「実優、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないよ!」
隣に立つ朱里にしがみつき、私は心配して声をかけてくれた梨花に怒鳴った。
ここは学校のすぐ側の神社。時刻は夜の7時半を少し過ぎたところ。
いくら真夏といえど、この時間帯になるとさすがに暗い。
今ここでお祭りでもやっているのなら話は別だけど、そんなわけもなく。古びて神様どころか、誰も立ち寄りそうにない小さな神社は、ただただ気味が悪い。
「ちょっと、わたしが言い出しっぺじゃないんだから、怒られても困るんだけど」
「わかってるけど……」
続々と集まる、見慣れた顔のクラスメート達。どういうわけだか今日この場所で、みんなで肝だめしをするらしい。
幽霊とかお化けとか、ホラーものは大嫌い。出来れば参加したくなかったけど、朱里も梨花も行くっていうし、夏休み明けに今日のことで盛り上がる友達の輪に入っていけないのは寂しくて……。私も泣く泣く参加することにした。
高校最後の思い出づくりなら、夏祭りとかプールとか、もっと楽しい場所に行けば良かったのに……。
そんなことを思いながら、久しぶりに見る顔の中、ある人の姿を捜す。彼もまたクラスメートのひとりだから。
だけど、辺りをぐるっと見渡してみても、彼の姿は見当たらない。
前原くんは来てないんだ……。
少し残念なような気もしたけれど、心の中でホッとしている自分もいる。だって夏休み前の状況を考えたら、仲良く肝だめしなんて出来るはずがない。
前原くんがからかわれたり、いじめられる姿を見ずにすむことにホッとした。
「ちゅうもーく! みんな集まったかー?」
そうこうしていると、学級委員の男子が声を張り上げた。それぞれ雑談していたみんなの視線が、一点に集中する。
「事前に連絡していた通り、これから肝だめし大会をはじめまーす! ルールは簡単、そこの脇道から出発して、ここまで戻ってきてください!」
ピシッと指さされた脇道を見れば、人が通れるようにはなっているものの、周りには草木が生い茂っていて、明かりのひとつもない。
「肝だめしっていうより、虫とかヘビの方が怖いんだけど……」
「へっ、ヘビっ!?」
ボソッと呟いた梨花の発言に、私は肩を震わせる。
怖いものがもうひとつ追加された。
ぎゅっと掴んだ朱里の腕を、もう絶対に絶対に離さないと決意した、その時。
「で、普通に仲の良いもん同士回っても面白くないので、今からくじで男女一組のペアになってもらいまーす!」
……え。今、何て言った?
男女一組の……ペア?
聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
何の疑問ももたず、朱里と梨花と回れるんだと思っていた私。それが特に仲良くもないクラスの男子と一緒だなんて……。
「実優、大丈夫?」
声をかけてくれた朱里に、私はぶんぶんと首を横に振るけど、くじはもう回りはじめていて、あっという間に私達の手元まで、くじの入った小さな箱はやってきた。
ここまで来ておきながら、今更嫌だなんて空気の読めないことは言えない。朱里の腕を握る手を、そっと離して渋々箱の中に手を伸ばした。
何か番号が書いてあることは、周りの反応からわかっていた。そして、その番号が出発する順番になることも、配りながら説明されていた。
「げっ! 1番なんだけど!」
私より先に引いた梨花が、少し引きつった顔で言う。
「実優は実優は?」
続けざまに訊ねられて、私は引いたばかりのくじを開いた。
「えっとね……7番」
「おっ、いいな! ラッキーセブンじゃん!」
「……」
こんなので7を出したって、何がラッキーなのかわからない。
「相手誰だろうねー?」
1番で「げっ!」なんて言いながら、わくわくした様子で言う梨花。
誰と当たったって、私の場合変わらない。
誰でもいいよ……って、心の中で思った。
だけど、1番から順に手を挙げて作っていく男女のペア。
「じゃあ次、7番の人!」
呼ばれて私と一緒に手を挙げたのは……田澤くんだった。
***
グループにひとつずつ用意された懐中電灯を片手に、進んでいく田澤くんの一歩後ろを、私は黙ってついていく。
まさかこんな展開になるなんて、思いもしなかった。
よりによって田澤くんと……なんて。
男子とは用事があれば言葉を交わす程度で、前原くん以外に仲の良い人は特にいない。だから、誰と当たっても同じ。変わらないと思っていたけど……。
ひとりだけいた。他とは少し違う人。
それが、田澤くんだった。
「……」
スタートしてから会話は一度もなく、お互い黙ったまま。私が何だか気まずいと思っているように、田澤くんも気まずいと思っているんだろう。
だって田澤くんは、私が田澤くんのことを好きだと思ってるんだもんね……。
考えたら自然とため息が出そうになる。
彼だけじゃない。朱里や梨花もまだ勘違いしたままで、
『やったじゃん! チャンスだよ!』なんて、勝手に盛り上がっちゃうし。
それから……他でもない、前原くんのこと。
前原くんがいじめられるようになってから、クラスの中心にいる田澤くんのことが、すっかり苦手になっていた。
気まずいし、怖いし、とにかく早く帰りたい。まだ着かないのかな……と、田澤くんが照らした道の先をそーっと見る。
だけど、その先は真っ暗。電灯もない、このか細く気味の悪い道は、どうやらまだまだ続いているみたい。
あぁ……もうやだ……。
いくら一人じゃないとはいえ、こんなの心細くて泣きそうになる。せめて、相手が他の人だったら良かったのに。そしたら「怖いね」とかって、ほんの少しでも会話出来たのに。
響くのは私達の足音だけ。静寂が不安を掻き立てて、こみ上げてくる涙を必死に我慢していた。そんな時だった。
私を気にする様子もなく、スタスタと先を歩いていた田澤くんのペースが、急に遅くなった。
な、何……?
