、少し腰を曲げて私達だけに聞こえる声で言った。

「田澤と好きな人が被ってるからってこと。確かに前原は根暗っぽいし、見るからにいじめられそうだけどさ、黒幕は田澤っていうか、あいつに嫌われちゃったのが原因だと思うんだよね」

「……」

田澤くんも前原くんも、私のことが好きだったからなんて、そんな自惚れたような仮説、とてもじゃないけど信じられない。
だけど、思わず言葉を失ったのは、私も梨花と同じことを思ったことがあったから。

黒幕は田澤くん。
彼がいじめの主犯格なんじゃないか……って。

「まぁ確かにうちのクラスって、田澤を中心に回ってるみたいなもんだけど……」

「あっ、違うよ! 実優が悪いっていう意味じゃないよ!?」

言葉を濁した朱里を見て、梨花はハッとした様子で私に言った。

「……うん」

責めるような意味で言ったんじゃないのはわかっていて、小さく笑顔を作って頷く。──だけど。

田澤くんが本当にいじめの主犯だとしたら……私は全く関係ないと言えるんだろうか。
田澤くんに告白されたのは事実だからこそ、あり得ない話でもなくて不安になる。

もし、梨花の言う通りだったとしたら、私は……。

梨花の言葉が、深い意味で言われたものじゃなく、素で言われたものだからこそ、引っかかった。
それでも、きっとまだ落ちたものを拾っているだろう前原くんに、私は何も出来なくて……。

そのまま、何も変えられないまま、迎えた放課後。


梨花が彼氏のところに行ってくると言うから、私は図書室で勉強をして帰ることにした。

図書室に行けば色んなことを思い出すから躊躇したけど、家では勉強なんてはかどらないし、教室は残っている生徒でガヤガヤしてるから。……なんていうのは建て前で、本当は少し期待していたんだと思う。前原くんに会えるんじゃないかって。

だけど、来るはずがなかった。
塾に通ってるって言ってたし、放課後に行くなら市の図書館の方が多いわけで。

……教室で話しかけれないくせに、なにまた都合のいいこと考えてんだろ。


いつの間にか減っていった周りの人たち。夕焼けに染まり始めた空を見て、私は開いた問題集をパタンと閉じた。

そういえば梨花、ちゃんと話出来たかな……。

自分のことを考えれば苦しくなる一方で、あえて梨花のことを考えながら、階段を降りた。

そして、玄関。並んだ下駄箱の、自分の名前の前。白いスニーカーに手を伸ばすと、

あれ……?

靴の中に何か入っていた。手に取ってみれば、それは4つ折りになったノートの切れ端。

梨花かな?と、思いながら開いてみると……。

「え……」

目に入ってきた筆跡は、梨花のものではない。だけど見覚えのある、懐かしくも感じる文字。

そして、綴られた言葉に体が固まる。
切れ端を持つ指先が、小刻みに震えだす。

「うそ……」

小さく私は呟き、ハッと我に返ると下駄箱からスニーカーを引っ張り出して、外に飛び出した。

手にはメモを握りしめたまま。キョロキョロと校舎の周囲を見回すけど、探している人の姿はない。

それならばと、校門の外へと向かって走り出す。

何で……。
前原くん、どうして?
前原くんっ!

心の中で繰り返す名前。私の靴の中に手紙を残したのは、他でもない彼だった。


────

優しくしてくれてありがとう。
少しの間だったけど、望月さんと仲良くなれて嬉しかった。

困らせてばっかりで、ごめん。 前原

────


私に勉強を教えてくれていた、整った綺麗な文字。

その、懐かしくさえ感じてしまう筆跡で綴られた内容に、ゾクッとした。

だって『少しの間だったけど』って……それって、もう会えないってこと?

頭の片隅を過ぎったのは、テレビなどで報道されるニュースの見出し。

【高校◯年生いじめを苦に自殺】

前原くんがいじめられるようになってからも目にしたそれを、全く気に留めなかったわけじゃない。だけど、関係ないと思っていた。

確かに前原くんはいじめられているけど、そこまで思いつめた様子には見えなかったから。
何をされても無表情で、気にしていないようにも見えていて。

……だから大丈夫。そこまでのことは起こらない。
何の根拠もないのに、そう思っていた。でも──。

校門から一歩出た場所で足を止める。そしてすぐさま目を向けたのは、図書館方面へと向かうあのバス停。

すると、ちょうどバスが停車していて、乗り降りする人の姿が見えた。

前原くんがいるかどうかはわからない。だけど、遠目から確認している場合じゃない。

迷うことなく走り出そうとした……その時だった。

「あっ……!」

つま先が地面に引っかかった感触。

ヒヤッとした次の瞬間には、ズサッ!と音を立てて私の体は倒れ、両手と膝に焼きついたような痛みが走った。

「っ……」

何もない所でつまずいて転けるとか……。

周りの目が気になって、恥ずかしさで上手く顔を上げられない。それに、遠ざかるエンジン音。

バスはもう行ってしまった。

何してるんだろ……。
肝心なところで、私っていつもこう。

前原くんの力になりたいって思うのに、自分が弱すぎるせいで、あと一歩が届かない。

「った……」

しゃがみ込んだまま、ジンジン痛みを感じる右膝を見ると、血が滲み出ていた。

「もうっ……」

痛いし情けないしで、喉の奥がピリピリとして、こみ上げた涙が溢れそうになる。

「前原くんっ……」

涙と一緒に私の口から溢れた彼の名前。

でも、どんなに泣き叫んだとしても届かない。前原くんに私の声は届かない。そう思っていた、のに──。

「望月さんっ!?」

え……?

何が起こったのかわからなかった。
呼ばれて顔を上げると、目の前に前原くんがいた。

どうして……?
帰ったんじゃなかったの?

状況が把握出来なくてポカンとする。

「ケガしてるじゃん」

前原くんはそう言ってしゃがむと、私の片腕にそっと触れて。その瞬間、思い出した。

「保健室に……」

「だ、だめ! 死んじゃだめ!!」

何か言いかけた前原くんの言葉を遮って、彼の腕をぎゅっと掴み、私は声を張り上げていた。

擦りむいた膝のことなんてどうでもいい。
たとえ放っておいたって、こんなの勝手に治るんだから。

だけど、死んでしまったら戻らない。
何もかもが終わりになってしまう。

「自殺なんかしちゃ、絶対だめっ……」

震える声を絞り出した。ものすごく真面目で、本気だった。……それなのに、

「え……自殺?」

当の本人はというと、目をパチパチさせて驚いた顔をしてる。その様子は、まるで私が突拍子もないことを言い出したかのよう。

「だ、だって手紙に……」

付け足すように声を漏らすと、前原くんはやっと思い出したみたいに「あぁ……」と、相槌を打ってくれた。だけど、

「ありがとう。でも、自殺なんかするつもりはないから大丈夫だよ。それよりケガの手当てをしないと……」

「立てる?」と、私の腕を掴んで、手伝おうとしてくれる前原くん。

「え、うん……」

自殺なんかするつもりはない……って。それじゃあ、私の勘違いってこと?でも……。

「とりあえず、学校に戻ろうか?」

「えっ……ううん!このくらい大丈夫!平気だから! えっと、その……」

立ち上がった私は、ぎゅっと前原くんの袖口を掴んで言葉を濁した。

本当はジンジンと傷口が痛む。でも学校に戻ったら誰かがいて、保健室には先生がいて、きっと前原くんとちゃんと話すことが出来なくなるから、戻りたくなかった。

そんな私の気持ちに気付いたのかわからない。

「……じゃあ、ちょっとだけ我慢して歩ける?」

前原くんの言葉に、私は大きく頷いた。


***


「薬とかって、どこに片付けたかな……。ちょっと座って待ってて」

「あっ、はいっ」

前原くんに言われて、目の前にあったソファーにためらいながらも腰掛ける。思わず他人行儀な返事になったのは、ここが前原くんの家だから。

学校から10分ほど歩いて辿り着いたのは、大きなマンションだった。

「ここって……」

「安心して。母さんは出掛けてる予定だし、家には誰もいないから」

「そう、なんだ……」

それもそれで緊張するんだけど……と、エントランスでエレベーターを待ちながら顔を赤くした。
でも、そんな淡いドキドキは、前原くんが玄関のドアを開けた瞬間、消え去った。