何かあったのかとドキッとして、私も歩く速度を落とす。すると田澤くんは立ち止まって、こっちに振り返った。
「望月……」
小さく私の名前を呼んだ田澤くん。その次の瞬間。
ガサガサッ!
茂みの中から聞こえた音。そして、
「わっ!」
「きゃあっ!」
何かが飛び出してきて、私は咄嗟に手を伸ばしていた。
しがみついた相手は、田澤くん。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
謝りながらも、怖くて離れられない。
今、飛び出してきた何かは、間違いなく私の後ろにいる。
ヘビ?それとも幽霊?
確認したいけど、田澤くんのTシャツの袖を掴んだ手は震えていて、私はぎゅっと目を閉じたまま。すると、私の行動が気に障ったのか、
「お前……」
すぐ傍から聞こえた田澤くんの声に、
「あっ!えとっ……」
怒られる!そう思った私は、パッと手を離してやっと目を開いた。だけど、田澤くんの目は、私に向いてはいなかった。
……え。じゃあ、誰に対して言ったの?
彼の視線を追って、恐る恐る振り返る。すると、
「え……?」
自分の目を疑った。意味がわからなかった。
田澤くんの持っていた懐中電灯に照らされて、私達の後ろに立っていたのは……前原くんだったから。
「どうして……?」
さっきまでの恐怖心が一瞬にして消えて、目をパチパチさせる私。
前原くんは「驚かせてごめん」と謝ってから、
「おばけ役」
素っ気なく返事すると、合図するようにチラッと目を向けた先は、田澤くん。
あっ!
気付かされた私は、慌てて口をつぐむ。何も考えずに、ついいつもの調子で話してしまうところだった。
みんなの前では喋らない。そういう約束だったのに……。
「……ここだったのかよ」
下手に動けなくなってしまった私の代わりに、口を開いたのは田澤くん。
ここだった……ってことは、田澤くんは知ってたの?
思ったのと、ほぼ同時。
「望月、行こう」
「えっ?」
ぐんっと、引っ張られた腕。
田澤くんは私の手を引いて、歩き出した。
「えっ、あのっ……」
掴まれた自分の手と、置き去りになる前原くんを交互に見る。
何で前原くんが?それに、田澤くんが……。
ただでさえ戸惑って、今の状況を上手く飲み込めない。
それなのに、もっと理解できないことが、この後すぐに起こった。
先を急ぐみたいに進めていた足を、急に止めた田澤くん。
良かった。手、離してくれるのかな。
そう安心したのもつかの間。
「望月……あのさ」
振り返りながら名前を呼ばれて、ドキッとする。
やっぱり何か気に障ることをしてしまったんじゃないかと身構えた。だけど、
「実は……わざとなんだ」
「え?」
「望月とペアになったの。7って言ってんのが聞こえて、他の奴に代わってもらったんだ」
「……」
突然、田澤くんが何を言い出したのか、わからなかった。
わざと……。それは、意図的にあたしとペアになったってこと?
でも、どうして……?
それらしい理由の見当さえつかず、キョトンとした顔で田澤くんを見つめる。すると、何だか恥ずかしそうに目を逸らし、田澤くんは「あー……」と、声を出した。そして、
「望月のことが……好きなんだ」
私の目を見て、そう言った。
す……き……?
パチパチと瞬きを繰り返す。
すき……って、今言った?私のことが好き……?
「──えっ!?」
やっと理解した私は、顔を真っ赤に染める。
「えっ、あのっ」
何が何だかわからなかった。
だって、田澤くんが私を好きなんて!
そんなの、そんなの──。
予想もしなかった告白に頭の中がぐるぐるして、何て答えればいいのかわからない。
ただ、私の後ろにはもうひとり……もうひとり、この告白を聞いている人がいることを、忘れてはいなかった。
「あ……」
私は──。
勇気を振り絞って、口を開こうとする。だけど、
「返事はすぐじゃなくていいから」
田澤くんの言葉が先に、覆い被さった。