「えっと……」

呟きながら、ガサガサと物を漁る前原くん。
私の座るソファーの前には、大きなテレビがあり、その隣には積み上げられた段ボールの箱がふたつ。

それだけじゃない、少し視線をずらしたリビングのいたるところに段ボールがあって、その他には大きな家具と家電だけ。

生活感をあまり感じられない部屋。その理由は、段ボールの側面に書かれた業社の名前でハッキリとわかってしまった。そして、メモに書かれた言葉の意味も、同時に理解した。

前原くんは自殺するつもりだったんじゃなくて……。

  
「ごめん待たせて」

「あっ、ううん! 私の方こそ……」

小さな薬箱を片手に、戻ってきた前原くんは目の前にしゃがむ。すると薬箱の中から取り出した消毒液を、

「少ししみると思うけど……」

私の膝の傷口に、シュッと吹きかけた。

「っ………」

覚悟はしていたけれど、それでも痛い。時間が経って鈍くなっていた痛みが、消毒剤をきっかけにジンジンと再び襲ってくる。

つたい落ちそうになる消毒液と、傷口の汚れを取るように、ポンポンとガーゼをあててくれる前原くん。

何で……。何で私なんかのために……。

思い出したように襲ってきた痛みは、膝の傷だけじゃなかった。

手当をしてくれている彼の姿を見ていたら、心臓を掴まれたかのように胸が苦しくて。私はギュッと下唇を噛んで、我慢する。

……泣いちゃだめ。
ここで泣いたら、本当にただずるい人間になっちゃう。
泣くな、泣くな、絶対泣いちゃだめ。

必死に自分自身に言い聞かせているのに、視界は滲んでいく一方で。

「望月さん……?」

この距離じゃ、誤魔化しようがなかった。

「ごめんっ! そんなに痛かった!?」

少し慌てた前原くんの声に、首を横に振る。
泣くほど痛いのは、膝の傷じゃなくて……心の方。

「何でこんなに優しくしてくれるの? 私、あんなにひどいことしたのに……」

都合よくなかったことになんて出来ない。

前原くんが優しくしてくれればくれるほど、何でもなかったかのように振る舞ってくれればくれるほど、罪悪感で胸の奥が苦しくなる。

付き合っていないとウソをついて、私は一番最低なかたちで裏切ったのに……。

ごめんなさいと謝ることさえずるく思えて、俯いた顔を上げられない。すると前原くんは私の膝からガーゼを離して、口を開いた。

「望月さんだって優しいじゃん。俺が自殺すると思って、走って探してくれたんでしょ?」

──違う。

「そんなの、優しいなんて言えないよっ!」

他人の家なのに、思わず声を張り上げた。

優しさにしないで。
私の行動、全部優しさにしないで。
私はそんなに優しい人間じゃないのに──。

我慢していた涙が、叫んだ瞬間ポロポロとこぼれ落ちた。

──だから泣いちゃだめだって!

私は手の甲で必死に涙を拭うけど、流れ出す勢いの方が勝っていて、とてもじゃないけど追いつかない。

もう何やってるんだろう。
同情を誘うつもりなんてないのに、これじゃ……。

自分が嫌で嫌すぎて。せめてもと、前原くんと向き合った顔を逸らそうとした……時だった。

「っ……」

フワッと温かさが、私を包んだ。
前原くんに抱きしめられていた。そして……。

「優しいよ、望月さんは。……困らせてばっかりで、本当にごめん」

すぐ耳のそばで聞こえた、前原くんの穏やかな声。

「もう気付いてると思うけど、引っ越すことになったんだ」

私を気遣ってか、ゆっくりと前原くんは話し出した。


部屋のいたるところに置いてある段ボール。その側面には引っ越し業者の名前が印刷されていて、わかっていた。

わかってはいたけど、まさか引っ越しが、もう明後日だとは思わなかった。

引っ越す理由は、お父さんの転勤。実は前々から決まっていたことで、先生にはあらかじめ話していたんだそう。
ただ、クラスのみんなには最終日まで内緒にしておいて欲しいと頼んでいたらしい。

だから最近図書室に行けなかったのも、引っ越しの準備で忙しかったからだと話してくれた。それから……。

「今の状況で引っ越しとか、なんか逃げるみたいでカッコ悪いから、本当は望月さんにも最後まで黙っていようと思ったんだ。でも……やっぱりこのままは嫌で」

「だから、あんな手紙なんか残しちゃって……」と、続けた前原くん。

「変な誤解させて、ケガまでさせちゃってごめん」

きゅっと、ほんの少しだけ、抱きしめられる力が強くなった。意識すればジンジンと、膝の傷はまだ痛い。

でもこんなの、私が前原くんにしてしまったことを考えたら、どうってことない。

それに……本当に謝らなきゃいけないのは、私の方。

「ごめんなさい。私、自分で言うって言ったのに、朱里たちに付き合ってないって……」

再び言葉にすれば、罪悪感でポロポロと涙が溢れ出す。

「なっ、泣いて許してもらおうとか思ってるわけじゃないの。私っ……」

そう言いながらもしゃくり上げてしまうし、もう自分の気持ちをどう伝えたらいいのかわからない。すると、スッと抱きしめられていた温もりは離れた。

とうとう呆れられちゃったかな……。
そう思ってゆっくりと顔を上げると、

「付き合ってないから。付き合ってなかったから、望月さんは何も悪いこと言ってないよ」

「え……」

優しく言ってくれた前原くんの言葉に、戸惑ったのは一瞬。

「好きとは言ったけど、付き合って下さいとはまだ言えてなかったからさ……」

前原くんは、はにかんだようにそう続けて。

「明後日引っ越すけど進学のこともあるし、4月には自分だけ戻って来ようと思ってる。そしたら、その時にまた……ちゃんと話させてもらってもいいかな」

「っ……」

優しく微笑んだ表情に、告げられた言葉の内容に、息が止まりそうになった。

何で私なんだろう。嫌われたっておかしくないことばかりしてるのに、どうしてそんなに想ってくれるんだろう。

私は前原くんに何もしてあげられてないのに、どうして──。

「ふっ、えっ……」

頷くことさえ出来ず、ただただ泣きじゃくるばかりの私の頭を、前原くんはポンポンと撫でて「話が出来て良かった」と、呟いた。

それから私の膝に大きな絆創膏を貼ってくれて、もう外は暗いからと、家まで送ってくれた。

はっきり言ってしまえば、嬉しい。前原くんに嫌われてなくて。それどころか、今もまだ大切に想ってくれていて、本当に嬉しい。

でも、スッキリした気分にはほど遠かった。

心に積もったモヤモヤはそのままで、罪悪感は今もまだ胸の大半を占めていて……。


ふたりきりの時間は沢山あったのに、自分が何を伝えたらいいのかわからなくて……結局何も言えないまま、翌日を迎えた。

前原くんの最後の登校日──。